初恋を知っているからこその罪

 私は初恋の相手の恋人になることができた。

でも、初恋の相手の初恋になることはできない。


 私達は十代から一緒だったから、彼の初恋が誰なのかも知っている。

その相手の顔も性格も知っている。

彼が何も言えずに、その初恋を諦めたことも。

相手も何も言わずに、彼から離れていったことも。


 私は初恋に諦めがあるのなら、永遠はないと思っていた。

初恋を叶えた私に諦めはなく、永遠があったから。


 私が彼の部屋に入ると、彼は既に酔っ払い、ソファで眠っていた。

きっと嫌なことでもあったのだろう。

彼は私に弱さをほとんど見せなかった。

それだけが私の気がかりだった。


 その夜、気がかりがもう一つ増えることになる。

でもその気がかりは、本当は最初から私の胸の中にあって、いつか向き合わなければならないものとして居座り続けていた。

気付かないふりや彼への愛で、どうにか隠していた現実。

この目で見てしまってからでは、認めるしかない。


 テーブルの上にあった彼のお気に入りの作家の小説。

ページの間から、栞のようにはみ出していた写真。

 

 それは、彼と初恋の相手の笑顔が、痛いほどに眩しい写真だった。

彼の青春の全てがそこには詰まっていた。

私は彼の青春には存在しない。

実際は存在していたのに、彼の美しい記憶の中からは抹消された私。

美しい記憶には、初恋の相手しかいないと思う。


「ん...」


寝ぼける彼の声で、私の鼓動は一気に速くなる。

起きてしまったかと不安になったけれど、彼は可愛い顔で眠っていた。


「初恋は永遠なんだね...」


小さくそう囁く。

声になっていたと自分では思った。

でも実際に声になっていたかは、もう分からない。


 私はもちろん初恋を知っている。

初恋の諦めは...知らない。

そこが彼との違い。

諦めと永遠は繋がらないと思っていた。

でも、諦め=永遠という方式のほうが正しいのかもしれない。

叶わなかったからこそ、永遠を見ることができる。

彼がきっとそうなんだ。

永遠を見ている一人。


 彼の永遠を知ったことで、私は少しだけ諦めを見た気がした。

私の将来に彼がいない可能性を考え、怖くなった。

彼の隣にいられなくなる日を想像してしまう。


 だから...

言い訳に過ぎないけれど、だから...

私は罪を犯した。

 本に挟まっていた写真をそっと抜き取り、自分の鞄の中に隠す。

彼にタオルケットを掛けて、そっと部屋を出た。

小さな罪だと言ってくれる人もいるだろう。

でもそれにしては、私の罪悪感が大き過ぎた。

 

 ひどく月が明るい気がして、嫌な気持ちだ。

罪の意識を強く照らす。

泣きそうになった。

自分にも、彼に対しても。


 この写真をどうするのか、私には分からない。

持ってきてしまったことで、余計に辛い思いをすることは簡単に想像できた。

それでも犯してしまった罪。


 初恋は美しいはずなのに、私は自らの初恋を傷つけ、さらには彼まで傷つけようとした。

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