13・木星五大陸王と星母マナ(マナ視点)
「……マナ様。件の話です。星外からの侵入者の正体が。判明しました」
木星海面上の浮遊大陸プレートの内。木星仁王ジプスが治めるプレートのほぼ中央部に位置する、木星の首都ユド・グ・ラシル。その巨大ドーム都市のこれまた中央部。私が住まう聖母城にての話です。
木星五大陸王の筆頭、仁王ジプスが私に向かってそう言いました。
「そうですか。何者ですか? 土星? 火星? まさか、地球よりの来訪者ですか?」
私は落ち着き払って聞きましたが。内心には何やら動悸を覚えていました。
もし。土星からでも火星からでもなく、地球から来た者であれば。
私は、それを殺す命令を降さねばならないのですから。
「地球から……、ということです」
私の顔は、おそらく青ざめていたことでしょう。自分の領域を守るために、他者を殺す。たとえそれが地球人であっても、私はそれに激しい動揺を覚えました。
「マナ様……。お気の弱い。動揺が表情に現れておりますよ」
木星五大陸王の一人、義王カリトスが私の表情を覗って。そのような言葉を浴びせてきます。
「地球の者であれば。斟酌は一切無用。叩き殺して然るべきかと!!」
木星五大陸王の内、最も気性の荒い信王イオスがそう叫びます。
「少し冷静に考えねばなるまい。もし、地球から来た船を叩いて。その乗組員を全て殺すとなったら。その結果が地球に知れれば、我らが火の粉を浴びることになる」
木星五大陸王の知王、とよばれるエウロスは。そのような発言をしてきます。
「フーム……。どちらにしても、軍の指揮系統の見直しは急務。先頃の地球宇宙軍との戦闘によって、撃ち減らされた我が木星宇宙軍艦隊も、完全に回復したとは言い切れぬ。今現在、地球との戦端を切る切っ掛けを作るのは実に不味いですぞ。木星にとっては」
木星五大陸王の内の。忠王ガニメスがそう言います。
「マナ様。それに、四王殿たちも。そういきり立ったり焦ったり。急に動くことはない。まあ、軍備の再建増強は急務だが……」
ジプスがそう言います。何を思っての事でしょうか?
「向こうの出方の感触が、悪くなくてな。このような物を、偵察の艦隊の提督に渡して。我ら五大陸王とマナ様に贈ってくれと言っていたらしい」
そういって、ジプスが指をはじくと。
ジプスの部下らしき六人の女たちが、なにやら大きなガラスのボトルを一本ずつ抱えてきました。中には、赤い液体がなみなみと満たされています。
「サケ、というものらしいです。マナ様は、元はといえば。地球のお生まれの方。サケが何かはご存じですか? 部下の提督の言うには、とてつもない美味であったとかとの話ですが」
「サケ……? お酒の事でしょうか? それなら知っています。美味しいものですが、飲みすぎると寝込んでしまうという、魔性の液体ですよ、それは」
「貴重なものに間違いないと。部下の提督は言っておりましたが。そこら辺は?」
「まあ、確かに嗜好品ですので。そうは安いものではありませんが……。何故、酒などを贈ってきたのですか?」
私がそう聞くと、ジプスは自分の顎の下の生えた髭をジョリッと撫でて。
「親善の気持ちを表したい。欲を持って良ければ、我ら木星首脳部との会談を持ちたい。そのようなメッセージが伝えられて参りました」
そんなことを言います。
私は、怪訝に思いました。これまでの地球宇宙軍のやり口と全く違う。よしんば、その船が商船であったとしても。地球の商人は、決してこのような下手には出ずに、宗主星である地球の権限を振り回して横暴を働くはずです。
私には、興味が覚えられました。
その、敵の。いえ、地球宇宙軍の第47艦隊の提督とはどのような男であるのかが。
「どのような、男だったのですか? 偵察に行った艦隊の提督の観察によれば」
私がそう聞くと、ジプスは頭をガリガリと掻いて言いました。
「確か……。異常に胴が長くて足の短く恰幅のいい、茶色い髪をオールバックにして口髭を蓄えた中年男だった、との話です」
「名を。何と申すのです?」
「ネレイド……、だとか。女のような名前ですが。敵47艦隊の情報を、過去の地球宇宙軍の情報に照らし合わせると確かに。地球宇宙軍第47艦隊の提督は、ネレイドと言う名です。その情報が確かならば」
「ネレ……イド……? 不思議な響きの名前ですね……。鋭くありつつも優しい響きを持っています」
「如何いたします? 会談を持ちますか? 否と突っぱね、星から叩きだすか。もしくは、船ごと撃沈して木星の海に沈めるか。偵察艦隊の情報によると、敵の艦艇はたった一隻だけだとの話ですから。如何様にも選択肢は取れますぞ」
私は、酷く悩みました。その、女性のような不思議な名前を持つ髭の中年男に、ひょっとしたら腹案があるのかもしれません。先頃の木星に対する地球宇宙軍の重力子爆弾による大爆撃。あれを、向こうが二度と行うことなく。
かつては対等な商取引を行い、木星と地球の双方に富と文化が齎されていた、あの素晴らしい時代が来るような。
再び地球と木星の仲を取り持てるような、名案が。
私にはそのように思えてなりませんでした。何故かですが。
「まあ、ともあれ。これを飲んでみましょう。贈り物の質で相手を判断することは、とても大切な事ですぞ」
ジプスはそう言うと、部下の六人の女たちに。酒の瓶の封を開けさせました。
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