旅立ち


大都市フィラ・ルクスは大きい悲しみに包まれていた。


ゼニア・スペルシオの死の情報は瞬く間に国全土に広がる。


最強の水の波動の使い手が死亡。

この出来事は大きい。

そしてスペルシオ家の行末を心配する者も多くいた。


ゼニアは貴族でありながらも平民にも人気がある騎士だったため、町全体が彼女の死を悲しんだ。


フィラ・ルクスは葬儀の只中。

町の北側には貴族が埋葬される場所があった。

スペルシオ家からそこまで移動する際、皆が横一列に並び彼女の旅立ちを見守る。

ガイとメイア、クロードはこの中にいた。


黒い棺は馬車に乗せられ、ゆっくりと墓地へと向かう。

馬車の前には馬に乗った上位の騎士たちが先導するため配置され、後方にはもう一台用意された馬車に乗った家族がいる。


ガイたちは墓地に近い方にいた。

もう少ししたら騎士たちが来て、ゼニアの棺が乗せられた馬車、家族の馬車と順番に通るだろう。


ようやく先頭の馬に乗った騎士が見えた。

それは重厚な銀色の鎧に白いマントを羽織った騎士だった。

その体つきは鎧の上からでもわかるような筋肉質で大きい。


「な、なんだ、あの騎士は……」


ガイが思わずそう呟く。

その騎士は顔を覆うようにして仮面をつけていた。


「王宮騎士団・第一騎士団長のアデルバート・アドルヴ」


「なぜ、仮面なんてつけてるのかしら?」


「さぁ?よほど見せられない顔なのか……」


クロードがそう呟いたあたりで、騎士団の馬は3人の目の前を通り過ぎようとしていた。

距離にして数メートルはある。

仮面から少しだけ見える瞳は前を向いたままだ。


さらにクロードは続けて言った。


「何かの"対策"なのか……」


それでも第一騎士団長アデルバートはガイたちの姿を見ることはなかった。

ゼニアの棺が載せられた馬車が通り過ぎ、家族が乗った場所が3人の前を通る。

すると中にいたローラが少し笑いかけてくれた。


全てが通った後、残りの親族や友人たちがゆっくりと後を追う。

みな最後のお別れに行くのだろうと3人は思った。



____________________



3日後



ガイとメイア、クロードは宿の前にいた。


ゼニアの葬儀に関連する全ての行事が終了し、町の出入りも普段に戻る。


あれから事件は起こらず。

それが、犯人はメリル・ヴォルヴエッジだったことを決定づけた。


リリアン・ラズゥは今回の件でなのか、王都へ呼び出され、あまり長く会話ができずに別れた。


そして今、ナイト・ガイはここからどこへ向かうのか、その話し合いの最中だった。


「これからどうするんだ?」


「そうだな。昨日、ギルドで面白い噂を聞いたんだ」


「なんだ?」


「南西にあるアダン・ダルという町の近くに凄まじい強さの魔物が出たらしい。それで、その魔物を討伐するために強者の冒険者を募っているとか」


「それはいいけどさ。どんどん南下してる気がするんだけど」


ガイは呆れた顔をした。

本当の目的地であるロスト・ヴェローは北にある。

徐々に、そこから遠ざかっている気がした。


「確かに。だが今回の討伐は参加しておいて損はないと思うよ。なにせ討伐に参加して撃破できればそこにいるパーティ全員、ランクを一つ上げるらしい」


「それは魅力的ですね!」


「だけど、そんなに強い魔物がいるなら相当強い冒険者もいて、行った頃には倒されてるんじゃないか?」


ガイの言い分はもっともな話だった。

フィラ・ルクスから南西のアダン・ダルまで移動で2、3日はかかる。

その間に強い冒険者たちが集まって倒してしまう可能性は十分あった。


「それなら、それでもいいのさ」


「どういうことだ?」


「この町に、もしかしたら僕の昔の仲間がいるかもしれない」


「なるほど……"ロイヤル・フォース"もあって、討伐依頼もこなせれば、一石二鳥ですね」


メイアの言葉にガイがハッとする。

そして少し表情が曇った。


「ガイ、どうしたんだ?」


「確かにさ、俺の波動は他とは違うし、凄まじい火力はある。だけどメリルとの戦闘でわかったんだ。全然使いこなせてないなって」 


「……」


「今、"ロイヤル・フォース"って武具を手に入れても、宝の持ち腐れな気がする。もっと上手く波動を操れるようにならないとダメな気がするんだよ」


ガイの深刻そうな表情。

それを見たクロードは少し笑みをこぼして口を開く。


「強い力を持っていることを認識すると、人間は傲慢になる。いつでもその力で周囲をねじ伏せることができるという余裕からね」


「俺はそんなこと……」


「思ってないのは知ってる。思ってないどころか君はそこから一歩前へ踏み出そうとしている。それは何のためだ?」


「毎回、守られてばっかだから。カッコ悪いだろ。笑いたければ笑えよ……」


「やはり僕が見込んだ男だな」


「え?」


「君は次の町で大きな功績を残すことになるさ」


「どういう意味だよそれ。また裏があるのか?」


「さぁ?どうだろうね」


そう言って笑みを浮かべつつ、クロードは町の入り口へと歩き出した。

ガイとメイアは顔を見合わせて、すぐに後を追った。



町の外に出た3人は、門の前で止まり振り返る。

ローラとはお別れの会話もしていなかった。

ガイとメイアは名残惜しそうに町の方を見ていた。


「これでよかったのさ」


「そう……だな」


少しの間だけだが、ローラがいたおかげで楽しい旅だった。

これから先も長い旅になるが、そこに彼女がいないというだけで寂しい気持ちにもなる。


「行こうか」


クロードの言葉にガイとメイアは歩き出した。

次の町への一歩を踏み出す。


そんな時だった。


「待てー!!ごらぁー!!」


凄まじい怒号が町の方が聞こえ、再び3人は振り向く。

声の主は門から走って出てきた1人の女性だった。


「ローラ……?」


ガイが唖然として呟く。

走ってきたのは間違い無くローラ・スペルシオだった。


ローラが3人の前に辿り着くと息を荒げている。

相変わらずの体力の無さだ。


「ローラさん、どうして?」


「はぁ、はぁ、はぁ、あたしがいなければ、このパーティは成り立たないでしょうが」


「いや、別にお前がいなくても……」


ガイがそう言いかけると、すぐに笑顔のクロードが口を開く。


「やっぱり、ローラがいればパーティの雰囲気が違うね」


「そうでしょう!そうでしょう!」


ローラが両腰に手をあてて高笑いする。

その姿を呆れた様子で見つめるガイ。


「家はいいのかよ」


「いいのよ。花嫁修行ってことで出てきたわ。それに屋敷はカーラお姉様に任せてきたから大丈夫!お姉様はすっごく頭がいいのよ!クロードやメイアにも引けを取らないわ!」


「それはよかった」


「それで、次はどこ行くの?」


「アダン・ダルだ」


「げ」


なぜかローラの顔が引き攣る。

その場所を知ってるかのようだ。


「まさか……"荒地のアダン・ダル"に行くの?」


「何度も言わせんなよ」


「ローラ、何かあるのか?」


クロードが聞くとローラは目を泳がせる。

その顔は明らかに隠し事をする時の表情だった。


「な、な、な、なんでもないわ……と、と、と、とにかく行きましょう!!」


「動揺しすぎだろ」


「してないわよ!!」


ローラの隠しきれぬ動揺に3人は困惑しつつも、ナイト・ガイは次の町、"荒地のアダン・ダル"へと旅立つのだった。




英雄達の肖像画編 完

____________________





そこは一面、砂に覆われた世界。


太陽が遥か上空の中央に来る頃、一台の馬車が道なき道を進んでいた。


荷台は屋根付きで、日の光を防いでくれているが、それでも熱はあった。


荷台には3人の男女が座っていた。


その中で最も目立つ若い女性。

長い金色の巻き髪を肩に乗せ、真っ赤な鎧を羽織る。

白く短いスカートに黒いニーソックス、ブラウンのブーツを着用していた。

首から下げられた波動石の色は"金色"だった。


「まさか、このわたくしが出向くことになるとは」


その言葉に反応したのは、黒いマントを着た男だった。

髪は短く黒い、そこに少しだけ赤が混ざる。

片目には傷があり潰れていた。


「"砂の迷宮"だかなんだか知りませんが、お嬢が出ればすぐ終わるでしょう」


男から"お嬢"と呼ばれた女性は笑みをこぼす。

もう1人、そこにいるのは女性で、男の発言に無言で頷いていた。

女性も短い黒髪に少し紫が混ざる色で、東方の"着物"と呼ばれる上着を羽織り、下は黒いショーツが少し見える。

そして膝まである黒いブーツを履いていた。


"お嬢"と呼ばれた女性がさらに口を開く。


「この"ワイルド・ナイン"であるカトリーヌ・デュランディアが目にも止まらぬ速さで攻略してさしあげますわ」


そう言ってカトリーヌという女性は高笑いする。


荒地のアダン・ダルは現在、急速に成長を続ける巨大な"砂の迷宮"に飲み込まれつつあった。

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