嵐の魔法使い
西の遺跡
ガイは地面に開いた穴に落ちて消えた。
それを助けようとしたメイアは部屋の真ん中に砂の壁が現れ、クロードとローラと分断されてしまう。
「クロードさん!ローラさん!」
叫んで壁を叩くが、声が響くだけでびくともしない。
細長い部屋は四角くなり、地響きのような音が聞こえると部屋が動いているような気がした。
感覚的に動きは上へ向かったようだった。
ドンと音がして部屋が止まると、正面にあった扉が開く。
その先は暗闇だった。
「進むしか……ないんだよね」
意を決するとはこのことなのだろうと思った。
先に何が待っているかわからない。
だが、進まずにいたらメンバーたちと合流できないのだ。
メイアは先に進んだ。
暗闇だったが、炎の波動で杖の先に明かりを灯す。
少し冷んやりとした空気で寒気がする。
しばらく進むと螺旋階段が上へと続いており、それをあがった。
たどり着いた場所は大きな円形の部屋だった。
メイアが入った場所から見て、正面と左右に扉がある。
部屋は少し薄暗いが、壁をぐるっと一周するように開いた小さな四角い穴から差し込む日の光でかろうじて見えた。
「おかしいわ……」
メイアは冷静だった。
確かに上へ登って来たが、この建物は砂の竜巻で周囲が覆われていた。
日の光がそのまま直接入り込むことがあるのかと考えていた。
恐る恐る部屋を見回すメイア。
すると中央に人影が見えた。
地面に倒れ込んでいるようだ。
「う、ううう、水を……水を……」
倒れた人影から声がする。
それは若い女性のようだった。
メイアは走り寄ると、ローブの中に手を入れ、腰に下げた水の入った皮袋を取り出す。
うつ伏せに寝ている女性を起こすと、水を飲ませた。
「た、助かった……死ぬかと思った……いや、ワシは死なんから、まぁ大丈夫なんだが。とにかく、まぁ助かった」
その女性はメイアが見るに変な格好だった。
つばのついた大きめの黒い三角帽子に、太ももまでしかない短いスカートの黒いドレスと黒のヒール型ブーツ。
髪はショートカットの緑色で眼鏡をかけた女性で、なによりも持っている巨大な杖が目を引いた。
明らかに小柄な、この女性の背丈ほどある竜の全身を模した杖だった。
持ち手の上の部分には大きな丸い緑色の波動石が付いてある。
「よかったです」
メイアは困惑しつつも笑みを浮かべた。
女性もそんなメイアを見るとニコリと笑う。
「ほう。おぬしも杖を使って波動を遠距離に放つタイプのバトルスタイルか?」
「え?……ええ、そうです。ある方に憧れを懐いてまして」
メイアは照れくさそうに言った。
それは子供の頃に母親から読んでもらった六大英雄の一人の話だった。
「ほう。遠距離型は近距離型より、波動のイメージの仕方が難しい。こんなに若いのに……面白い」
「え?」
メイアが気になったのは女性の年齢。
明らかに自分と変わらないほどの若さな気がしたのだ。
「ワシが少し波動を見てやろう。恐らく、もう少しで、この部屋に魔物が来るから倒してみよ」
「あ、あの、あなたは一体……」
「ああ、申し遅れたな。ワシの名はフィオナ・ウィンディア。これでも昔は"最強の魔法使い"と呼ばれた者さ」
メイアは思考した。
"最強"ともなれば恐らく有名な冒険者であることは間違いない。
この女性こそ、前の町で聞いたS級冒険者なのではないか?と思った。
「あ、あのもしかして……」
メイアが言いかけた瞬間、部屋の正面の扉の前にドン!!と何かが落ちた。
大きく砂埃が舞うが、それを巨大な腕で振り払う影。
3メートルはありそうな身長に、真っ黒で大きな熊のような見た目だった。
「おお。"ヘヴィベア"か。これをなんとかできれば上出来じゃな」
フィオナはそう言うと、一瞬だけ少し風が吹きパッとその姿を消した。
「え?」
「お手並み拝見。心配するな、"飲み水"の礼だ。危なくなったら助けてやる」
その声がしたのはメイアが入ってきた扉の方だった。
見るとフィオナは腕を組んで壁に寄りかかって立っている。
フィオナは一瞬で数十メートルの距離を移動していた。
だが、驚いている暇はない。
正面の扉の前には巨大な熊の魔物がいる。
メイアは杖を構えた。
ヘヴィベアはそれが戦闘開始の合図とみなし、大きな咆哮をあげてから四足で走る。
「"炎の壁"!!」
ヘヴィベアの行手を阻む大きな炎の壁。
その熱量に予測通りに停止する……はずだった。
だがヘヴィベアの巨体は止まらず、炎の壁を突き抜けてメイアへと向かう。
「!!」
メイアは反応して、すぐに横にローリング回避すると、ヘヴィベアはそのままフィオナがいる壁付近に勢いよく激突した。
「フィオナさん!!」
部屋の中にメイアの声が響く。
だが、すぐにフィオナの声は聞こえて来た。
「大丈夫、大丈夫。まぁワシのことは気にせず、ゆっくりやってくれ」
フィオナの声がした方向は正反対。
ヘヴィベアが現れた場所付近の壁に寄りかかりあくびをしていた。
メイアは絶句する。
端から端まで距離的に約50メートルはある。
それを一瞬で移動するというのは、ガイの"瞬炎絶走"以上の速さと距離だった。
「ぼーとしてるなー。やられるぞー」
フィオナの言葉にハッとし、ヘヴィベアを見るメイア。
すぐに次の行動へと移った。
「"炎の巨星"」
杖を掲げると、メイアを中心として熱波が広がる。
目の前に無数の小さい火の玉が出現し、それがゆっくりと一点に収束し始め、大きな炎の球体となった。
メイアが一気に杖を横に振ると、炎の球は射出され、高速で飛ぶ。
振り向こうとしていたベヴィベアに炎の球が直撃すると、上半身を高熱で燃やした。
悶え苦しむヘヴィベアの姿を見て、メイアは勝利を確信していた。
「ほう。これは凄い。その歳でここまでやるとは。だが……」
フィオナはニヤリと笑った。
その笑みはメイアの波動の使い方への感嘆だけではない。
むしろその逆の方が強かった。
ヘヴィベアは悶え苦しむ中にも、地面にドン!と両腕を叩きつけた。
広範囲の地割れ攻撃がメイアへ迫る。
思考するメイアだが、回避方法が全く思い浮かばず青ざめた。
「なるほどな。おぬしの強さは大体わかった」
フィオナは一瞬でメイアの目の前に現れる。
残像すらない、そのスピードはワープしているが如くだ。
「我らを守れ"ストーム・フィールド"」
フィオナは左手に持つ杖で地面を打つ。
すると瞬時に爆風が巻き起こり、地割れ攻撃を簡単に防ぐ。
「ヤツを貫け"ストーム・バスター"」
さらに杖を勢いよく前に突き出すと、正面へ向かって"何か"が直線で飛んだ。
その"何か"は目には見えない。
だが、確実にそれは燃え上がるヘヴィベアの方へ地面を抉るように飛び、着弾すると、その上半身は簡単に弾け飛ぶ。
弾けた肉片は勢いよく壁に叩きつけられた。
「おっと、やり過ぎたな。穴を開けるつもりがバラバラにしてしまった」
「……すごい」
熊型の魔物は徐々に灰になりパラパラと地面に落ちた。
「おぬしの弱さは優しさじゃな」
「優しさ?」
「相手は何人もの人間を殺してきた魔物だ。完全に倒し切ることを考えなければ、自分を殺すだけでなく、仲間も危険に晒すことになる」
「は、はい……」
「じゃが、おぬしならヘヴィベアを撃破できていただろう。あれはレベル7の魔物だ」
「レベル7!?」
レベル7の魔物はBランクの"パーティ"が相手をしても苦戦するレベルの魔物だった。
旅の最初に戦ったベオウルフに近い強さだ。
そんなレベルの魔物相手に善戦できただけでなく、自称最強の魔法使いからお墨付きまで貰えた。
「知らないうちに……私はそんなに強くなっていたの……」
「ここに入ってきたんだからパーティがいるんだろ?さぞ高ランクのパーティなんだろうな」
「い、いえ、まだDランクで……戦闘経験もあまりなくて」
「ほう。これは将来有望じゃな。しかし、ここから出られたらの話じゃが」
2人の会話の途中で、部屋の四方にある扉が全て開いた。
「魔物を倒すと次の部屋に進めるんじゃよ」
「なるほど……ですが、さっきの話の意味は一体?」
それはフィオナが話していた、"ここから出られたら"の意味のことだった。
フィオナがどれくらいの時間、この迷宮にいるのかと考えていた。
4、5日か一週間を超えるほどか……メイアは考えただけで息を呑んだ。
「ああ。ワシは長い時間この迷宮に閉じ込められているからの」
「そうなんですか……どれくらいですか?」
メイアは恐る恐る聞いた。
「"半年"じゃよ」
そのフィオナの発言にメイアは言葉を失う。
少し考えて理解できた。
この女性こそ、半年前にアダン・ダルに現れた魔物を追い詰めた冒険者であったのだ。
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