思い出話をあなたと
ジョスランは私とバークを二人きりにしてくれた。
さあ、バークと語り合えるのは今しか無いのよ。
私は深呼吸を一つすると、人外に敵意しか向けない男に声をかけた。
「あの、いいかしら。私はあなたに聞きたい事があったから」
「俺もあるからいいよ。君はどうして俺に纏わりつくんだ?」
「纏わりつくって、酷い言い方ね。でも、そうね、私は人を捜しているの。言ったでしょう、友人の婚約者だった人。あなたでは無かったけれど、あなたとよく似た匂いをしているの。もしかしたらあなた方は兄弟なんかじゃ無かったかしらって思って。あの、彼は両親が離婚して一人ぼっちだったけど、NYに母親が住んでいるって言っていた。兄弟もいるようなことを言っていた、から、その兄弟があなたなのかしらって思ったの」
バークはガリっと歯噛みをした。
物凄く忌々しそうに。
「デーモンは嘘ばかりだな。俺も俺の家族もこのパスクゥムには今まで来たことなんか無いんだよ。匂い?ここに来たことも無かった俺の家族や俺が君に接触している訳もなく、したがって、君が唱える友人話は嘘でしかない」
「――嘘じゃ無いわ。十年前のジョージア州の話だもの。そこにも身内が誰もいなかったのなら、全くの間違い話になるからそう言って。私は人間違いだって理解して、二度とあなたの前に現れないって約束するから」
バークがほんの少し私に向き合うようにして座り直した気がした。
だけど眼つきは、わあ、さらに殺気が籠っている?いいえ、凄い警戒心?
私の脅えを見て取ったのか、バークは自分の気を落ち着けるためのように息を吐くと、数秒前よりも硬質的ではない声を出した。
「――君の知っている事を、ええと、その君の友人の彼について話してくれるかな。わかるだろ、君はデーモンの一族だ。君が語るそれが俺の知っている奴でも簡単に君に個人情報を与えられない。だが、君が安全だと分かれば、俺はその限りでは無い。君には今日助けて貰った事だしね」
「ええ、ええそうね。えと、でも上手く説明は出来ないと思う。顔形なんて絶対に無理。その頃の私は目が見えなかったから、臭いと音だけで人を判断していたの。だから、あなたが、私の知っているヴィクトールだって勘違いを。ヴィクトール・バンディット。苗字も全くあなたと違うから、私の思い込みよね」
バークは思いっきり咽た。
「どうしたの?」
「いや。え、えと、そのヴィクトール君の婚約者は誰だって?」
「いえ、いいの」
「よくないよ。十年前にヴィクトールの婚約者だと思い込んでいた子がいたって事だろう。その子はなんて名前なんだ!」
私は焦った顔をしたバークを見つめ返し、十年前のヴィクトールは十七歳の子供でもあったと思い出した。
十年前の子供でしかないヴィクトールに、婚約者がいたどころか、婚約者が死んでいた過去があったと聞いたら、身内だったら焦るのも仕方が無いだろう。
あ、体の関係があったら、子供とか、そういう心配もあったか。
「えと、男女間の関係は無かった相手だから心配いらないと、思う。その子も家出同然でヴィクトールの家に連れ込まれていて、ええと、彼と一緒じゃ無いと外にも出ない生活をしていたから、ええと、他の人が知らないのも当たり前だし。でも、ヴィクトールは紳士だったから、その子の背中に顔を埋めて心配事や夢や希望を語っても、男の人と女の人がするような事は何一つしなかったから、ええ、心配しないで!」
「いいから!その子の名前を言ってくれ!君の話じゃヴィクトールは誘拐者の変態じゃないか!」
「ええ!」
言われて思い返してみれば、ああ、確かに誘拐犯だ。
ヴィクトールは私と仲が良くなると、私を抱き締めて自宅に連れ帰ったのだ。
彼が住んでいたガレージの彼だけの寂しい部屋に。
「俺はお前を一生守って食わせてやるからな。安心しろ」
私を抱いたまま彼はそう私に約束して、彼の部屋の戸口を跨いだのだ。私達は結婚式はまだだったけれど、これは結婚式の後に花嫁が花婿にしてもらう事だ。
私は彼の婚約者で、花嫁なのよ!!
「いいえ!誘拐者じゃ無いわ!目の見えない私を抱いて、一生食わせてやるからって約束したもの!ヴィクトールは私と約束したのよ!私の婚約者だわ!」
私は愛するヴィクトールを庇いたい一心だった。
私は立ち上がって叫んでいたのだ。
ああ、でも、私は自分が婚約者だとも叫んでしまっていた。
二十代の大人の女性の姿に化けている今なのに!
これでは本気で大嘘つきにしかならないだろう。
けれど、バークはいつものように私を嘘吐きと罵るどころか、ぽかんと大口を開けて私を見上げていただけだった。
「あの」
私が彼に話しかけようとすると、彼は右手を上げてそれを制した。それで私は彼を見守っていると、彼は開けていたその大きな口を閉じてごくりと唾を飲み込んだ。
それからかすれ声で、婚約者の名前、と言った。
真っ直ぐに私を見つめて。
「え、えと。ブラン。猟銃でエージに撃たれちゃった、ブラン」
「嘘だ」
私は終了を受けいれた。
生まれ変わって違う人生なのだから、前世で出会ったヴィクトールを求める事こそ間違いなのだ。
彼には彼の生活がある。
「ええ、嘘でいいわ。ただ、もしも知っていたら教えてくれる?彼が今は幸せなのかどうか。彼は一人ぼっちで辛いって時々泣いていたから」
「嘘だ」
「ええ。嘘でいい。私は二度とあなたに会わないようにします」
私は立ち去ろうと一歩踏みしめ、けれど、私の左手首はバークにしっかりと掴まれて引き戻された。
「あの、帰るから」
「嘘つき。君は誰にその話を聞かされた?あの吸血鬼か?物凄くお涙ちょうだいのお話の真相を教えてあげるよ。君がけなげにも自分だと言い募るそのブランは、ブラッドハウンド、俺の十年前の飼い犬だ」
うそ!
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