痰カス
夏目くちびる
小説書くのクソおもんねぇし誰も読まねぇからやーめた
「つまらんわ、なんこれ」
小説の下書きにアイデアを書き溜めている俺は、ふとした拍子に自分の昔書いた作品を読んでしまった。その結果、如何にもどこかからパクってきたような、幼稚で挙げ句のないストーリーに辟易とし、異常に辱めをうけていたのだった。
「はー、ゴミだわ。俺だったら普通にゲーム・オブ・スローンズの小説版読むね」
しかしながら、こういった小説にも確かに読者がいるらしい。画面をスクロールして目に入ってしまった評価ポイントが、僅かながらの存在を確かに証明している。あまつさえ、コメントまで残してくれる人がいるのだから、得てして俺のような価値観の人間ばかりではないことも確かだろう。
「なんか、悪いことしたなぁ……」
ただ、俺も人間。ゴミみたいな小説を読ませて、しかも底辺を盾に構ってもらってしまった事を悲しく思う。この人たちも、本当はきっと面白い名作ラノベを読みたかっただろうに。一時の気の迷いで、俺の与太話に付き合わせてしまった。
「ごめんなさい」
謝って、今度はその人の書いている作品に飛んで、目を通してからすべての作品に☆を5つ入力していく。実際、俺の書いている話より遥かに面白いのだから、満点だって問題ないだろう。
「はぁ、なんでこんなクソを捻り出す趣味やってんだろ」
評価を見ると、いつも思う。書籍化されている作品を見て、いつも思う。俺の面白いと思う価値観と、世の中が面白いと思う価値観には、マリアナ海溝の如き深い隔たりがあると。どちらかが歩み寄るのなら、それは間違いなく俺になるのであろうと。
分かっている。雑多な素人がプロへ進む現実を見ているのだから、求められているのは高尚な文章でも中身の詰まった思想でも、ましてや小説会を嘆くヘイトスピーチでもないなんて事は。
アイデアと共感性なのだ。ハーレムだとか、オレツエーだとか、そんな事はバズる理由の些末さであって、本当に必要なのは誰しもが妄想した事を言語化する能力や奇抜なアイデア。
あと、キャラクター。この3つ。これらが揃っていれば、整合性や怪しい日本語も完全に感覚でオールオッケー。それだけが求められていて、後は好きになってくれた読者が体裁だけ整っている小説もどきを『小説』として読んでくれる。脳内補完で、きっちり仕上げてくれるのだ。
そんな事は、分かっているんだよ。
「でも、俺には書けねぇんだから仕方ねぇじゃん」
なんて、俺は自分の才能のなさを棚に上げて、周囲を貶めて自分の弱さを肯定することしかできない。いや、肯定することすらできないから辛くなる。そして、それに気が付くから書くのがますますつまらなくなる。
だから、もうやめる。全部やめたる。今まで書いたモンも全部消して、この場所で活動していた痕跡をまっさらに無くして、明日っからこのクソみたいなストレスとはおさらばだ。
ざまぁみやがれ、バァカ。俺は、二度と書いてやらねぇからな。もう寝る。
× × ×
「うひひ、こいつは面白いアイデアだぞぉ。絶対に形にするぞぉ」
翌日、俺はニヤニヤしながらエグいホラー小説を書いていた。どれくらいグロい俺の中のイメージを、文章で表現出来るのかが気になって仕方ない。一応、恋愛としてジャンルを設定してるけど、こいつは間違いなくホラー小説だ。あまりの気持ち悪さに、みんな吐き気を催すに違いない。
昨日、なんだかよくわからないネガティブに陥っていた気がするけど、よく覚えてないしまぁいいや。俺は、俺が書きたいモノを書いて俺が満足しているだけなのだから、今妄想していることをログに残すのも立派な活動だと言って差し支えない。
でも、途中でやめてしまうのはもったいないから、短編で書こう。薄めたカルピスの如く、グダグダと終わりかけの話を引き伸ばすのは俺の性に合わない。サクッと書いて、とっとと次。5000文字もあって伝えたいことを伝えられないのは、普通に考えてありえないし。
ついでに、誰かに読まれると嬉しいけど。まぁ、読まれなかった時の事を考えるとイライラするからポイントやログインは絶対に見ないようにしよう。
そうだ、今書いてる連載はクソだし、新しくファンタジー作品でも書こう。考えてみれば、普通じゃない俺の理想は普通の連中の現実なのだから、そんなものを絵も無しに文字化したってしかたない。全部全部やめちまって、とっととこの世界じゃないどこかの話でも書こう。
マニア向けの知識なんてゴミだし、そもそもマニアがキモいのをわかってるから自虐してるのに、それを受け入れられようだなんて傲慢なんだよな。パロディなんて、知らない人間からすれば寒いだけだし。そういうのを読む奴は、こんなところには来ないだろう。
そうとわかれば話は早い。新しい話と設定を考えなければ。
……的な感じで。なかなかどうして、辛酸の味よりも、明日になれば創作意欲の方が勝ってしまうワケですな。不思議なものです。
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