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それから、結婚をきっかけに私は仕事を辞め、専業主婦となり、新しい生活が始まった。


そして穏やかに、緩やかに、一年ほどの月日が流れた。






「なんか、緊張してきたな…」




ハンドルを握りながら、夫が呟く。


車は空いた高速道路を走っていて、この調子なら予定より三十分ほど早く、父の暮らす実家へ到着することになるだろう。


彼が緊張するのも無理はないし、私も、胸がはちきれそうな思いだった。






「大丈夫よ。お父さん、孫が出来るの楽しみにしてたし」




結婚して、一年。


双子を妊娠していることがわかったのは、一週間ほど前のことだった。






まだ、実感は湧かない。


自分が母親になるということも、二つの命がこのお腹の中にあるということも。






内心の不安を隠すように、私は窓の方へ顔を向けた。


通り過ぎていく景色が、少しずつ見慣れた風景に変わっていく。


父はきっと、喜んでくれるだろう。


その隣に、母がいたら。




古傷が疼くように、最近、母のことを思い出すことが増えた。


聞きたいことが、沢山ある。


話したいことが、本当に沢山。




母はどこかで今、私を見てくれているのだろうか。


彼と、同じように。








物思いに耽っている間に、車はいつの間にか実家のガレージに停まっていた。


到着は夕方になるだろうと予想していたが、まだ空は明るい。


実家の鍵には、懐かしいキャラクターのキーホルダーがぶら下がっている。


私は、緊張で少し強張った指で鍵を開け、中に入った。







父は、私たちを快く迎え入れてくれた。


今は、リビングのソファに腰掛け、夫と談笑している。


その姿を見ていると、二人がまるで本当の親子であるように見えてくるから不思議だ。






暫くして、父は庭の花に水をやるため席を立った。


二人の仲睦まじい雰囲気に、何となく話しかけられないでいた私は、この機を逃すまいと庭へ続く窓のそばにある肘掛け椅子に座り、父の後ろ姿に声をかけた。






「ねぇ、お父さん」


「ん?」




楽しそうに吹いていた口笛を止め、父が返事を返す。


ジョウロから、水の流れる音が聞こえている。






「私ね、妊娠したの。お父さん、お祖父ちゃんになるんだよ」




ジョウロの先から流れていた水が止まり、父が驚いた様子で振り向く。






「そうか!……そうか…」




噛み締めるように、父は何度も頷き、そして笑った。






「良かったなぁ…おめでとう」




感慨深げに呟き、前に向き直って水やりの続きを始めた。


また、楽しそうな口笛が聞こえる。






「それだけじゃないの。実はね、双子なんだって」






口笛と、水の流れが止まった。


父の、息を呑むような声。






なぜか、一瞬空気が凍り付いたような感覚がしたが、すぐにまた水の音が聞こえ、父がゆっくりと振り向いた。






「そうか。…賑やかになるな」




そう言った父の笑顔は、心の底から、喜んでいるように見えた。


二人の幼い孫に囲まれ、朗らかに笑っている父の姿が目に浮かぶ。






ほんの少しだけ、自信がついたような気がした。


きっと、想像した通りの幸せな未来が待っているだろう。


何の疑いもなく、そう思えた。

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