月曜日は誰もがアンハッピーな日

スクールバスと転入生

 寝不足にふらふらとなりながら授業を受けていた私は、右肩を突かれたそこではっと意識を取り戻した。

 私をちょこんと突いた人はリサで、彼女の隣にはシルビアがいた。


「ほら、帰るぞ。」

「あら、もう放課後でしたの。」

「あの、もうすぐバスが発車しますから、あの、一緒に行きませんか?」


 リサは水色の瞳が綺麗な可愛らしい子だ。薄茶色の髪はショートだが丸っこい形になるように長めに切り揃えられている。今日はそんな髪型の頭に真赤なベレー帽をかぶり、ベージュ色のコートを羽織った姿であったので、巨大毒キノコのようでやっぱり可愛らしかった。

 私は彼女に癒されたのか、自然に顔が笑顔を作っていた。


「まあ、ありがとう。あなた方の優しさには感謝しますわ」

「いいから行くって。面倒なちびが来ないうちにバスに乗り込もう」


 背中に大きく狼の刺繍がある黒のジャンパーにジーンズ姿というシルビアは不良のようにしか見えないが、リサと並ぶと子供服の広告ポスターにしか見えなくなると思った。ちぐはぐなようでぴったりな二人なのね。


「そうね、ええ、すぐに行きます。」


 シルビアの警戒は、バンシーとセイレーン達ではなく、小中高の全学年に入って来た転校生達に対してであろう。私のクラスにはいなかったが、シャーロットのクラスには転校生が一人入ってきている。

 都市部から大きな会社が移転してきて、その社員の子供達なのだそうだ。

 総員三十五名。

 小さな町の少子化の進む街では好ましいことかもしれないが、このパスクゥムではそれは面倒を呼ぶだけだと忌避される。


 新しい住人がパスクゥムの異常性などに気が付いてネットで呟いちゃったら、大変なことが起きるかもしれないのだ。呟いちゃった人は人が死んじゃう系の都市伝説を実体験できるだろう、そんな大変な事だ。

 また、新たな転入者がどこと繋がっているのか調べを入れる前に、新しい獲物の存在に理性が飛んで襲いかかるフラーテルがいたらどうなるか。


 そして何よりも子供達まで戦々恐々としてしまっているのは、今日まで転入者があると誰も知らなかった、その事実が人外の誰にとっても重いからだ。

 いいや、この事実は人外でなくとも気味の悪いもののはずだ。

 きっと、町の住人達は蜂の巣をつついたようにざわついている事だろう。


 私が眠たい頭でグルグルと考え事をしている間に、私はスクールバスに辿り着いていた。乗り口からバスの中を覗くと、いつもスカスカのバス内が満杯となっているではないか。

 やばいと私は慌ててバスに乗り込み、後部座席に急いで駆け込んだ。この間の保安官事務所見学組が親友同士のようにバスの後部座席にきゅっと固まって座っているのだ。仲間でなくとも私も仲間に入れてもらわなければ。


 だって、新参者が低学年だけでも十一人もいたようだけど、どの子も人形みたいに無表情で気味が悪いのよ。


 私が座席に座ったのが合図となったのか、私達を乗せたバスは走り出した。


「子供達は静かね」

「ああ、気味が悪い程にね。あたしのクラスでもあんな感じだった。今と一緒。笑顔だけど喋らない動かない」


 私はシルビアの言葉に再び新入生たちを見返し、彼等が微笑みだけ浮かべてバスに揺られている姿が壊れた人形のように見えた。

 そんな子供達の誰かの一人が、ぽつりと口ずさみ始めた。すると、全員がその同じメロディの歌を口ずさみ始めたではないか。その様子とそのメロディにぞっとした私は、思わず両手で耳を塞いだ。


「いけないわ。みんな耳を塞ぎ……、あなたはこういう時は素早いわね。ああ、シルビアも、さすがに狼ね。」


 年配の女性の口調で言い放ったのは、一皮むけばババアのバンシーである。


「リサ、あなたも耳を塞ぎなさい。この歌を聞いたら頭がおかしくなっちゃう」


 私とシャーロットの喧嘩を覚えているリサは、シャーロットの言葉に真っ青な顔でうんうんと頭を上下させ、シャーロットの言う通りに耳を塞いだ。


「セイレーンは何をしているの?」


 私は耳も塞いでいないが必死に座席でもぞもぞ動いているセイレーンについて、現在監督官らしいシャーロットに尋ねた。


「あの子達は準備中。あの子達の耳には瞼みたいに蓋があるって知っていた?海に潜って獲物を取ったり船を沈める悪さをするから、水が耳に入らないように密閉する事が出来るの」


 知らなかったと、私は首を横に振るしかない。

 それから、羨ましいわ、と答えた。

 両手で耳を塞いでも聞こえるむかむかする音律は、私をどんどんと不安に追い込んでいるのだ。


 私が咄嗟に耳を塞いでいたのは本能的の行動だろう。反対にシャーロットはこの状態に対してしっかりと何が起きているのかわかっているようで、シルビアにこそこそと作戦会議らしきものを耳打ちしていた。


「だめだよ。あたしはリサを置いてどこにもいかない」

「そう。じゃあ、バスの窓を開けてアリスとヘイリーだけは外に出す手伝いをしてくれる?」


 私はアリスとヘイリーを見返して、彼女達がコートどころか服までも脱いでおり、変化して空を羽ばたく準備をしているのだとようやく気が付いた。


「シャーロット。昼日中の街中で変化させるぐらいに私達は危険なの?」


「はあ?この歌は洗脳の為の歌よ。フラーテルの私達にはそれほどでも、ほら、リサはもう落ちている。それから運転席のミラーを見てごらんなさいな」


 私はリサがすでに耳を塞いでいないばかりか、他の子供と同じように同じ歌を歌い出している姿を認めた。

 それからバスの運転席のミラーを遠目で覗けば、鏡にはトランス状態の運転手の顔が映っていた。


「あたしたちはどこぞに連れて行かれるって事だ」

「だから逃げられる人は逃げてって言っているの」


「シャーロット!あたしは!」


 がおっとシャーロットに怒鳴りかけたシルビアの肩を私は抑えた。

 ティリアの姫を助けたら私達はティリアのクランに助けてもらえるのだ。

 人狼族は義理堅い。そして私もシャーロットも、計算高い。


「シルビア。あなたは逃げて。私がリサの面倒を見る。それは約束するわ」


 しかしシルビアは怒ったようにちっと舌打ちをした。


「あんたらはあたしより年下だろう!」


 私とシャーロットは、人狼族の姫が純粋で義理堅いことに、なんて忌々しいことだと舌打ちしてしまっていた。

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