白いキャンバス


翌日


ガイとローラは貴族街から戻らなかった。

メイアは心配そうにしていたが、クロードは"大丈夫さ"と笑顔で言った。


メイアは少し不安だったが、今までもクロードの言葉に助けられた。

今度も大丈夫であろうと自分に言い聞かせる。


宿の外に出ると、妙にもの静かだった。

昼近い時間だと大通りに面する宿の前は人で溢れているはずが、まばらだった。


たまに貴族街の方へ、急いで走って行く者もおり、メイアとクロードは2人で首を傾げる。


「何かあったのでしょうか?」


「なんだろうね。まぁ、あちら側にはガイとローラがいる。合流したら聞いてみよう。僕たちの行き先は逆方向だ」


「そうですね」


そんな会話をすると、昨日に引き続きコリンの依頼である"絵画のモデル"のため、貧困層が多く住む南側へと向かった。


昼過ぎ頃。

街並みの雰囲気は変わり、コリンの自宅が見えてくる。

やはり昨日見た通り、ほかの家に比べると色が白かった。


ただ昨日と違い、玄関の前にコリンらしき男性が立っている。


「あれはコリンか?」


「そうみたいです。何か……持ってますね」


2人が、あと数メートルで到着するという距離でもコリンは全く気づかなかった。

その顔は青ざめており、手に持っている"四角い何か"を手を震わせ、じっと凝視していた。


「やぁ。コリン」


クロードが声を掛けるとコリンは慌てて持っていた物を背中の後ろに隠す。


「あ、ああ。君たちか。よく来てくれたね」


「それはなんだい?」


クロードの質問に、少し沈黙して額に汗を滲ませるコリン。

だが、すぐに口を開いた。


「あ、ああ。私のファンからのプレゼントさ。これでも売れっ子なんだ」


「なるほど」


コリンの笑顔はどこか引き攣っているように見えたが、クロードはあまり気にせず追求もしなかった。

なぜならコリンが隠した物は"キャンバス"と"それに添えられた手紙"であり、今まさにその手紙を読んでいたことは見えていたからだった。


「さぁ。どうぞ!上がってくれ」


そう言うとコリンは1人、スタスタと自宅へ入り、2人を置いて二階まで一気に駆け上がる。


クロードとメイアは顔を見合わせつつ。

後を追うようにして階段を登った。


2人が部屋に入ると、昨日と変わらず足の踏み場もないほど散らかった部屋。

奥の部屋には2つのイーゼルに布が被さっている。

さらに奥の部屋の横の壁側には3段ほどの棚があり、そこにはキャンバスが横向きで多く並べてあった。


「そういえば、なぜこの家はこんなに白いんだ?」


「なんだと?」


クロードの言葉に振り向くコリン。

その表情は機嫌が悪そうだった。


「この家が白い?冗談だろ?」


「他の家と比べると随分白い気がするが」


「それは他の家が黒すぎるんだよ。この家の色は、このキャンバスと変わらん色さ」


そう言ってコリンは棚から何も描かれていないキャンバスを取り出して見せる。

それは昨日、メイアを描くために使ったキャンバスと同じ、茶色の紙だった。


「今日は本物の"白"を見せるよ」


「本物の"白"?」


眉を顰めるクロード。

コリンはお構いなしに、棚の一番上、さらに奥の方にあるキャンバスを取り出した。

それは先ほどのキャンバスと違い、明らかに"白い"ものだった。


「そんなに白い紙があるのか?」


コリンはクロードの言葉にニヤリと笑う。

メイアはキャンバスという道具が気になり質問した。


「あの、紙って原料はなんなのですか?」


メイアは"紙"というものとは程遠い場所にいたため、その原材料がわからなかった。


「動物の皮を剥いで引き延ばしたものだ」


「え……」


メイアは言葉を失う。

まさか、そんなものに絵を描いているとは思いもよらなかった。


「だが、そんなに白い紙は見たことがない。何の動物の皮なんだ?」


「それは教えられない。教えてしまったら、私以外にも最高の"白"を描けてしまうだろ?」


コリンはそういうとクロードたちがいる部屋に来て、白いキャンバスをイーゼルに立てかける。

そして、メイアに向かい側に座るように促した。


「おや……すまない。水が少し足りないようだ。ちょっと汲んでくるよ」


「ああ。僕は隣の部屋にいるよ」


「構わないが、絶対に絵に触れるなよ」


「わかってるさ」


念押しに笑みをこぼすクロード。

コリンはすぐに部屋から出ると、一階へ降りて行った。


「ん?」


「どうしたんですか?」


クロードが散らかった床を見ると、この場所ににつかわしくない綺麗な封筒が落ちていた。

恐らくコリンが急いでいたせいでポケットから落ちたのだろう。

クロードはそれを拾って中を見た。


「あ、あの、勝手に見たらダメだと思いますけど」


「"絵には触れるな"と言われたが、他の物の話はされていないだろ」


「クロードさん!」


メイアの叫びは一階まで聞こえそうなほどだった。

クロードは、真剣な表情で手紙を一読すると、すぐに丸めて部屋の隅に捨てた。

丸められた手紙は部屋に散らかったゴミにまみれる。


「確かに、ただのファンレターのようだ。これは熱狂的なファンだね」


「そんなことして大丈夫でしょうか?」


「大丈夫さ」


笑顔で語るクロードにため息をつくメイア。


そこにコリンが戻り、席に着くと何事もなかったように作業が始まった。



____________




夕暮れ時、絵は完成した。


絵は昨日の絵よりもずっと綺麗に見える。

それは描かれた"肌の質感"が、まるで昨日の絵とは違ったからだった。

メイアもその絵を見たが、その出来栄えに顔を赤らめた。


「確かに白が強調されると違うな」


「だろ?まだまだ改善の余地はあるが。これで"彼女"を書けば完璧だろう」


「ちなみに、この"白いキャンバス"はあといくつあるんだ?」


「え……ああ、これで四枚目だから、最後だ……あ、いや……あと一枚あるな」


挙動不審で妙に歯切れの悪い返答だった。

だが、クロードは気にせずに"そうか"と頷く。


「とにかく、これで依頼は終わった。今回は助かったよ」


「お礼はメイアに」 


「ありがとう、お嬢さん」


コリンの笑顔に、メイアも自然と釣られて笑顔になる。

人の役に立てたことが、メイアにとってとても嬉しく、また新しいことを多く知れたことに金銭的な報酬以上の何かを感じたのだった。


「もうすぐコンクールだから、よかったら見に来てくれ」


「そうだな。今は町から出れないからね」


「あ、ああ」


コリンは苦笑いした。

メイアとクロードは一階に降りると、コリンの自宅を後にする。


2人が宿に到着する頃には、すっかり日は落ちて夜になっていた。

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