焼き肉とはタン塩である
牛一頭からですら常軌を逸した数のネームド肉が取れる上、他にも豚だの鶏だの羊だの、下手をすればジビエまで巻き込んだ結果アイマスのソシャゲ並みの数のキャラクターを羅列することに成功し、それらを一つの鉄の網の上で焼きを入れ、人々が親の敵のように次から次へと口へ放り込むことを目的とした業火のスポーツこと『焼き肉』ですが。
イチボだのサンカクだのミスジだの、もはやあまりにも登場キャラが増え過ぎたせいで、昨今のクソガキゲームプレイヤーのように攻略サイトを見なければ最適な効率で焼き肉をプレー出来なくなった人々に伝えたいのですが。
覚えておいてください。焼き肉とは、つまりタン塩のことなのです。
最早、これについて根拠を語るなどアインシュタインに相対性理論の講釈を垂れるほどの愚行だと存じてはおります。しかし、世の中には肉を食ってんだか金額を食ってんだか分からない肥え太ったブルジョワジーが存在することも確かです。
もう札束でも炙って食っとけと。どうせタレの味しか分かってねぇだろと。そんな罵詈雑言を捲し立てたい気持ちが山々ではあるのですが。そういう人たちにも分かるように牛タンの魅力を語っていきたいということなのです。
以下本編。
まず第一に、おいしいということです。
味覚は個人の価値観によると言われておりますが、実はこの世界にはその理から外れた食物が二つだけ存在します。
一つは卵かけご飯、もう一つはタン塩です。
意外と知られていないことなのですが、タン塩は誰が食べてもおいしいと感じる事のできる最強の肉です。タン塩にはアレルギーが存在せず、そしてかのヴィーガン協会の始祖であるドナルド・ワトソンも「これ、うまくね?」と七輪を囲み仲間たちとレモンサワーをやりながら呟いた、という伝説も残されています。
更に、焼き肉をプレーする際、タン塩をデッキトップに置くプレイヤーは少なくありません。これは、焼き肉のアグロ性能を加味した上での戦略だと考えている人も多いでしょうが、深層心理では違っていると言わざるを得ません。
ズバリ、人々はタン塩を食べに来ているのです。
だからこそ、炭火に照らされた処女網の上で、まずはタン塩を焼くのです。他の肉であれば脂が混じって味が濁ってしまっても「うまいうまい」とアホ面をぶら下げて呟くでしょうが、ことタン塩となれば話は別です。レモン汁用の特別な召喚ゾーンを展開してまで食べるのですから、これは自明の理と言わざるを得ません。
もはや、タン塩が切れていると聞けば店をマリガンするプレイヤーまで存在します。これほどまでに影響力のあるタン塩ですから、焼き肉=タン塩の方程式が成り立つのはリンゴを離せば落ちるというレベルに当たり前のことなのです。
第二に、その適応力の高さです。
アグロ性能の高さから速攻に用いられがちなタン塩ですが、実は中盤戦の繋ぎからフィニッシャーまでこなすことが出来ます。
そうです。上、そして特上の存在です。
焼き肉には、人間ではおおよそ許されることのない命の価値のランク付けが平気で行われているワケですが、その中でも特に立派な価値を付与されているのが特上タン塩です。
京極夏彦の文庫本かと見紛うほどに分厚くカットされたタン塩など、一見すればワニでもなければ噛み切れるハズがないと思うことでしょう。あのジョニィ・ジョースターもとある焼肉屋で「できるワケがないッ!」と四回叫んでいました。
しかし、人々はそれをあっさりさっくり噛み砕き己の肉体へと変化させます。とんでもない肉質です。どれだけ極上のサーロインステーキだったとしても、同じ分厚さでは到底不可能な現象です。こんな、女子供であれば腰を抜かして逃げ去るであろう真実を届けてくれる特上タン塩が、物語の最期を飾れないハズがないのです。
第三に、年齢制限がないことです。
今を生きる感性パキパキの血気盛んな若者たちには到底理解出来ない思いますし、実際、高校生時代の俺自身も「んなワケねぇだろ、バーカ笑」と考えていたのですが、人はジジイになると脂っこい肉が食えなくなります。
嘗て、俺の中の焼き肉四天王と言えば、カルビ、ハラミ、ロース、バラという、まるで白飯を掻き込めと恫喝されているんじゃないかと錯覚するほどに脂ギッシュな連中でした。
フルマラソン35キロ地点を走っているような感覚になっても、その使命感にかられ肉と肉をバウンドさせた白飯を貪る姿は、さながら理性を失ったゾンビのようであっただろうと今になって思います。
ですが、こいつらはジジイを相手に出来るようなキャラではないのです。言ってみれば、搦め手に殺られやすい熱血キャラなのです。昨今のコンテンツの主人公には決して相応しくないことが分かるでしょう。
しかし、タン塩は違います。
レモン汁で食べる、というのは、冷静に考えてみればキチガイだと思われても仕方のない所業です。なぜなら、レモン汁なんて酸っぱいだけの汁だからです。レモン汁を白米にかけて食え、などと言われれば即座に第三次世界大戦が勃発する羽目になることは間違い有りません。
にも関わらず、タン塩はそれを可能にしている。その理由といえば、「最初からネギダレが乗っている」という特異性、言わばオンリーワンの能力が可能にした主人公特権なのです。
肉を食べているのに爽やかな感覚を得られる。これこそ、青春を謳歌する新時代のプレイヤーから、老いて策謀を侍らせ勝利に貪欲となった往年のプレイヤーまで好かれる理由です。
しかも、実はタレにも対応しています。仙台の人間が考えた合法麻薬である牛タン定食も、基本的にはタレで食べるモノですから。やはり、この無敵感に人々は驚かされっぱなしなワケです。
こんなに優しく包みこんでくれる存在は、タン塩かオタクに優しいギャルくらいのモノです。これを読んだ方々は、明日から常にタン塩に対して感謝の気持ちを忘れないように生きていきましょう。
以上のことから、焼き肉とはタン塩であることが証明されたと思います。もしも反論があるのなら、ここまで約2500文字に渡って語ってきた勢いだけのクソみたいな詭弁を葬り去るほどのさらなる詭弁を以て戦いに来てください。
因みに、俺はホルモンが好きです。
気が付いたらホルモンミックスばっかり焼いている『モツ喰いの律』を掲げる褪せ人ですので、そこんとこよろしくお願いします。
恐惶謹言。
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