英雄達の肖像


ある早朝の出来事だった。


たった1人、クロードは平民街へ向かう。

そこはどの家よりも極端に白い家。


住人はコリン・ルノアと呼ばれる画家だ。


クロードは家の前に立つと、軽くドアをノックした。

早朝ということもあってか、なかなか返答が無かったが、もう2、3度ノックをすると、ようやくドアが開いた。


眠気まなこを擦り、顔を出したのはコリンだった。

相変わらず髪はボサボサで無精髭を生やし、服には着色料がついていて清潔感のかけらも無かった。


「やぁ、おはよう」


「なんだ、誰かと思えば、あんたか……何の用だ?」


「メイアが描かれた絵がもう一度見たくてね」


「こんな朝っぱらからか?あの子はどうした?」


「スペルシオ家にいる。あそこの三女と友達でね。そういえば、スペルシオ家の話は聞いたかい?」


「なんのことだ?」


「ゼニア・スペルシオが死んだ」


コリンは言葉を失う。

表情は茫然自失といったところだった。

そして、何かを思い出したかのようにハッとすると目を泳がせた。


「それより、あの絵は是非もう一度見ておきたいと思ってね。よかったら見せてもらえるかい?」


そう笑顔で語るクロードにコリンは冷や汗をかきつつ頷き、家に上げた。

2階に行くと相変わらず散らかっており、奥の部屋には2つのキャンバスが並べられ、布が被さってあった。


「見たらさっさと帰ってくれ」


「ああ」


クロードは手前の部屋、メイアの絵を描くために使った作業部屋にあるイーゼルの前に向かう。

イーゼルには"白いキャンバス"が立てかけられており、そこに描かれていたのは綺麗な少女の姿だった。


「やはり、上手く描けてるね」


「そりゃどうも」


やる気のない返事のコリン。

部屋の入り口でクロードの姿をずっと見ながら、ため息をつく。


「もう十分だろ?帰ってくれないか?」


「ああ。だが一つだけ聞きたいことがある」


「なんだよ」


「君には……彼女なんていないんじゃないか?」


「な、なんだと……」


コリンの体は震えだして表情が強張る。


「何を言ってるんだ!いくらなんでも失礼じゃないか!」


「なら、君の彼女というのはメリル・ヴォルヴエッジのことなのか?」


「ひぃ!!」


「君には彼女なんていないんだろ?メリル・ヴォルヴエッジは、ただ一方的にそう言ってるだけなんじゃないのか?」


「な、なぜそれを……」


クロードは部屋の隅へ移動すると、散らかった部屋にあるゴミの中から、あるものを取り出して見せた。


それは丸められた紙切れ。

埃まみれで着色料もついていて綺麗とは言えなかった。


「これはメリルからの手紙だろ?」


「それは!!」


「君は、ある朝に玄関先でこれと一緒に白いキャンバスを見ていたな」


「それは……無くしたはずの……」


「僕があの日、この部屋で拾って丸めて捨てたんだ。いや、隠しておいたと言った方がいいか。こんな部屋だと逆に目立たないだろ?」


「なんで、そんなことを……」


「内容が内容だからね。これは、この町で起こった殺人事件の証拠になりうる」


「……」


「最初は僕には関係ない話だと思ったから無視するつもりだった。だが、スペルシオ家の長女の死が関わっているとなれば話は別だ。さっきも言ったようにスペルシオ家の三女は友達だからね」


「その手紙が何の関係があるって言うんだ!?」


「君は知ってるんだろ?白いキャンバスが"何の皮"で作られたものなのか」


「わ、私は……」


「今さら知らないとは言わせないよ。この手紙の内容は……」



____________________



私は小汚い皮に自分を描かれることは耐えられない


これはとても"高貴な動物"の皮よ


この皮に私を描いて、この汚い私を綺麗にしてちょうだい



V

____________________



クロードは丸められた手紙の全文を一文字も違わず語った。

コリンは息を呑み、絶望感で足が震え出す。


「わ、私は……ただ……」


「君が描きたかった人物はメリルじゃないことはわかってた」


「な、なぜ……?」


「この手紙を読んでいた時の君の表情を見て思った。明らかに動揺し、恐怖していた。手紙は確実にメリル・ヴォルヴエッジが書いたもの。そうなると君と彼女の関係性はかなり複雑なものだろうと推測できる」


「……私は、たった一度だけ褒めただけなんだ。白の中にも赤らんだ彼女があまりも美しくて……」


コリンは膝をつき項垂れる。

頭を抱えて震えていた。


「そうしたら、何度も家を訪れるようになって……だが、あの女は悪魔だ……」


コリンに構うことなくクロードは隣の部屋にある2つのキャンバスへ向かった。

片方のキャンバスにかけられた布をめくる。


そこに描かれていたのはメリルではなかった。


「やはりゼニア・スペルシオ。嫉妬は嫉妬でも……と言ったところか。しかし、随分とまがった恋心だな」


それは未完成ではあったが、鎧姿の凛々しいゼニア・スペルシオが描かれた絵だった。

コリンが言う"彼女を描く"の"彼女"とは恋人ガールフレンドという意味ではなかった。

本当に自分が好きだった女性を描きたかったのだ。


「なぜ、人の皮だとわかっていて描いた?」


「そ、それは……白こそが至高の色だからだ……白が最も美しい色なんだ!!これで最高の絵を描ける!!」


「なるほど。だから悪魔に魂を売ったのか」


「私は……ただ……」


クロードはコリンの言葉を聞く気は無かった。

構わず隣に並べられた、もう一つのキャンバスにかけられた布をめくる。

それは興味本意からだった。

酷評されたという"英雄達の肖像画"を見てみたかったのだ。


"その絵には七人の人物が描かれていた"


構図は七人の男女が横一列に並び、それぞれポーズをとっている形だった。


特に目立っているのは中央に立つ青年。

その姿は、"金色の長い髪を後ろで結い、大きな剣を掲げている騎士"のような風貌だった。


「"六"は不完全な数字だ……"七"じゃないと……絵は完璧じゃないとダメなんだ!!」


「誰から聞いた?」


「……何が?」


「英雄が"七人"いると」


「……女だ」


コリンが頭を抱えながら答える。

表情は見えないが、涙を流しているように感じた。


「つばのついた三角帽子で緑髪の眼鏡をかけた女だった……異様にデカい杖を持ってた……」


「……」


「酒場で出会って英雄の話を聞いた……"本当は七人いたんだ"って」


「その女はどこに?」


「友達の墓参りで"アダン・ダル"の町に行くって……」


「いつの話だ?」


「半年以上前だ……」


「そうか。他に何か言っていたか?」


「金髪の男だけは、"憎たらしい顔つき"にしろと……」


それだけ聞くとクロードはコリンを通り過ぎて部屋の入り口、階段へ方へ向かう。


「ああ、そうだ。この後、メリルと会う予定でね。君が"彼氏"だということで話を進めさせてもらうよ。でないと彼女の先の行動が狂ってしまう可能性があるからね」


「な、なんだと!?」


「だが安心しろ。メリルはもう二度とこの家を訪れることはない」


「それは一体、どういうことだ……?」


「彼女は僕がもらう」


無表情に、それだけ言うとクロードは一段一段、ゆっくりと階段を降りて入り口へと向かった。

そしてドアノブに手をかける。


「"荒地のアダン・ダル"に移動したか……フィオナ・ウィンディア。残りはあと3人……厄介なのが残ったな」


そう呟き笑みを溢す。

ドアを開け、差し込んだ日の光に目を細めると、クロードはラズゥ家へと向かった。

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