マーリン・バーベッチ


リア・ケイブス



翌日の早朝、この日は強く雨が降っていた。

小ぢんまりとした宿のロビーで集まったガイとメイア、クロード。


この宿は"六部屋"埋まっていた。


「雨が強いな。この状況で湿地帯に行くのは危険だろう」


「これくらいなら、大丈夫じゃないか?」


「無理はしないほうがいい。まだ君たちは戦闘経験が浅いからね。万全の体勢で望んだほうがいい」


「確かにそうね……」


ガイとメイアは納得せざるを得なかった。

何せ戦闘は、たった一度しか経験しておらず、まだまだ2人の動きもぎこちない。


「今日は休もう。ここまで、ずっと休んでなかったんだ、今日くらいはいいだろう」


「なら部屋で寝てるか」


「ガイは勉強よ。本を貸すわ」


「え……」


ガイは言葉を失っていた。

体を動かすのなら慣れているが、"黙って字を読む"というのは苦手だった。


「メイアは本が好きなんだな」


「ええ」


「なるほど。勉強も大事だガイ。メイアが波動をスムーズに属性変換させれたのはイメージの力でもある」


「イメージの力?」


「本は単なる"文字"だ。読んだ人間がイメージするしかない。そのイメージの力をつちかうにはもってこいさ」


「あ、ああ、なら読んでみようかな……」


ガイは歯切れの悪い返事をした。

強くなれるというなら仕方ない、そんな思いだった。


「もしかしたらメイアは"セントラル・アカデミア"に入れるかもね」 


「い、いえ、私なんか無理ですよ……ただの村娘ですから」


「なんだそれ?」


「まず、ガイは世界を勉強した方がいいな」


「……知らなくて悪かったな」


「いや、今、知ればいいことさ。セントラル・アカデミアは波動を研究している機関だ。通常は貴族階級の人間しか入れないが、貴族の推薦状があれば平民でも試験を受けられるようだ」


「へー」


「かなり昔からある学校で、噂では六大英雄が作ったんじゃないかって言われてるのよ」


そう言ってメイアはハッとした。

六大英雄と言えば、もしかすればクロードが知っているかもしれないと思ったのだ。

そのメイアの表情を見たクロードは笑みを溢しつつ口を開いた。


「いずれ、そこも通ることになる」


メイアの目が輝いた。

この会話で初めてガイは、メイアがここまでついて来た理由を知った。

恐らくメイアは、その"セントラル・アカデミア"に行きたかったのだろう。


「とにかく今日は二人とも休むといい」


「クロードはどうするだよ」


「僕は少し調べ物をしてくるよ」 


そう言って、クロードは2人に手を振って宿を出て行った。


「じゃあ、私の本を貸すから、今日は勉強ね」


「へいへい。メイアも勉強か?」


「ええ。私は町を少し見てくるわ。いろんな町の建造物に興味があるから」


「変な興味だな」


「ガイも何かに興味を持った方がいいわよ。そこに人の成長の鍵があると、私は思うわ」


「へいへい」


やる気のないガイの返事を聞いたメイアは苦笑いしつつ、2人は一旦部屋へ戻った。

メイアはガイに本を貸すと、雨降りの中、町へ出て行くのだった。



_____________




メイアはフードを深く被り、ギルドの方へ向かうように歩いた。

早朝で、雨降りとあってか人通りは全くない。


メイアはボロボロの建造物ではあるが、その補修方法などを見て回りたかった。

家屋が立ち並ぶ町を1人歩くメイア。


雨が降ってなければスケッチもしたかった、と思いつつ、一回一回立ち止まり建物を見ていた。


すると突然、背後から男の声がした。


「いたぞ」


「ああ」


その声にメイアが振り向く前に、後ろから強い力で拘束された。

男の腕が、メイアの小さな体を巻き、さらに口まで塞がれてしまった。

悲鳴をあげようにも声を出せず、暴れても、男の力が強いので振り解けなかった。


「大人しくしろ!!」


「早く建物の影に行くぞ、誰かに見られたら大変だ」


「大丈夫だよ!こんな雨降りに歩いてるやつなんていない!」


そう言って2人の男はメイアを建物と建物の間へ連れ込んだ。

雨で天候が悪いせいもあってか、建物の間は暗がりで見えづらい。

メイアは暴れているが、男腕はびくともしなかった。


「こいつが人質でいいな」


「ああ。3万ゼクは大金だ。恐らく、あの"クロード"とかいう男が持ってるだろう」


メイアはこの会話で気づいた。

彼らはカレアの町から、自分たちを追ってきた冒険者で、ベオウルフ討伐で手に入れた報酬目当てだと。


「うううー!!」


「悪く思うなよ。運が悪かった、それだけだ」


暗がりでメイアには2人の男の容姿は分からない。

大きい男が、自分を取り押さえ、細身の男が笑みを溢しながら発言している。

それだけしか認識できなかった。


その時、街道の方で、女性の声がした。


「運が悪いのは、あなた達の方です」


「何!?」


その瞬間、"爆風"が巻き起こり、細身の男が宙に浮いた。

その高さは数十メートルにも及ぶ。

簡単に家屋の高さを超えた細身の男は、そのまま地面に落ちる。

倒れた細身の男は痛みで唸り声をあげていた。


「なんだ貴様は!?こいつがどうなってもいいの……」


メイアを押さえつけていた男が、そう言いかけた瞬間、ビュン!と"何か"が高速で飛び、それが男の額に当たる。

その"何か"が当たった瞬間、鈍い音がした。

それは跳ね返って、女性の手元に戻る。

男は激痛で額を押さえた。


「こっちへ」


「はい!」


メイアは弱まった男の手を振り解くと、すぐに建物の間から出るように街道の方へ走り、女性の後ろへとまわる。

その女性は目が虚でブロンドのショートカット、グレーのスーツに膝まであるスカートを履いていた。

雨具としてローブを羽織っており、首から下げた波動石が"緑色"に光る。


「クソ!!なんだ貴様は!!」


「この町でギルドの受付を務めさせて頂いております。マーリン・バーベッチと申します」


「受付だと!?受付の分際で、死にてぇのか!!」


メイアを取り押さえていた男が叫ぶ。

だが、細身の男が体を震わせながら立ち上がると、その男を止めた。


「やめろ!!マーリンって、"月の銀狼"のメンバーだ」


「なに!?あ、あのAランクパーティの……」


「行こう……殺される!!」


マーリンの目は虚だが、凄まじい殺気だった。

それを感じ取ったのか、冒険者2人は建物の間の暗がりの奥へ逃げて行った。


「あ、ありがとうございます」


「いえ。子供一人で出歩くのは危険ですよ。自分で身を守れないのであれば、なおさら」


「はい……」


「では、私はこれで」


マーリンが立ち去ろうと背を向けたと同時に、メイアは気づいたように声をかけた。


「あ、あの!」


「なんでしょう?」


「あの依頼、明日、私たち"ナイト・ガイ"が受けます」


「そうですか。手続き、お待ちしております」


そう言って、マーリンは再び背を向けてギルドの方へ歩き出した。

マーリンの手に握られていたのは拳ほどの大きさの"鉄球"だった。


メイアは、それが彼女の武具であることを悟った。

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