迷宮


アダン・ダルから西の遺跡まで数刻。

夕方ごろにはナイト・ガイのメンバーは到着していた。


そこは森と呼ぶには不相応な場所。

枯れ木の多い、この森を抜けると中央には巨大な遺跡がある……はずだった。


現在そこには行手を阻むように大きな砂の竜巻が起こり、真ん中には門と扉があった。

唯一そこだけが竜巻の範囲から逸れており、"入り口はここである"と丁寧に教えられているかの如くだった。


「今も膨張を続けていると噂だが……これほどとは」


「でけぇ……」


「と、とにかく行ってみましょう!」


「ええ……」


もしかすれば、この門を通って中に入ってしまったら出られなくなる可能性がある。

そんな不安を抱えたまま、メンバーは扉の前に立つ。

クロードは扉に触れると少し力を入れる。


「これは、まさか……」


「どうしんだ?」


「いや、なんでもない。開けるぞ」


扉を正面へ押して開けると、そこにはもうすでに細長い砂で作られた部屋があった。

数十メートル先に、次の扉があるが、その前には2匹の魔物がいた。


「"ダークウルフ"か」


大きな狼のような形の黒い獣が二頭横に並ぶ。

息荒く、滴るヨダレがその獰猛さを強調していた。


メンバーが少し前に出る。

すると入り口の扉は閉まってしまう。

クロードが扉を確認すると、そこには開閉するための取手が付いていなかった。


「アレを倒せということなのか……」


クロードが目を細めてダークウルフを睨む。

さらに前に出たのはガイとメイアだ。

ガイが前衛として立ち、後方にはメイアが立った。


「ちょっと待ちなさい!!この私の波動で仕留めてやるわ!!」


「え?」


ガイとメイアが振り向く。

ローラが腰に差したレイピアを掲げていた。


「いくわよ!!"水蓮剣"!!」


ローラは掲げられたレイピアを前に勢いよく突き出す。

しかし、その叫びだけが部屋に響き渡り、何も起こらなかった。


「あれ?なんで?」


「なにやってんだよ……」


ローラは何度もレイピアを振り回すが、ただ刃が空を切るだけで何も起こらない。


「お、おっかしいなぁ」


額に汗が浮かぶほど振り回してみても、なんの変化もなかった。

呆れ顔のガイとメイアはダークウルフに向き直る。


「メイア!援護を!」


「ええ!」


ガイの言葉に反応して、最初に動いたのはダークウルフだった。

二頭同時に飛び出して、数メートル先のガイへ飛びかかろうとする。


「炎の壁を!!」


メイアが杖で地面を叩く。

すると大きな炎の壁がダークウルフの目の前に出現し、その勢いを止めた。

それはメリル戦で見た氷の壁をアレンジしたものだった。


「"瞬炎絶走"!!」


凄まじいスピードで炎の壁を突き破り、ガイは2匹のダークウルフの間を通り過ぎる。


あまりの速さに反応できなかったダークウルフの首は一瞬で飛び、その体は炎に包まれた。


ガイが左腰から引き抜いたダガーの原形は崩れ、黒焦げだった。


その戦闘を見たローラは言葉を失っていた。

少しづつではあるが、ガイとメイアの連携のレベルが上がっていたのだ。


「どうだ!!」


「さすが僕が見込んだ男だ」


これにはクロードも笑みを溢す。

……だが、その笑みもすぐに消えた。


「!!……ガイ足元を見ろ!!」


「え?」


ガイが立つ場所だけ砂で作られた地面が、どんどん下へとさがっていた。


「なんだこれ!!」


ガイが反応した時にはもう遅かった。

完全に地面に穴ができ、ガイは吸い込まれるように落ちていった。


「ガイ!!」


叫ぶメイアが走ってガイの落ちた穴の方へ向かう。

だが、すぐに穴は閉じてしまった。


「メイア!!戻れ!!」


「……!!」


メイアはクロードの言葉に反応して振り向く。

瞬間、細長い部屋の真ん中に壁が出現して、クロードとローラがいる場所と、メイアがいる場所を分けてしまったのだ。


「メイア!!」


ローラが壁ができた方へと走るが、すぐにクロードが手を掴んで止めた。


「行くな!!パーティがバラバラにされてる!!」


「でも、ガイとメイアが!!」


「クソ……これはマズイ」


異常事態だった。

砂の建物に意思でもあるかのようにメンバーたちを分断し始めていた。


「一旦ここから出られればいいが……」


「なんでよ!!ガイとメイアを置いていけないわ!!」


そうローラが叫んだ時、背後の入り口の扉が開いた。

恐らく新しく来た冒険者だろうと2人は振り向く。


そこに立っていたのは背が高く、黒い鎧を纏い、大剣を背負った黒髪に銀が少し混ざった男だった。


「はーはっはっはっは!!波動数値12万の男、人呼んでルガーラ・ラザール!!ただいま見ざ……」


クロードはローラの手を引っ張り猛スピードで走り、砂の建物を出た。

その瞬間、勢いよく扉が閉まる。


「どうして……なんで、出ちゃったのよ!!」


「ちょっと待て」


クロードがローラの言葉を静止する。

目の前には二つの人影があった。

褐色肌の民族衣装の女性ミレーヌとガタイのいい優しそうな男だ。


「あら、また会ったわね。リーダーは中に入っちゃったのかしら?」


「ああ。お陰で出られたよ」


「そう。なら私たちも行こうかしら」


「やめといた方がいい。出られなくなるぞ」


「え?」


ルガーラのパーティメンバーの2人は顔を見合わせる。

少し考えたが、ミレーヌは笑みを浮かべてクロードたちを横に通り過ぎた。


「リーダーが入っちゃったなら行くしかないわ」


「なんだと?」


「私たちはパーティだから。ほっとけない」


「そうか……武運を」


「ええ」


2人は扉を開けて砂の建物へと入っていく。

その際、部屋の中を少し見たクロードは眉を顰めた。

そこは細長い部屋に戻っており、ルガーラの姿は無かった。


「部屋が立方体じゃなくなってるな……」


「なんなのよ……この建物」


「なるほど、形を常に変えているのか。まさに"迷宮"といったところだな」


ローラはクロードの冷静な発言にハッとする。

この現状はかなりマズイ状況であった。

ガイとメイアが完全に閉じ込められてしまったのだ。


「そんなことより、どうして出てきたのよ!!」


「この迷宮を作ったのは魔物じゃない」


「……どういう意味よ。依頼書には"人間の女性のような見た目の魔物"って書いてた気がするけど」


「最初に扉を触った時にわかった。この迷宮は"土の波動"で作られてるんだ」


「だから何よ」


「魔物は波動を使えない。つまり、この迷宮を作ったのは"人間"ということになる」


「意味がわからないんだけど……なんでわざわざ人間がこんなものを?」


「恐らくだが……魔物を閉じ込めるためか、逆に守るために、この迷宮を作ったと推測される」


「はぁ?なんで人間が魔物を守るのよ!!」


「それはわからない」


「じゃあ、その人間もこの中に!?」


「いや、この中にはその人間はいないだろう。閉じ込めるにしても、守るためにしても、この中にいる必要性が全くない」


「じゃあ、そいつはどこにいるのよ!」


「ここから一番近い町であるアダン・ダルだろうね。そこに莫大な波動量で、この迷宮を作った"犯人"がいる」


ローラは息を呑む。

今までにない危険な状況下だった。

ガイとメイアだけでなく閉じ込められた冒険者は無数にいる。


クロードたちは、この迷宮を作った人物を探し出すため、一旦アダン・ダルへと戻るのだった。

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