ただ愛のために


リア・ケイブス



夕刻、ガイとメイアが宿へと戻ると、クロードと、そしてもう1人。

前で腕組みをし、仁王立ちした青髪の女性。

その表情は晴れやかで笑みを浮かべていた。


「ローラさん!」


「遅いわよ、あんたたち」


「なんだ。元気になったのか」


笑顔のメイア、呆れた様子のガイ。

青髪のローラは満面の笑みになった。


「いやぁ、私がいないと、このパーティが成り立たないって言うんなら。仕方ない!入ってやろうじゃないよの!」


先ほどとは真逆の態度にメイアが困惑していた。

この切り替わりスピードは尋常ではない。


「誰もそんなことは……」


ガイがそう言いかけた時、すぐさまクロードが口を開いた。


「いやぁ、こんなに頼もしいメンバーもいないよ」


「は?」


「そうでしょう、そうでしょう!」


ローラが鼻息荒く腰に両手をあて、踏ん反りかえる。

クロードがどう説得したのかはわからないが、なんとチョロい人間なのだろうかと2人は開いた口が塞がらなかった。


「そういえば、この件、報告してどうだった?」


すぐさま話題を変えるクロード。

これ以上、このローラのパーティ加入問題に触れて欲しくないのだろうとメイアは思う。


「やっぱり、報酬はなかったわ」


「そうか……まぁ、仕方あるまい」


「だけどマーリンって人、なんか悲しそうだったな」


「なんだと?」


「いや、俯いちゃってさ、体震わせてたから」


ガイの言葉にクロードは少し考え込んだ様子だった。


「今日は、もう日が暮れる。明日の朝一で出発しよう」


「え?ああ。まぁいいけど。読みかけの本もあるからちょうどいいな」


「ほう。勉強とは偉いな。何の本を?」


「ミルなんとかの、愛のなんとかって本だよ」


そのタイトルにクロードは眉を顰めた。

この時、この本の存在を初めて知ったのだ。


「どんな内容なんだ?」


「これがまた、面白い本なのよ!」


すぐに口を開いたのはローラだった。

この勢いだと最初っから最後まで語り尽くしそうな勢いだ。


「ミルが愛した女性がいて、親友も、その女性のことが好きで、でも親友が二重人格で、その女性を殺めてしまうのよ!」


「……」


「そして、最後なんだけど!」


「おいおい、待て待て!俺読んでねぇって言ってるだろうが!」


ローラがラストを語りそうな時、今日まさにその結末を読もうとしていたガイが間髪入れずに止めた。

それを言われてしまったら読む気を無くしてしまう。


「ああ、ごめんなさい」


「お前なぁ……」


ガイが顔を真っ赤にしてローラに言いよる中、クロードの表情は少し青ざめたようにも見える。


「あとで僕にも読ませてくれるかい?」


「え?ああ」


「僕は買い出しに行くよ。では、また明日」


クロードはそれだけ言うと、手を振り、町の方へと歩き出した。

そんな後ろ姿を見て3人は顔を見合わせるのだった。



____________




夜も更けて、ギルド内にはマーリン・バーベッチだけがいた。


朝、ギルドの鍵を開けて受付をし、夜、帰る時には鍵を閉めて自宅へと戻る。

そんな何気ない毎日を過ごしていたが、今日は少し違った。


掲示板の前に立つと、少し背伸びをして、たった一枚だけ貼られた依頼書に手を掛ける。

そして、それを剥がそうとした瞬間のことだった。


「やぁ、随分、嬉しそうだね」


不意の出来事だった。

依頼書に手を伸ばしながら、ギルドの入り口の方を見ると、少し笑みをこぼした青年が立っていた。


マーリンはありえないと思った。

全く気配を感じなかった。

これでも自分は熟練の冒険者であり、気配を察知する能力は、どんな人間よりも優れている。

だが、そんな自分ですら、この青年がギルドのドアを開けて入ってくる気配を感じなかったのだ。


「どう言う意味でしょうか?」


「そのままの意味さ」


青年の言葉、"随分嬉しそうだ"

その意味を思考すると、この依頼書を剥がすために手を伸ばした時、無意識に口元が緩んでいたのだろうとマーリンは思った。


依頼書を剥がすことなく、マーリンは青年の方を向いた。


「何か、ご用でしょうか?」


「いや、君が悲しんでいると聞いて、少し気になって来てみたのだけど」


「気になった?何を気にすることがあるのでしょう」


「今回の一件は喜ばしいはずなのに、なぜ悲しみに暮れるのかと」


マーリンはその言葉に困惑の表情を浮かべた。

この青年は何かを知っていると、そう判断する以外なかった。


「僕は勘違いしていた。その依頼書にはデレクと、もう一人の盗賊のことしか載ってない。僕は最初デレクとセリーナが盗賊だと思ったが、少し違った」


「セリーナ?誰ですかそれは」


「知らないのは当然だろうな。君は会ったことないだろうから」


「それで、何が違ったんですか?」


「盗賊はデレクで間違いない。この依頼書にあるもう一人の盗賊、ギルドマスターの妻子を殺したのは"君だろ"?」


「どういうことでしょうか?」


「これは、とても煩雑はんざつな事件だと思った。容疑者は少ないのに、いろんな場所で、いろんな出来事が起こっている」


「……」


「ギルドマスターの自宅から逃走したのは二人だった。そして彼の妻と子を殺したのは風の波動の使い手、僕は君だと思った。だが、証拠は無いし、動機も不明」


「風の波動の使い手なんて、そこらじゅうにいますよ?」


「だが、ギルドマスターの自宅には"風の波動の残粒子"しか無かった。つまり戦闘をしていない。2階で殺されたなら、家の中に入れてる。つまり身内の犯行」


「残粒子?それで私というのは暴論では?」


「"辻褄が合う"と言って欲しいね。だが、君であったとしても動機がわからなかった。そこでデレクだ。彼の狙いはオクトーの武具・月の剣」


「なぜそうだと?」


「さっきの話に出て来たセリーナだ。彼女は盗賊団の恐らく幹部。この町に訪れるだけならず、東の湿地帯まで来て月の剣を回収した。湿地帯に月の剣があるとわかっていなければそんな行動はできない。それを教えた者がいる」


「私は、その女性のことは知らない」


「デレクも君も、どちらも面識が無かったとしても手紙だけでやり取りしていたと考えればなんの問題もない」


「なんの証拠があって?」


「これは憶測で証拠なんてない。だが語らせてくれ。この依頼で僕が一番気になった部分は"噂"の件だ」


「噂?」


「デレク死亡の噂だ。報告に来た冒険者がいたんだろ?それは一体誰なのか?」


「覚えてませんね」


「嘘だな。そんな冒険者なんていない。彼を殺したのも君だろ?そしてギルドに虚偽の報告を入れた。"冒険者からの報告"だと言って」


「なぜ、そうなるのです?」


「あの洞窟に僕も入ったが、最後の通路は通れなかった。入れたのは小柄な体型のガイとローラだけだ。あの狭さだと大人は絶対に入れない。つまり、"デレクが死んでいる"と報告できるのはということになる」


「それがなぜ私だと?大人は入れないのでしょ?」


「メイアから聞いたが、君の武具は"鉄球"だろ?デレクの頭に丸く陥没跡が残ってたらしい。それに、もし他の冒険者が発見して報告したとするなら、月の剣を持ってこないはずはない」


「……」


「この一件で盗賊側である君はミスをした」


「ミス?なんでしょうか?」


「騎士団長のリリアンから聞いたが、君はデレクが東の湿地帯へ逃げて、もう一人は南の国境付近に逃げたと伝えたそうだな?」


「ええ、団長にはそう伝えましたが」


「南には、たまたまセリーナがいたんだ。月の剣の回収役の盗賊が。この町に"南から向かっていた"。そしてリリアンは、その盗賊を捕まえてしまった」


「……まさか」


「だが、セリーナはリリアンの不意をついて逆の立場に入れ替わることができた。そして時間を掛けて、この町まで来ることになるわけだが、それがあまりにも遅すぎた」


マーリンの表情がどんどん青ざめていくのがわかる。

それでも青年は発言をやめることはない。


「この依頼書を貼ったのはギルドマスターじゃない。君だ。君が全ての仕組んだこと。デレクと二人でギルドマスターの自宅へ行って月の剣を強奪、妻と子を殺害。一人だけ顔を見られたデレクは剣を持って東の湿地帯へ逃走し洞窟を作って隠れた」


「……なんの根拠が」


「話は最後まで聞け。そこに王宮騎士団が謎の盗賊団が関係している可能性があるとみて派遣される。これも憶測だが、君はずっと洞窟へ食料を運んでいた、だが騎士団が湿地帯へ向かうとなるとそれもできない。君は衰弱による"デレクの自首"を恐れて騎士団が来る前に彼を殺害。時間を置いて依頼書を貼り出す」


「……」


「依頼書を貼り出した理由は、デレクのパーティメンバーである君が、騎士団長のリリアンに怪しまれたからだ。彼女は"月の剣を強奪した事件"でなく、"妻子殺し"を調べにきてるからね。もちろん内輪揉めも視野に入れる。だが、それを犯人自身が調査する側に回れば、捜査はある程度かく乱できる。あの賞金額を見ればなおさらだ」


マーリンは俯き、唇を噛む。

体が少し震えているようにも見える。


「実際の目的は月の剣だった。恐らく月の剣を盗む際に妻と子を殺してしまった。だが、月の剣を回収するはずの盗賊団員を待っているが、なかなか来ない。さらに依頼書を貼り出したはいいが無数の冒険者がこの町に来てしまった。やむなくデレクの死亡報告の噂を流すと町から大勢の冒険者は消えたが、依頼書を剥がすことはできない。なにせ死亡報告を受け入れてギルドがデレクの遺体を見つけ、回収してしまえば、自動的に月の剣も戻ってきてしまう。だから依頼書を剥がすタイミングは月の剣をセリーナが回収した後でなければならなかった。違うか?」


マーリンは少し考えたのち、その重い口を開いた。


「あなたの言うことは証拠が無い。単なる憶測でしかない」


「そうさ。だが、君の顔を見て確信したよ。僕の推理は、ほぼ間違ってはいないと」


「あなたは……一体、何者なの?何が目的なの?」


「僕かい?僕の名はクロード・アシュベンテ」


マーリンがその名を聞いた瞬間、異様に震えだした。

恐怖なのか、引き攣った顔は常軌を逸するほど。

だが、震えながらも腰に身につけた鉄球に手を伸ばそうとしていた。


「やめとけ。もう事は済んでる。彼からはもう"回収"した」


「そ、そんな……いや……いや……だめよ……なんでこんな……」


恐怖と悲しみの入り混じる表情を浮かべるマーリンは膝から崩れ落ち、脱力からか失禁した。

スーツスカートの中から滴るそれは床を濡らす。


「最後に一つだけ。動機を聞かせて欲しいね」


「私は……ただ……ただ……」


クロードはマーリンの答えを聞く前に、ため息混じりに振り向き入り口へと向かう。


「いや、やっぱりいいや。"愛のために"……なんて言われたら、僕の思考が壊されそうだ。それは彼から昔よく聞いたセリフで聞き飽きてる」


ただそれだけ言うとクロードはギルドを後にする。

取り残され、俯くマーリンは放心状態だった。


そして、その後、この町、この国において、彼女の姿を見るものは誰もいなかった。

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