会社の完璧上司は俺の部屋ではヤンデレラ

蒼田

俺の上司様はヤンデレラ

「なにしてるんだ」


 浅川友幸は会社の帰り思わずぽつりと呟いた。


 残業も終わり全員で会社を閉めそれぞれ分かれ帰路についていると見知ったスーツ姿の女性を発見した。

 後ろで括った黒髪ロングの彼女は同僚にして上司の秋山咲。

 いつもは他を寄せ付けない雰囲気を出しているが、困惑している様子。

 能面のような表情が崩れているのは目新しく意外な一面に驚くがそれ以上に何に困っているのか気になった。


 あの完璧上司様が困るほどの事だ。

 かなり難易度の高い問題と見える。

 その証拠に下を、遠くをチラチラと見ている様子が伺える。


 (落とし物か? )


 あり得る話である。

 その様子からするにかなり大事なものを落としたと見た。


 数歩歩いてはまたチラチラしている。

 その様子を見るといつもとは違う慌てっぷりに少し苦笑する。

 落とし物くらいなら一緒に探せるだろう。


 その冷たさや仕事の出来具合で社内でも浮いている存在ではある。

 彼女を助けることにより一緒に浮いてしまう可能性はある。

 しかし彼女が嫌いではない。むしろ好ましく思う。

 人よりも仕事をし、人よりも努力をしているその姿を見ているからだ。

 無条件で彼女が優秀なのではない。

 よって友幸は彼女を助けることにした。


 まだ探している様子の秋山部長に足を向ける。

 人が多いせいか会社を出た時よりも少し暖かく感じながら前に進む。

 ポニーテールを垂らしながらじっくり下を見る秋山部長に近づき声をかけた。


「……なにしてんっすっか。秋山部長」


 声が聞こえたのか秋山はゆっくりと顔を上げる。

 黒い髪はゆっくりと揺れ、黒い瞳が友幸を認識する。

 するとほんのりと赤みを帯びていた頬は急に真っ赤にさせる。


「友幸君」


 ここにいることが意外だったのか目を大きく開けたまま数歩たじろぐ秋山。

 そんなにおどろなくても、と思い気まずくなり頬を掻きつつ再度何をしているのか尋ねるが、たじろいだせいか周りの人と当たりそうになる。

 「危ない」と思った友幸は通行人にぶつかりそうな彼女の手を取り危機を脱する。

 顔を赤らめる秋山に「らしくないっすよ」と言った。


「……失礼しました」


 顔を俯かせながら秋山は言う。

 らしくない、という言葉に余程恥ずかしかったのか顔を上げない。

 いつもと違う上司の様子に友幸は心臓を跳ねらせ彼女から目線を逸らす。


 (可愛いじゃないか! )


 クールビューティーを突き詰めた上司の変貌に心臓の鼓動が速くなるのを感じる。

 冬というのに夏のような暑さを感じながらも背けた目線を少し戻す。

 まだ秋山は俯いていたが目をチラチラと友幸に向けていた。


 (なんだこの小動物感は! )


 身長は小動物ではない。

 背が高いわけでは無く、比較的平均的。くびれる所はくびれ、胸は暴力的であるが、その挙動が小動物感を出していた。

 その様子にドギマギしながらも心を何とか落ち着かせ秋山に向いた。


「……手」


 指摘されすぐにそれに気が付いて、今度は友幸が顔を真っ赤にする番となった。


 ★


 秋山咲が言う所によると彼女は電車の定期を落として帰れない状況だった。

 定期を探しているが見つからない。

 あの後一緒に探したが見つからず、結局の所交番へ行き紛失届を出した。


「……何で俺の部屋にいるんっすか」

「良いじゃない。友幸君の部屋、あそこから近かったのだから」


 友幸が言っているのはそう言う意味ではない。

 一般で言う所の草食系男子と呼ばれる友幸も一応は男。

 家に女性、しかも美女を上げることなど想像していなかった。


「思っていたよりも綺麗ね。感心だわ」

「そりゃどうも」


 呆れた様子で靴を脱ぎ彼女の後を追う。

 部屋の主よりも先に電気をつけた上司は友幸の部屋が物珍しいのか右に左に見回している。

 友幸が「なにも面白いものなんてないっすよ」と言いながらもここに来た経緯を思い出した。


 警察に紛失届を出した後友幸はどうしようかと考えていた。

 大人とはいえ美麗な女性。しかも夜ときた。

 上司を狭い場所に泊める訳にはいかないと思いカプセルホテルの案を棄却した彼はスマホを手に取り空いているビジネスホテルを探す。

 だがその途中で咲から思わない案が出た。


『友幸君の部屋に泊まらせてくれない? 確か近かったよね』


 と。

 友幸はその案に驚きすぐに却下した。

 だが彼女は引き下がらない。

 その危険性を指摘したら自分が危ない人物に聞こえてくるので少しぼかしながらなんとか他の案を提示したが、咲は頑として「友幸の部屋に泊まる」という案を取り下げなかった。

 口で勝てるはずの無い友幸は大きなため息と共に渋々その案を受け入れた、という訳である。


 しかしながら彼が住むマンションは一LDKの一部屋。

 大人二人が寝るにはかなり狭い。

 これまでにも友人を連れて酒盛りをしたことがあるので人を泊めることができないということは無いのだが、どちらかが床で寝るという結末を受け入れなければならない。

 一人用のベットがあるからなんとかなるか、と思いつつも結果として上司をカプセルホテルよりも不便な思いをさせてしまう自分に対して大きく溜息をついた。


「どうしたの? 何か困りごと? 何か困りごとなら相談に乗るけど」

「……今の状況を無難に脱する案があれば教えていただきたいのですが」

「それはダメよ。私もいつか友幸君の部屋に泊まりたいと思っていたもの」

「何でですかね」

「理由は必要? 」


 大いに必要です、と答えようとしたが不穏な気配を感じて言葉を飲み込んだ。

 今からでも咲をカプセルホテルに泊めるという案を完全に諦め鞄を置く。

 その様子を見て彼女も鞄を置いて「クローゼットはどこかしら」と尋ねた。

 確かにスーツに皺が寄るのは困ると考え、クローゼットを開けてハンガーを手渡す。


「ありがとう」


 受け取った彼女はゆっくりとハンガーをベットに置いた。

 黒い無地のスーツに手をかける。


「ちょ?! 」


 今から何をしようとしているのか理解し止めるために声を上げる。

 だがそれも虚しくボタンは外され弾けるように白いシャツがあらわとなった。


「きついのよね」


 まるで友幸がいないかのようにハンガーにスーツをかける。そのままクローゼットまで行き、カチャリとかけた。


「どうしたの? 」


 整った顔が見上げる。

 大きく丸い瞳が尋ねて来るがそれ所ではない。

 速まる鼓動を抑え崩れかける自制心をコンクリで固めて、一息つく。


「何でもないっすよ」

「変な友幸君。あ、そうだ。何か食べ物とかある? 」


 お腹が空いたのかお腹をさすりながら友幸に聞く咲。

 いつもとは全く異なった顔をする彼女に挙動不審になりながら、心臓に悪いと思いつつ出来るだけ彼女を見ないようにスーツを脱ぎながら冷蔵庫の中を思い出す。

 しかし頭に思い浮かぶのはビールのみ。ワインは先日空にしてしまった。

 すぐに食材が出ない所男一人暮らしの悲しさを感じつつも、ネクタイを解きスーツをクローゼットを閉める。


「ちょっと冷蔵庫を――「見て来ればいいのね」」


 違う、と心の中で大きく叫ぶも届かない。

 タタタ、と軽快な音を立てながら小さく白い冷蔵庫を見つけた咲は膝を曲げる。

 冷蔵庫の手を取りゆっくりと開け、覗き込むように中を物色するその姿を見て友幸は思う。


 (まるで別人だな)


 冷蔵庫の中に顔を突っ込み何かないか探すその姿が子供そのもの。

 ギャップがものすごく困惑しているのだが人間らしい一面を見てほっとするのもまた事実。

 予想外ではあるものの楽し気な部長を見れて良かったと思っていると冷蔵庫の中からビールを取り出しこちらを見た。


「飲みましょう」


 ビール両手に笑顔で言われた俺は頷くしかなく、まぁ良いかと思いながら一杯やる。

 摘みを探し机に置く。

 乾杯をしながら、「一体何の乾杯だ? 」と思ったが言わない。自分から地雷を踏みに行く必要はないからだ。

 そうしている内にも「美味しい~! 」と言いながら摘みを食べビールを飲んでいく部長。

 微笑ましく見ながら友幸も「プシュ」と音を立て蓋を開けグビっとビールを飲む。


「~っく! 」


 部長じゃないが仕事後のビールは体に染みわたる。

 摘みを口に入れ広がる香りを楽しみながらそれを流し込む。

 これもたまらない。

 軽く顔に熱を帯びるのを感じながらビールを一缶飲み終え部長を見るとそこにはビールを十本目を開けた部長がいた。


「……部長がここまで酒豪だったとは」

「そんなことなれすよ」


 顔を赤らめ机に肘をつき缶をゆらゆらさせて友幸の方を見ている。

 他の人よりも肌が白いためか、赤みが強調されている。

 とろんとした目で笑う彼女を見て心揺さぶられるも留まる。

 何考えてるんだ、と思いながらも缶を片付けようとする。


「もうやめるの? 」

「……冷蔵庫のビール、全部無くなったんですが」

「コンビニに買いに行けば良いじゃない」

「明日も仕事っすよ」

「えええーーー!!! 仕事行きたくない」

「そんな子供の学校じゃないんですから。てか上司だし」


 酔っているのかいつもの敬語ではない。加えて少し幼児退行している。

 我らが上司はすがるような顔をし両腕を上げてばたんと後ろに倒れ込む。

 子供の様に両手両足をバタつかせ出社を拒否する。

 そんなに行きたくないんっすか、と内心どれだけ会社がストレスなのか察しながらも「明日は早いですからね。ベットにでも寝ててください」と言い缶を片付け始める。

 いつもとは違う姿をみてたじろぐが、変な気を起こして流されたら明日から無職になってしまう。

 それだけは避けなければ、と思いながらもごみを集め缶を片付けスーパーの袋に詰め込んだ。


 台所からリビングに行くと倒れたまま大きな胸を上下させている同期兼上司がいた。

 アルコールのせいか顔は赤く横を向いている。

 近付き起こそうとするも起きない。

 服が暑かったのかシャツのボタンが幾つか外されている。

 グルんと寝返りを打てばシャツが少しずれて見えてはいけないものが見えてしまう。


「~っ!!! 」


 いつも氷のような表情を見ているせいかその破壊力に理性の城壁が破壊されそうになる。

 無防備な光景に流されない様「務所は嫌だ、務所は嫌だ、務所は嫌だ」と呪文のように唱え、ニュースになりネットに晒され務所にぶち込まれる姿を想像する。

 何とか冷静さをお出迎えした後どうしたものかと考える。

 一応「起きてください」と聞くが起きる気配は全然ない。


「このままにしておくのは……ダメだよな」


 今は冬。幾ら暖房をつけても風邪を引く可能性がある。

 ベットを見て、すやすやと眠る秋山部長を見た。

 そして大きく溜息をついて机をのけ、部長を動かせるようにする。


 彼女の背中に手をやる。

 腰を入れ持ち上げようとするが、思いのほか軽く勢い付いてしまった。

 勢いのせいか整った顔が胸板に当たり暴力的な胸が体に当たる。

 「ん」と色っぽい部長の声が漏れてドキリとする。

 心の中で念仏を唱えながらすぐ隣にあるベットまで行き、彼女をゆっくりと降ろした。


「……こんなの最後にしてくださいよ」

「断る!!! 」

「?! 」


 はっきりと否定の言葉が聞こえて起きたのかとドキリとするが、彼女を見ると寝息をたてていた。

 どんな寝言だよ、と思いながらもそっと布団をかけてリビングを出た。


 ★


「……何でここにいるんっすか、部長」


 翌日の事。

 起きた部長はまるで自分の家のように俺の部屋を使い服を整えた。化粧品は常に持っているらしく軽く化粧をし会社へ。

 部屋を出るまでは軽快な様子だったが部屋を出るといつもの部長に戻っていた。

 正直勿体ないと思いながらも、こうして切り替えているのかと感心しながら会社へ行く。

 昨日のことは何も無かったかのように仕事を終え俺は部屋に戻る。そして後ろを向くと秋山部長がいた、ということだ。


「友幸君に彼女がいるってどういうことかな? 」


 目から光を無くして問い詰めて来る部長に寒気を感じる。

 俺の話聞いてないし、と思いながらも俺に彼女がいるなんて初耳だ。彼女いない歴イコール年齢の俺にいるはずがない。


 確かに会社の休憩時間、同僚に「彼女でもできたのか? 」とは聞かれた。

 しかしその場で強く否定したし、実際本当に彼女はいない。

 部長は恐らくあの場にいたのだろう。

 気配は全然感じなかったが。

 

「いい? 友幸君は私が幸せにするの。いいえしなければならないの。だから私頑張っているの。私が幸せにするのは良いけど他の女が幸せにするのは我慢ならないわ。でもね、私重い女と思われたくないの、束縛したくないの。だから男友達は許してあげる。だけどね、だけどね。女は許さない。だって君は私のものだから。私のものだから、私だけの友幸君だから女は許さない。もし近付く女がいるなら排除しないといけないねーー」


 重ぇ。

 そして怖ぇ!!!


 え? 秋山部長ってこんな人だったのか?!

 何やら俺が想われているようで、いつの間にか彼女のものになっているようだが、そんな記憶はどこにもない。

 彼女と話したのは入社式の時か仕事の時くらいだ。

 俺はいつの間に彼女のツボを踏み抜いていたんだ?!


 このままだと本当に犯罪に走りかねない。一先ず誤解を解かなければ。


「部長」

「なにかしら。私は君に近付く女をいかに排除するかを考えている所なのだけれど」

「まず俺に彼女はいません」

「嘘は良くないわ。魅力的な君だもの。彼女の一人や十人はいてもおかしくないと思うの。だけどね、私だけを見てくれないといけないの。これは運命なの」


 ブラックアウトした瞳を向けながら矢継ぎ早に言葉を紡ぐ部長に押されそうになるが、ぐっとこらえて更に言う。


「昼の話を聞いていたんっすか? 」

「ええそうよ。流石に私もショックだったわ。確かにいてもおかしくないと思うけれど、思うのと事実を目にするのとでは違うわ。やはり君は私だけのものにしないと」


 発想が怖ぇ。


「いえですね。あれ、あいつが俺についていた女性の香りを嗅ぎ取ってそう言っただけなんっすよ」

「ふぇ? 」

「昨日部長泊まったじゃないですか。そん時に付いた匂いを、あいつがですね――」

「つまり私は君の彼女ということになるのね」


 どうしてそうなる……。


「うんうん。やっぱりそうよね。君の隣にいるべきは私であるべきよね。君の友人の内申を少し上げてあげようかしら」


 瞳に光を戻した秋山部長を見て脱力する。


 こうして俺に彼女が出来た。

 外では完璧クールビューティー。

 家では重く、俺を想ってくれる、ヤンデレな彼女が。


 俺は今後何事もなく生きていけるだろうか、不安である。

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