雨が降っても〜西野さんと桐山くん〜
りお しおり
雨が降っても
今日は本当についていない。
厄介な電話にあたり午前中が潰れ、午後は後輩のミスが発覚してフォローで一日が終わってしまった。
その後輩が定時でさっさと帰ってしまったことが腹立たしい。ミスするのは仕方ない。だけどそれを他人事のように、何なら最終的には私のミスかのように知らん顔をしているとはどうしたことか。
定時で帰った彼女を尻目に、ようやくその処理を終えると、今日やるはずだった自分の仕事に取りかかった。
名ばかりのノー残業デーのわりに、今日はすっかり人気がない。雨の予報のせいかもしれないし、マイカー禁止デーのせいかもしれない。環境配慮という社長の方針で月に一度、車通勤禁止の日があるのだ。
私は静まりかえった事務所で一人仕事を続け、ようやく今日中に片づけるべきことを終えた。
「あれ西野、まだいたの?」
「桐山くん、お疲れさまです」
お疲れ、と返しながら桐山くんが入ってきた。朝から姿を見ていなかったので、残業のおかげで会えたと思うと、少しは残業した甲斐がある。
「桐山くんこそ、直行直帰かと思ってた」
「早出だったから。帰れんの?」
桐山くんはちらっと私の机の様子をする。
「うん、帰るとこ」
「戸締まり俺やるからいいよ。ちょっと書類の整理だけしてくから」
「ほんと? ありがとう。じゃあ、お先に失礼します」
「うん、お疲れ」
最後に帰る人が戸締まりとセキュリティをかけることになっている。たまに最後になることはあるが、そのたびに鍵を閉め忘れたところはないかドキドキするので、やらずに済むのはありがたい。
ラッキーなこともあったと思いつつ、扉の外の屋根のあるところでバッグの中をあさる。予報通り降り出した雨はザーザーと音を立てていた。
「あれ?」
思わず声がもれた。私は手探りで漁っていたバッグの中を、目視で確認してもう一度傘を探す。
傘がない。折りたたみの傘を入れていたはずなのに。ふと記憶がよみがえり、週末に突然の雨に降られて傘を使い、家の中で干したことに気づいた。その傘をバッグにしまった記憶がない。
信じられない気持ちでちらりと傘立てを見ると、濃紺の濡れた傘が一本だけささっていた。間違いなく桐山くんのものだろう。借りるわけにもいかない。
やっぱりついてなかった、とまっすぐに落ちてくる雨を茫然と眺めた。少しでも雨が弱まったときを狙ってダッシュするしかないか。駅までは徒歩で十分以上かかるけど。途中にコンビニとかもないけど。タクシーは出費も痛いが、この雨だし来るのに時間がかかるかもしれない。
自分のふがいなさにため息がもれた。
「まだ帰ってなかったの?」
振り返ると、怪訝な顔をした桐山くんがいた。
「うん、まあ…」
私が曖昧な返答をしているのを聞いているのかいないのか、桐山くんは鍵をかけ、カードをかざしてセキュリティをかける。
一本残っている傘をとって広げながら、桐山くんが振り返る。
「まさか傘忘れたとか言わないよね?」
その、まさかだ。
「…折りたたみ、入ってるはずだったんだけど、なくて」
「忘れたんだね」
呆れ顔の桐山くん。
一歩屋根のないほうへ出た桐山くんは、傘を少し高めにあげて、ほら、と私に向かって促した。
「早く。帰るよ」
入れ、ということなのだろうが、相合傘とかそんなの無理だ。至近距離に桐山くん、堪えられない。軽くパニックになった。
「いやいやいや、大丈夫だから!」
「大丈夫じゃないでしょ。どうすんの?」
「雨弱くなったときにダッシュする! それか無理ならタクシー呼ぶし」
はあ、と呆れたようにため息をつく桐山くん。聞き分けのない子どもに対するみたいに。
「そんなん言ってないで帰るよ。ほら」
まるで決定事項みたいに、桐山くんは言う。
★★選択肢★★
1.諦めて傘に入れてもらう
→1へ進む
2.それでも断る
→2へ進む
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