子供達のせいいっぱい



「まあ!ご遠慮は不要でございますのよ。初めての登校日に初めてのお友達が出来るなんて、友を大事にと仰せのミトラス神様のお導きでございます!」


「ねぇ、ミトラスって何?どこの神様?」


 私はボソッとシャーロットに尋ねると、当り前だが彼女は知っているわけ無いでしょう、と言い返して来た。


「ミトラス様は最高神アフラマズダー様と共に悪をうち滅ぼされ、世界を善なるものへとお導きになる等々お方でいらっしゃいます」


「デーモン。あなたは滅ぼされる立場ね」

「あなたこそ、でしょうよ!」


「……かみはあくをほろぼされ……」


 リサは教義を知っているかのようにぶつぶつと喋り出し、私は洗脳されてしまったリサの右腕に左腕を絡めた。

 シャーロットはその反対側、リサの左腕に自分の右腕を絡めた。


「ほんとーに、お構いなく!」

「そうです。わたくしが早く帰らねば、家族全員が心配で泣き出します。泣きながら一族全員がこちらに迎えに来たら事ですわよ」


 私は自宅をバンシーに囲まれて泣き出される状況を想像してゾゾゾと震えた。


「うわ、それは物凄く怖い脅し。バンシーこそ最強のフラーテルだと思うわ」

「こんな状況でボケれるあなたこそ怖くてよ」


「さあ、さあ、降りてください!皆さんがおやつをご一緒にとあなた方を待っていますわよ」


 アンジェラは私達の右肩と左肩を大きな手でぎゅうと掴み、私達はその握力の圧迫の痛みで息が吸えなくなった。


「ほらほら立ちましょう。みんなで、みんなが、あなた方を待っていますよ」


 ぐしゃっと音がしたのは私とシャーロットの鎖骨の一部が潰れた音だ。

 私達は痛みに悲鳴をあげ、目の前の魚の化け物のような中年女に白旗をあげた。


「行きます、ええ、行きますわ!」

「ああ、わたくしも、ああ、痛くて泣いてしまいます」

「泣いちゃダメ!まず、外に出ましょう」

「どうして!」

「このバスはスクールバスじゃ無いの!」


 学校に不幸が来てしまうではないか!


「あ、そうか。ああ、痛い。降りたら泣いてやります。徹底的に泣いてさしあげますことよ!」

「ええ、お願い。今こそあなたが頼もしいと思った事は無くってよ」

「わたくしはあなたが意外と使えなかったと失敗の二文字ですけれどね。シルビアはいた方が良かったわ」

「ごめんなさい。バスから降りたら善処するわ」


 今の私達はリサを挟んだ格好で、肩が痛いと屈んだ状態で、のそのそとアンジェラの後ろを死刑囚のようにして歩くしか出来なかった。

 私達はモーゼが海を割った時のように子供達やこの新興宗教団体の信者の大人達の大勢が逃げ場など無いようにして左右に立っているその間を歩かされ、おやつと誘っておきながら丸い屋根の礼拝施設のような場所の方へと誘導された。


 飾り気のない壁には両開きの扉が嵌っていたが、それだけは手の込んだ装飾がしてある金色の扉であったので扉だけが目立って見えた。

 あの扉をくぐったら私達は生きて帰れない気がした。


「どうしたの?泣かないの?」

「地面を見なさい。フラーテル封じの紋章がそこかしこに描かれている」


 私はシャーロットの言ったように下を見て、それから周囲を見回した。

 確かにある、が、私はシャーロットのように干渉は受けなかった。


「シャーロット。あなたは紋章に作用されるの?」

「当り前でしょう。あなたは作用されないの?」

「だって、信じていないもの。私は幽霊が見えるのよ。神様がいたら死んだ人間は全部天国か地獄に行っている筈でしょう。ここのミトラスなんてほんとーに知らない神様だし」


 シャーロットは痛みに負けた様にしてぎゅうっと両目を瞑り、するとシャーロットの身体からこきゅんと骨が再生した微かな音が聞こえた。


「ふふふ。信じる者が救われる。信じなければそこの神様の干渉を受けないって事ね。そうよ、バンシーこそ古代の人間にとっては神だった時代もあるのよ」


 シャーロットは足を止め、世界が引き裂かれるぐらいの悲鳴を上げた。


 ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい。


 バンシーの泣き声だ。

 空には雲が立ち込め、風がびゅうびゅうと吹き出した。

 洗脳されている子供も大人も棒立ちになり、シャーロットが叫び声をあげるたびに灰色の雲から紫がかった灰色の物体がひゅんひゅんと飛び出してきて、その物体は私達を閉じ込めようと待ち構える建物の周りをぐるぐると回り出した。


「素晴らしいわ」


 私も少し頑張って、体をいつもよりも大きく、乗り物風な生き物に変えた。

 テレビで見て可愛いと思った生き物だ。

 しかし、動物に化けたら人語が喋られない。化ける前にシャーロットに声をかければ良かったと思ったが、彼女は私が変身し終わるや私の背中に飛び乗った。その上、私がリサを咥えたところで私の意図も理解してリサを私の背中に引っ張り上げてくれたのである。

 私は仲間が背中に全員乗り上げたそこで、私達を閉じ込める人垣を払いのけて飛び出した。


「まあ!ミニチュアホースに変身できるなんて!わたくしはあなたを見直しましたわ!明日からポニーちゃんて呼んでさしあげます!」


 ああ!シャーロットは落としてしまいたい!

 私は私達を捕まえようと動き出した人間達を交わしながら、でも、背中の二人は落とさないように、いや、ぎゅうと毛皮を掴む手が痛いと泣きそうになりながら、とにかく必死に逃げまどった。

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