37・戦術の巧者(セレスリーン視点)
「セレスリーン閣下!! 前面の4000隻に加え!! 背後に5000隻の敵艦隊が食いついています!! どこから湧いたのか……!」
ふむ、やはりこう来たか。私は、自分の敷く敵を引き込んで撃つ形の陣形の、弱点はよくわかっているつもりだ。
それに、どうやら今回の叛乱軍、いや。木星軍はどうやら、叛乱、というレベルで済むような船の数を投じているわけではない。それを遥かに遥かに上回る、木星の全艦艇を繰り出してきているような、大規模な戦を仕掛けてきている。
「……そうか、ここまでできるようになったのだな、叛乱軍も。ならば、容赦は要るまい。ネルヴァッドに伝えよ。我らの後方に食いついている叛乱軍の。更に後方から叩きのめせと!!」
私は、部下のマドルスには一切の期待をしていないが、この戦役にあたって有能な同僚を一人付けられている。私と同位階の大将、ネルヴァッドと言う者だ。
この者は、私とほぼ同じかそれ以上の能力を誇っているが。見た目がいまいちよくないので、将兵に対する圧倒的なカリスマを産みにくいために、私の下で一艦隊の指揮を執っている。だが、その戦闘技術の腕は私がお墨付きを降すにも至らず、火星の将兵に認められているところである。
「フォビィ。やはりこう来たな。敵には、どうやら戦術の巧者がいるらしい。だが、そのヘタな知恵が命取りだ。もし、敵軍9000隻が固まって正面から進撃してきたら。その方が厄介だったのだよ」
私がそう言うと、フォビィは黒い肌のてかりを隠すことなく、媚態を作って私を見ながら笑った。
「セレスリーン? 木星の連中なんかに、貴方が負けるわけが無いでしょう? 貴方は頭がいいし、それに。見た目も人格も魅力的だから、将兵を上手く操るためのカリスマも十分だわ。いい? 火星人は木星人なんかに負けないのよ」
「ふむ。尤もだ、フォビィ。この程度の兵力差、私の策略と艦艇の機能差で十分にひっくり返せる。心配には及ばん」
「心配なんて……、ね。全くしてないわよ」
「これは。参謀殿には私に対する信頼のお厚い事で」
「もう、その皮肉口調。貴方は本当に人格がねじ曲がっているわね。ただ、そこが面白いから人が惹かれるのかしら?」
「さあ、ね。私は、自分の人的魅力を演出する癖は無いので、分からんよ」
「ま、いいわ。ネルヴァッド大将提督が後ろから襲ってきたら。あの私たちの後ろに回り込んだ叛乱軍の連中は。逃げ場がないから、全滅するわね。あーあー、可哀想に」
そう言ってクスクス笑う、フォビィ。敵とは言え、戦争で人が死ぬのを笑うとは、残酷なアンドロイド女だ。と、私は思ったが黙っていた。
「では、我らは前面の敵を片付ける!! 尻に食いついた奴らはネルヴァッドが叩くから、無視しておいてよいぞ!!」
私がそう言った時。突然の光が。凄まじく綺麗な、浄化の聖光が。
私の旗艦の側の護衛艦に叩き込まれ、護衛艦は大爆発を起こした!!
「⁈ 何事かっ!!」
私はオペレータに向かって叫んだ! 桁外れの破壊力を誇るその攻撃は、明らかに地球産の兵器にすら起こすことのできない、奇跡の業だった。
「セレスリーン様!! 何かが、小さな何かが! 宇宙空間を凄まじい高速で飛び回っています!! その者の放つ攻撃が、防御も能わぬ攻撃が、我が艦隊を喰ってゆきます!!」
「何を意味の分からぬことを言っている!!」
「実際に意味の分からぬ状況なのですっ!!」
「ええい!! 早く、その意味の分からぬ敵の姿を捉えろっ!!」
私は。何やら背中に冷たい汗がつたう感触を覚えた。あの光を見たとたんに、これはとても危険なものだとの、直感が働いたのだ。
「セレスリーン様!! 対象の姿を捉えましたっ!!」
しばらくして、味方が光の攻撃を喰らって何隻か沈んで、ようやく。
私たちは、その破壊をもたらすものの正体を捉えた映像を手に入れることができた。
「……人間の、小娘? 手に大鎌をもって、背中に翼の生えた……。何か、見た事があるような。確か、地球の宗教画でこんなモチーフがあったような」
私たちブリッジクルーが首をひねっていると。フォビィが言葉を放った。
「それは、天使という存在です。その映像に映されているのは、受肉した破壊天使。厄介極まりない事ですわ。何が理由で、こんな人間同士の戦いに天使が介入してきたのでしょうか……」
正体を言い当てたものの、フォビィにも。それが、なぜ私たちを襲ってきたのかは、分からないらしい。
「セレスリーン様!! 後方のネルヴァッド提督から通信です!! 援軍を請うとのこと!! 被害甚大とのことです!!」
「⁈ ネルヴァッドが押されているだと! どういう状況だ!!」
「はい!! 後方戦線には、こちらに発生した天使のように、翼の生えた黒猫が出現して、自ら『悪魔公爵』と名乗り、意味の分からないような威力の炎の術を宇宙空間で撃ち放って!! 叛乱軍に助力しているとのことです!!」
……なんだ、この状況は。私はこの物理法則が全てを決める冷たい世界で。
変な熱量を持つ、奇怪な存在に翻弄されて、頭が壊れそうだった…
…。
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