11・クリーズの応接

「……護衛を連れてきたが。そのまま入らせてくれるのか?」


 小型シャトルで、護衛の十人ほどの木星人を従えて。木星宇宙軍の艦隊の提督が、アフラ・アル・マズダ号のエアロックで聞いてきた。私たちの中から、私とゼイラム、それにクリーズとバッシュがそれを迎えに出た。


「提督。お任せ下さるのですな?」


 ゼイラムがそう言って、私に確認を取ってくる。


「任せると言った。やって見せろ、ゼイラム」

「承知いたしました。さて……。木星宇宙軍の提督殿。まずは茶と参りましょうか。護衛の方々もご一緒に」


 私の了承を取ったゼイラムは、木星人に向かってそう言った。木星人は、怪訝な顔をして聞き返してくる。


「チャ? 何だそれは?」

「薫り高い湯のようなものですよ」

「旨いのか?」

「地球では太古。これの売買権利の奪い合いによって、世界を巻き込むほどの大惨禍を巻き起こす大戦の原因になったほどの、魔性の味を誇る飲料ですぞ」

「……たかが湯の事で。争いが巻き起こったのか?」

「湯に含ませる茶葉と呼ばれる植物の葉が希少で、恐ろしいほどの高級品でして。昔は、ですが」

「バカなのか? 地球人とは? 我々でもわかるぞ? 希少なものを奪い合って、戦いを起こすなどとは愚かなことだ。希少なものは優れた方に献上し、うまく使ってもらう。この木星のルールはそれだ。例えば、火星から仕入れた二酸化炭素と、この木星にある水素で出来る炭水化物。その粉を使って作られる、炭水化物粉を水で溶いて焼いたパンなどは、私たちの主食なのだが。火星に三重水素を売った時に得られる金で、地球に近い火星の作物が買えることがある。その際にマーガリンなどという高級合成食物が手に入ることがある。あのマーガリンを混ぜた焼いたパンが、また堪えられぬくらい旨いのだが。そう言ったものは、まず高貴な方に食べていただいて。我らの指導力をよりよくするための英気を養っていただく。そして、高貴な方々の采配で我らが働けば。たまにはみんながマーガリンで焼いたパンが食べられる。そういう物ではないのか? 産み出そうとせずに奪い取ってどうするのだ?」


 ふむ、この木星人の提督。至極真っ当な事を言っている。もっともこの思考を持てるのは、有り余るどころか総量の推測すらつかない未発掘資源が豊富にある木星人ゆえの発想だな、と。私には思えた。


「まあ……。そうですな。地球には、資源というものがはっきり言って乏しいのです。木星と比べればでの話ですが。故に、資源争いというものが起きる。その考え方の延長線上に、高級物資も奪って自分のものにしてしまおうという発想が生まれたのですよ」

「ははは!! 資源乏しい地球人は卑しいな!!」

「それはそうですな。私もそれは庇い立ては致しません。貧しさに負けて、おのれの品性を叩き捨ててしまうものは多いですから」

「それで? 貴殿らは我らに話があると言い、地球流の応接をすると言ったが。それが、そのチャとやらの入った湯なのか?」

「まずは、といいました。まずは茶で口を湿らせて下され」


 そういって、クリーズの方を振り返るゼイラム。


「……この者たちを、茶室に入れるのか?」


 鉄面皮。クリーズは表情をピクリとも動かさずにそう言った。


「頼めるか? 君の作法が必要なのだ。クリーズ技術少佐」

「……まあ、いいだろう。本物の品性というものは、暴力や罵言や貧に屈しないものだからな」


 クリーズは、自分が大切に管理している、艦内の茶室に木星人たちを通すことを許した。


「……? なんだ? この妙に弾力のある床板は? 鉄を黄色く塗ったものではない様だが……」


 白土壁に畳張りの茶室に入った木星人たちは、何やら妙に緊張していた。声をひそめて、仲間内で色々囁いている。


「ご静粛に。茶というものは、飲む前は静かに心を落ち着けるものだ」


 そう言ったクリーズは、茶室の囲炉裏に備長炭を入れて、南部鉄器の湯沸し釜を据える。そして、秘蔵の湯呑み茶碗を幾つか引っ張り出してきた。


「言っておくが。これらはとてつもない高級品だ。君たちが一生かかっても買えないほどの、太陽系内惑星域通貨での価値がある。壊されてはたまらぬが……。まあ、交渉が上手く行くならば安いモノ。使うとする。感触と重さを楽しめるぞ」


 どすこい玄人な台詞を呟くクリーズ。コイツはガチで日本人の血が入っているからな。作法には凄まじく厳しいが、実は煩くはない。

 作法を知らぬ人間には、動きで示して学ばせるタイプの人間なのだ。


 湯が沸き、湯呑み茶碗の底に抹茶の粉を茶匙でいれ。そこに、柄杓で湯を注ぎ。

 茶筅ちゃせんで混ぜて、少々泡立てるクリーズ。


「さ、飲め」


 自分は畳の上で正座をして、胡坐をかいている木星人に茶を薦めるクリーズ。表情が何だが随分と妖しいのだが。変に上品な男の色気が出ている。


「お、お、おう……」


 木星宇宙軍の提督が、湯呑み茶碗を手に取る。


「毒……、ではないな、この薫りは。だが……、何だろう、とても落ち着く香りだ」

「これを一緒に食べると旨いぞ」


 あんこの入った焼き最中を小じゃれた和皿に乗せて差し出すクリーズ。

 それを食べ、茶を飲んだ木星宇宙軍の提督は……。


「旨い……。これが、文化の違いというものか……。これでは、我が木星が圧倒的な物資量を誇っていても。技術力や発想の差で押されるわけだな……」


 そういって、大きなため息をついた。だが、茶も最中も全部食べたのだが。

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