溺れる青色の遺体


ガイはそのままローラの屋敷に泊まった。

体を動かすと至る所に激痛が走ったからだ。


それは明らかに波動変換によって体を酷使した影響だということは、ガイは気づいている。

この先のことを考えると肉体的な鍛錬は必要だろうと、ゼニアとの戦闘で痛感したのだった。


体を鍛えたこともない者が、幼少から鍛錬を重ねてきた人間に勝てるはずはなかった。


だが、ゼニアが言うことが事実だとするなら、このまま体も鍛えていけば彼女を超えることも可能かもしれないとガイは思い始めていた。



ガイが寝ていた天蓋ベッドのある部屋は客室だった。


窓から外を見ると日も少し昇った昼前頃。


ガイはベッドから起き上がると身支度を始める。

皮の胸当てを付け、ダガーを各所に装備。

昨日の戦闘で3本ダメにしたので残りは4本。


「早く自分に合った武器を見つけないとな……」


ガイは1人呟く。

こんな戦闘を繰り返していたらダガーが何本あっても足りない。

クロードが言う通り、ロイヤル・フォースなる武器を手に入れれば、そんな心配もなくなる……と思いながら、ため息をついた。


その時、突然、部屋のドアが開いた。

ドアを開けたのはローラだった。


「あ!ようやく起きたのね」


「ああ。結局、ここに泊まっちまったな」


「いいのよ。いつでも空いてる部屋だから」


そう言ってローラは笑みを浮かべている。

ガイはここまでいい部屋に泊まったことはない。

もしかしたら宿泊費を取られるのではないかと心配していたのだ。


「それより、ここにゼニアお姉様来なかった?」


「え?いや、見てないけど」


「そう。探しているんだけど、屋敷のどこを探してもいなくて」


「執事に聞いてみたらいいんじゃないか?」


「それもそうね!」


笑顔のローラは早々にドアを閉めて客室を出て行ってしまった。


「俺も行くか」


1人取り残されたガイはため息をつきつつ部屋を出た。

屋敷はメイドや執事などが全くおらず、廊下には静けさだけがあった。



____________




ガイが屋敷の玄関に行くと、何やら騒がしかった。

メイドや執事が数十人は集まっているが、皆、顔は青ざめ、体を震わせていた。


そこにガイが近づく。


「どうかしたのか?」


「ああ。ガイ様!」


対応したのは白髪で初老の男性で、この屋敷の執事長だった。


「そ、それが……」


「何があったんだよ」


執事長がそのあと語った言葉にガイは絶句した。

ただ"あり得ない"……と。

絶望感にも似た感覚に襲われる。


ガイは急いで"貴族街と平民街をつなぐ橋"へと向かった。


____________



橋は人でごった返していた。

恐らく"事件"を知った野次馬たちなのだろう。

ざわざわと貴族や平民たちが会話しているのが聞こえる。


「遺体を川に投げ捨ててくなんて……」


「スペルシオ家もこれで終わりだな」


「次女は病弱、三女が低波動じゃあ、もうこの先は無いだろう」


「まさか歴代最強と言われた水の波動の使い手が、こうも呆気なく……」


ガイは焦る気持ちを抑えられず、人々を掻き分けて橋の中央へと向かった。

騎士の2人が両サイドに立ち、橋の真ん中の空間を開けていた。


そこには険しい顔のリリアンがいた。


石造りの冷たい橋の上に横たわる人物。

その横にはローラが座り込んで俯いている。


ガイも近づこうと進もうとするが、2人の騎士に止められた。


「ここから先は立ち入るな!」


「後ろに下がれ!」


「頼む!通してくれ!」


必死の叫びだった。

ガイの声が聞こえたのか、リリアンが気づく。


「その者は私の連れだ。通してやれ」


ガイが橋の中央へと行くと、ようやく"横たわった人物"が誰なのかわかった。


それは長い青髪の女性、"ゼニア・スペルシオ"だった。

肌は青白く、目は閉じているが口を少し開けている。

首には縄か何かで締められた跡があり、水に濡れたような湿った体には、覆うように青いマントをかけられているが、その下は何も着ていないことは見て取れてわかった。


「なんで……こんな……」


「ガイ君、彼女と知り合いか?」


「あ、ああ。昨日、ちょっとあって戦ったんだ」


「なんだと!?」


その驚きは何を意味してのことなのかはわからなかった。

それ以上に、横たわるゼニアの姿を見て色んな感情が渦巻く。

ガイがゼニアの表情を見るに、なんとなくではあるが、そこにはもう"魂"は無い、その体はもう抜け殻であるように感じたのだった。


「誰がやったんだ?」


「恐らく昨日、一緒にいた画家の仕業だろうと皆は推測している。ローラが近くにいるから詳しくは話せないが」


「そんな……」


「このような姿だが、はずかしめを受けていないのが、せめてもの救いだよ」


ガイにはリリアンの言葉の意味は理解できなかったが、いい意味ではないことはなんとなくわかった。

茫然自失のガイに、リリアンは続けた。


「ガイ君、もし可能であれば頼みがある」


「なんだ?」


「今すぐ"クロード"を呼んで欲しい」


「なんでだよ?」


「このままだと"画家の仕業"で終わってしまう。私はそれでは腑に落ちないんだ」


「腑に落ちない?どういう意味だ?」


その言い分を聞くに、リリアンは"画家の仕業ではないと思っている"というのは感じた。

だが、ガイにはその理由がピンとこなかった。


「遺体に気になる損傷がある。とにかく彼を呼ぶんだ。彼ならもしかしたら真実を導き出せるかもしれない」


「だけど、ローラが……」


「心配するな。彼女は私が屋敷へ送る」


「わかった……ローラを頼む!」


ガイは平民街へ向かい走り出した。

民衆を掻き分けて進み、ようやく橋を抜けると、スピードを上げた。

宿まではかなりの距離だったが、全力で走った。


その際、ガイは馬に乗った"熱を帯びたような赤い肌の誰か"とすれ違った。

どこかで見たことがあるような気もしたが、今は気にしている余裕は無い。


ガイは平民街を進み、宿に到達するが、着いた頃にはもう昼を過ぎていた。

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