とある部屋の一室で


旅をするなら名を変えるべきだ。


ミル・ナルヴァスロにそう言ったのは、共に戦い、英雄と言われた者達の1人、ゼクス・コルティオだった。


ゼクスはとても頭が良く、波動の数値計である波動水晶を作った男でもあった。


英雄たちは魔王と戦った際、"体質"が特殊なものとなっていた。

いや、もしかしたら旅の中で知らぬ間に徐々にそうなっていたのかもれない。


これは呪いに近いものだ。


ゼクスはこの"呪い"を解明するために研究機関を作ると言っていたが、それからは会ってはいない。


数百年ほど過ぎたあたりか、忘れた頃にゼクスから手紙が届いた。

その内容にミルは驚愕した。


"我々にかけられた呪いは、ワイルド・ナインのスキルだ"


この不死の呪いは、魔王と戦った仲間の誰かの能力だというのだ。


ミルはある人物を思い浮かべ、すぐにゼクス宛に手紙を出した。

だがこの数十年、ゼクスからは音沙汰が無い。


それからミルは全てを忘れオクトー・ランヴィスターという冒険者として生きようとした。

良き仲間に恵まれ、旅も落ち着いた頃、妻や子供もできた。


過去に蔑まれたワイルド・ナインである自分が、今こんなに幸せでいいのか……そう思えるほどの幸せを手に入れたのだ。




だが、その幸せは永遠には続かなかった。

仲間に裏切られ、妻と子を失う。


これもまた呪いなのか?


絶望の中にも自分を支えてくれた女性がいたが、この人もいついなくなるかわからない。

なにせ、ミルの呪いは永遠に歳を取らず、生き続けるというものなのだから。


様々な恐怖心からミルはリア・ケイブスの自宅の二階から一切、出ることがでなくなっていた。



____________




ある日のことだ。


ベッドから起き上がるのも一苦労なミルは窓の外を見た。

今が朝なのか、夕方なのかわからない空を見て目を細める。


なにやら一階が騒がしく感じた。


するとミシミシと音を立てて誰かが階段を上ってくる。

これはかなりの体重の持ち主で、明らかに女性ではない。


そして、少し間があってからドアが開いた。

立っていたのは長い黒髪を後ろで結った青年だった。


「やぁ、久しぶりだな。ミル。今はオクトー・ランヴィスターか」


「お前か……久しいな」


その青年の姿を見たミルはため息をつく。

これは珍客、もう会うことは無いだろうと思った人間が目の前にいた。


「よくこの場所がわかったな。まぁ、お前はゼクスの次に頭がよかったから当然か」


「辿り着くまでに少し時間は掛かったけどね」


「確かに遅すぎだな。今日はどうした?昔話をしに来たわけではあるまい」


「ああ。ある盗賊団の話だ」


ミルは眉を顰めた。

この青年が言いたいことはよくわかったが、答えることに気乗りがしない。


「盗賊団の女がロイヤル・フォースの存在と、ワイルド・ナインを認識していた。どういうことだ?」


「……お前、"黒兎ブラック・ラビット"は覚えてるか?」


「ん?"ゾルア・ガウス"の異名だろ?それがどうかしたか」


「その盗賊団を作ったのはゾルアだ」


「なんだと……」


ゾルア・ガウスは魔王討伐へ赴いた英雄の1人だった。

仲間の中でも喧嘩っ早い性格で、感情で動くタイプだったため、みな苦手としていた。


「ゾルアが……なぜロイヤル・フォースを集めてる?」


「さぁ?あいつの考えることはわからん」


「確かに……」


「その盗賊団と、うちの元パーティメンバーが繋がりを持っていたらしい。それで妻と子は殺された」


「聞いてる。復讐しないのか?月の剣も奪われただろ」


ミルは深呼吸ざま、大きくため息をついた。

そして、窓の外でゆっくりと沈む夕日をじっとながめる。

表情は悲壮感を漂わせていた。


「私はもう戦い疲れたよ。ここで隠居生活でも送るさ。今は支えてくれている女性もいるからね」


「そうか……残念だ」


「また来ることがあれば立ち寄るといい。ああ、あともう一つ……」


「なんだ?」


「もし旅先で、"クロード"に会ったら伝えてくれ、私は貴様を絶対に許さないと」


その言葉の後、少し間があって、青年は笑みを浮かべて口を開く。


「ああ。間違いなく伝えておくよ」


「そういえば、なぜ"六大英雄"なんだろうな?お前の名が……」


そう言いかけた瞬間、ミルはベッドに倒れ込んだ。

人形の糸が切れたように、目は見開き、口も半開きだった。

だんだとミルの体は白くなり、最後には氷のように青白くなった。


その姿は、もう人と呼べるものではない。


「ミル……僕はもうこの町に来ることはないよ。マーリンの事は心配するな。悪いようにはしないさ」


それだけ言うと青年は、ギルドマスターであるオクトーことミル・ナルヴァスロの自宅を後にした。


夜もふける頃、青年が向かった先は、この町のギルドだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る