残光刀姫


西の遺跡 地下



ガイが落ちた衝撃で気を失っていた。

目を覚ますと暗闇の中だった。


地下とあってか湿った空気が体を冷やしたが、なぜか顔は暖かかった。


そして、なぜか花のようないい香りがした。

ガイが頭付近にある何かを触ると、それは凄く柔らかいもので、その質感にも覚えがあった。


「あら、おきましたわね」


「え?」


暗闇に目がなれ、ガイの顔を覗き込む人影があった。

それは金色の巻き髪の女性。

数秒、その女性と見つめ合い、ようやく自分が膝枕されていることに気づいた。


「うああああ!!」


ガイは飛び起きると後ろに数メートル後退り、壁に背をぶつける。


目を細めてみると、そこには美しい若い女性の姿があった。


「そんな大声で逃げるなんて、失礼ですわね」


「な、な、な、なんだ、あんた!?」


「先にレディに名を語らせるとは、また失礼ですわね……まぁいいですけど。わたくしはカトリーヌ・デュランディア。あなたは?」


「お、俺はガイ。ガイ・ガラードだ……」


カトリーヌは眉を顰めた。

そして、何かを考える仕草をする。


「"ガラード"?どこかで聞いた名ですわね」


「別にあんたみたいな貴族とは違う。ただの小さい村出身の駆け出し冒険者だよ」


「ん?何か勘違いしてるようですけど、私は貴族ではないですわ」


「は?」


カトリーヌという女性の言葉遣いは、ガイが知ってる"貴族"のイメージ通りだった。

逆にローラなどは貴族というよりは、どこかの村娘のような言葉使いで親近感すら覚える。

目の前の女性は明らかに話しづらい空気をかもし出していた。


「まぁ、とにかく起きたならよかった。恐らくもうすぐ魔物が部屋に現れます。何かの縁でしょうから共闘しましょう。私、パーティと逸れてしまいましたから」


「あ、ああ。俺もそうだ」


カトリーヌという女性は笑みをこぼした。

ガイが暗闇に目が慣れ始めた頃、カトリーヌは指をパチンと鳴らす。

するとカトリーヌを中心に光が灯り、部屋の全貌が見える。

部屋は四角く細長い作りだが、異様に天井が低く感じた。

四方には扉があり、閉ざされている。


同時に、立ち上がったカトリーヌの姿もハッキリと見えた。


背が高く、金色の巻き髪が両肩にかかる。

赤い鎧に下は白いミニスカート、黒いニーソックスは太ももの辺りまでありブラウンのブーツを履いていた。

何よりもガイは彼女が左手に持つ武器が気になった。

見たこともない剣で、その珍しさに凝視していた。


「ん?あなた、もしかして"刀"を知らないのかしら?」


「カタナ?いや……聞いたことがない」


「なら、この後の戦闘で見せてあげましょう」


「あ、ああ」


そう言うとカトリーヌはニコリと笑った。

ガイはその剣が気になった。

真っ白な鞘と真っ白なグリップ、反った作りの剣で長さはあまりなさそうだが、がっしりとした形で女性が使うには重そうだ。


「そういえば、あなたの冒険者ランクは?」


「俺はランクDだよ」


「は?……冗談ですわよね?」


唖然とするカトリーヌ。

そんなやり取りをしていると、2体の魔物が地面から這い出してくる。

その魔物は黒く細い体の人型で鋭利な爪を持っていた。


カトリーヌの数メートル先、細長い部屋の正面扉の前に並ぶ2つの影。


「下がっていなさい。"Dランク冒険者"の手に負える相手ではない」


カトリーヌはガイの前に立つ。

この組み合わせは前衛と前衛だった。


ガイ自身、ここまで戦ってきた自信は少しはある。

だが、まだ何かが足りない気がしていた。

ガイは、カトリーヌとうい女性が尋常ではない強さでろうことは直感的にわかった。


何か学べることがあれば……とガイ自身でも驚くほど素直に少し後ろに下がる。


「"ヒューマン・ギア"……レベル5の魔物が二体」


「レベル5……そんな強そうには見えないけど」


「奴らは細身ですが、恐ろしいほどのパワーを持ちますから。油断してやられる冒険者は多い」


カトリーヌは、また少し前に出る。

左手に持った刀を腰に当てて、ゆっくりとヒューマン・ギアの方へ歩く。


それを戦闘開始の合図と受け取ったのか、一体のヒューマン・ギアが走り出す。

同時に鋭い爪を合わせ、カトリーヌへ突きの体勢。


カトリーヌは左腰に刀を構え、右足を少し前へ出して踏みしめる。

右手を軽くグリップに添えた。


高速で突き出されたヒューマン・ギアの爪はカトリーヌの心臓狙い……だったが、カン!と甲高い音が響くと、なぜか魔物はのけ反っていた。


「……え?」


カトリーヌの構えは変わっていない。

だが、ガイはその動きを目で追っていた。

彼女は抜刀するも抜ききらず、"柄頭つかがしら"をヒューマン・ギアの爪に当てて一瞬で鞘へと戻していた。


のけ反ったヒューマン・ギアに対して、さらに抜刀して、その胴体を両断した。

そして、すぐさま刀を鞘へと戻して元の構えに戻る。

この間、数秒ほどで、ガイには"細い線"が行き来したようにしか見えなかった。


「速すぎて……ほとんど見えない……」


間髪入れずカトリーヌにもう一体のヒューマン・ギアが迫る。


再び鋭利な爪による突き攻撃だった。

カトリーヌは体勢を低くし爪を回避。

右肩でタックルして後退させる。

瞬間、ビュン!と時計回りに円の曲線が描かれ、突き出されたヒューマン・ギアの腕が飛ぶ。


引き抜かれた刀の切先が地面に少し触れると、一瞬で刀身を右下から左上へ移動させる。

これも簡単に魔物を両断し、カトリーヌはそのまま振り向きざまに刀を鞘へと戻した。


魔物たちは灰になり消えていく。

10秒に満たないほどの戦闘だった。


「速すぎる……それに全く波動を使わずにこんなに強いのか……」


カトリーヌの動きは一切の無駄が無かった。

使った波動は明かりを灯す謎の波動だけだ。

ガイは自分に足りないものは"波動操作の問題"だと思っていたが、そうでないことに気づかされた。


「まぁ私が相手をすればこんなものですわ」


そう言って高笑いをするカトリーヌ。

ガイが唖然としていると、部屋が振動し始め、土埃が少し舞った。


「ああ、移動ですわね」


「移動?」


「ええ。魔物に勝つと次の部屋に行ける構造のようですわ。次の部屋に入って、幾分か時間が過ぎると戦闘になる……その繰り返し」


「ちょっと待ってくれ、じゃあゴールとかは?」


「さぁ?私が入ってから、ここに来るまで二、三日は経ってますけど辿り着けませんわね」


「そんな……」


「もしかしたら、そんなものは無いのかも」


「え?」


「とにかく前に進みましょうか」


「あ、ああ」


カトリーヌはニコリと笑うと正面の扉に向かって歩き出す。

ガイはそれを走って追った。


「ここから先はあなたを守りきれるかはわからない。もし、その時がきたら死に物狂いで戦いなさい」


「大丈夫だ……これでもレベル8の魔物とも戦ってるんだ」


「へー。低ランクなのに、それは凄いですわね」


そう言いながら扉を抜けて細い通路に入っていく。

カトリーヌが使った謎の波動により通路は明るく、少し先まで見える。


すぐに下の階段があった。

先に進むとなると、ここしか無いため、2人は仕方なく下へと向かう。


「まだ下があるのか……」


「嫌な予感がしますわね」


目の前に一つの扉が現れる。

その扉は開いており、凄まじい光が差し込んでいた。


「下に降りたのに地上に出るのか?」


「いえ……ここは地下ですわ」


扉を抜け上を見上げると、この部屋には天井は無く、空が見えた。

巨大な円形状の闘技場のような場所だった。

ガイたちはそそり立つ円柱の内側に来たのだ。


中央では戦闘がおこなわれているようだが、ガイが目を細めて見ると言葉を失った。


巨体の魔物と数人の冒険者が戦っていたのだ。


「な、なんだ、あの魔物は……」


「まさか……"バフォメット"……レベル10の魔物……」


「レベル10!?」


「私も見るのは久しぶりですわね」


その魔物は山羊のような頭で筋肉質の体、鳥の羽のような大きなさ翼を持ち、さらにはドス黒い瘴気を放っていた。


この世界において魔物レベル10は最高。


背後の扉が閉まった瞬間、ガイとカトリーヌは思った。

目の前の魔物を処理しない限り、この部屋からは出られない。

これは完全なるデスマッチなのだと。

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