ジョスランの家にて
ジョスランは私達を吸血鬼の巣へと連れてはいかなかった。
彼だけの城に連れて来たらしい。
車の窓から屋根しか見えない屋敷は、防汚処置を施された最新の建築材による高い塀にぐるりと囲まれていた。来訪者を門前払いする固く閉ざされた門扉は、アンティックにも見える真っ黒な金属製だ。
広い敷地を持つお屋敷であるのは間違いないが、誰もが知っているパエオニーア家の城のような豪邸では無い。
「パエオニーアの家じゃ無いの?」
「吸血鬼の巣に入って穴だらけのスポンジにされたいならそっちに行きますけどね。君はどっちがいいの?」
「ここがいいです!」
私は力強く意思を主張し、運転席の彼はふふっと笑い声をあげた。
それから彼はダッシュボードから小さなリモコンを取り出すと、門に向かってボタンを押した。
門はガラガラと音を立てながら私達へ大きく左右に開いた。
朝日を嫌うと有名な吸血鬼の住む家は吸血鬼らしく高い塀にぐるりと囲まれていたが、門をくぐって現れた家は都会的で大きな窓が多い開放的な建物で、誰もが嘘つきとジョスランに怒鳴りたくなる代物だった。
「ここは誰ん家?」
「もちろん僕の家でしょうよ」
彼がガレージに車を止めると、エントランスには明りがポッと灯り、灯りが灯った事で広い庭がほんの少し見通せた。
伝承では流れる水を嫌う吸血鬼のくせに、あれはジャグジープールだ。
じゃりじゃりとタイヤが砂利を踏みしめる音がしたのは、バークの車が続いてジョスランの家の敷地内に入って来たからだ。
バークのSUVはガレージの手前の駐車スペースに停められたが、車を降りたバークはシャッターの開いているガレージ内を覗いて大きく舌打ちをした。
ジョスランが乗っていたコルベットと普段使いのマスタングが並ぶのは想定だが、三台目に真っ黒に輝くブガッティのスーパーカーが見えたからであろう。車が分からない私でも、何だこれはと思ってしまうぐらいのオーラがある車なのだ。
「はーい。シャッターは閉めますよ~。素敵なお車鑑賞はこれでおしまい~」
「吸血鬼が!」
「いい子にしていたら運転させてあげるけど」
あ、バークがジョスランに膝を折りそうな表情を見せた。
追従したらあなたは狩られてしまうんだよ!しっかりしろ!
バークは私の念が通じたか、敵対者である自分を取り戻すためか、ごくりと唾を飲み込んだ。
「い、いい家だな。まるで吸血鬼が住んでいるとは考えもつかないよ」
「いいでしょう。僕は住居には拘るんだよ。さあ、入って。僕は君のことが知りたくてワクワクしているんだ。君だって僕を知りたくて堪らないだろう」
ジョスランは私達を広い広い居間に招待した。
壁の代りにガラスを嵌めたと思う程の大窓が多い部屋でもあるが、今は夜だからと厚手の遮光カーテンがひかれている。
室内のソファなど家具の配置はインテリア雑誌の見本と言えるものだが、大きくて足のない革製の真っ黒のソファや、細長い楕円型の大きな年輪の見えるティーテーブルなどはインテリア雑誌にも乗せられない特注品の高級品だ。
ベージュ色の絨毯の毛足は長く滑らかで、これはフランス製に違いない。
そして、吸血鬼に必要なのかわからないが、ゲーム機はおろか、テレビステレオにホームシアター設備と、日本製の高級電化製品がどどんと設置されていた。
「興味があるの?ゲームでもする?」
「あなたはするの?」
「雨降りで狩りが出来ない時はね。いい時間つぶしになるよ」
「やっぱり吸血鬼は流れる水が苦手か」
「いいや。泥まみれが苦手なだけ。そこまでして人間を狩りたくはないよ。そんな価値は無い」
ジョスランは人でなしに言い切ったが、吸血鬼が流れる水は平気ですと自分で暴露したことに気が付いているのだろうか。
バークはジョスランの返答に頬をピクリとさせただけで、そして、どうぞと言われてもいないのに大きなソファの真ん中にどかりと腰を下ろした。
「おためごかしはもうやめよう。お前は俺を呼んだ。俺に話しがあるからだろう。聞こうか」
ジョスランはふっと笑うと、私にコーヒーを淹れてくるとだけ言った。
「え?私がコーヒを入れてくる、わよ」
「嫌ですよ、お子様に自分ん家の大事な台所を引っ掻き回されるのは。僕がコーヒーを淹れてくるから、君達は平和に話し合いなさいって事」
「おい!お前が俺に話しがあるんじゃ無いのか!」
「僕は猿と会話する術を知らない。それでも僕の大事なこの子が君に狙われているからね。うん、誤解?うん?この子は人間を襲わない子なのにな?うん?ということで、話し合って頂戴って事」
バークは猿と言われて怒鳴り返すどころか真っ赤に顔を染め、ソファから立ち上がった。
すると、ジョスランはにこっと微笑んで、どうぞお気楽に、なんて言った。
バークは真っ赤になりながらも、ありがとう、と言ってソファに座り直した。
ああ!もうジョスランからバークへの調教が始まっていたのか。
って、とにかく私はジョスランが与えてくれた時間、この数分で、自分はバークに敵対意識は無いという事を納得させて、いや、それだけじゃ無くて、ヴィクトールが今どうしているのか聞く事も出来るじゃないか。
私もジョスランにありがとうと言っていた。
「うん。いいよ。君はコーヒーでいいの?お子様にはカフェインは毒だよ」
「じゃあ、ええと。水でいい。で、言うか、水がいいわ!」
「うわお!学習したね。でも、コーヒーだ」
わけのわからない男は結局人数分のコーヒーを淹れると言って部屋を出ていき、取り残された私達は顔を合わせ、そして、私はバークの右斜め対面になる位置にあるソファに腰を下ろした。
「あの、いいかしら。私はあなたに聞きたい事があったから」
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