霊が見えるMさん

丁山 因

霊が見えるMさん

 Fさんはある地方の小さな出版社に勤める28歳の女性で、主に編集の仕事をしている。

 話してくれたのはフリーライターのMさんのことだ。Mさんはライターとしての仕事はもちろん、デザインからカメラマンまでこなす優秀な外注さんで、小さな出版社にはとてもありがたい存在だった。年齢はFさんの5つ上で32歳。けっして美人とは言えないが物腰の柔らかな感じの良い女性で、ふくよかな容姿からにじみ出る人柄の良さが周囲に伝染するのか、取材先からの評判もすこぶる良い。

 そんなMさんは物心ついたときから霊が見えたそうだ。と言っても、ありがちな「ワタシ見えるんです」系の霊感自慢など一切しない。それどころか霊が見えるって話も本人ではなく、同行した取材先に偶然いたMさんの幼馴染みから聞かされたとか。


「すごーい、Mさんって見えちゃう人だったんですね。怖いとかそういうのないんですか?」

「日常的に見るんで別に怖いとかはないですよ」

「危なくないんですか?」

「大丈夫ですよ。走っている車の前にいきなり飛び出せば危険ですけど、普通に歩道を歩く分には安全じゃないですか。それと同じでこっちが変なちょっかいを出さなければ何も無いですよ」

「へー、ホントに日常なんですね。じゃあ霊が見えても知らんぷりしてるんですか?」

「そうですね、見えてるって気付かれると付いてきたりするんで普通に無視します」


 Fさんはかなりのオカルト好きで、特に怪談は好物だったからもっと話を聞きたかったそうだが、Mさんはこの話題を続けたがらなかったのでこれ以上の話は聞けなかった。

 怪談を語る人の中には時々、霊感が強くて常時霊が見えるって人がいる。Fさん自身は霊体験なんて全くないけど、そういう人の怪談を聞くのも好きだったから、半信半疑ながら「この世には幽霊が見える人がいるんだ」くらいに思っていた。


 思わぬ形でMさんの秘密を知ってから数ヶ月経ったころ、FさんはMさんが本当に霊が見えてるんだと確信する出来事に遭遇する。


 Fさんの会社で地元の観光ガイド本を作ることになった。そこに街並みと山々を一枚に収めたダイナミックな写真を表紙に使おうって話になり、カメラマンとしてMさんに白羽の矢が立った。

 FさんはMさんと一緒に市内中心部に建つ、10階建てのオフィスビルの屋上から撮影を始めた。Mさんは圧縮写真を撮影するために、かなり大きな望遠レンズを使っている。最初のうちは何事もなく撮影が進み、MさんはFさんに写真を見せながら、あーでもないこーでもないとアングルを探しつつベストショットを狙っていた。そんな最中、Mさんが突然「あれっ!やばい!」と驚きの声を上げた。Fさんが「どうかしました?」と聞くのも構わず、Mさんは携帯を取り出してどこかに電話し始める。


「もしもし、〇〇町にあるマンションの最上階で人が殺されそうです!もしかしたら突き落とされるかも!はい、そうです。そのマンションです。すぐ行って下さい!」


 電話した先は警察だった。いきなりの出来事に驚いたFさんがMさんに訊ねると「ファインダーを見てください!」と言った。確かに見えたのはマンションの最上階の一室。ベランダに面した部屋で主婦らしき人が何やら動き回っている。Mさんが殺されそうと言ったのは多分この人だろう。ただ、部屋にいるのはこの人一人だけで、他には誰も見当たらない。

 Mさんはそのまま数回シャッターを切るとカメラを外し、「私たちもあそこへ行きましょう!」と言った。まだ仕事は終わっていないし、正直何言ってんだろってFさんは思ったが、Mさんの勢いに押され現場へ駆けつけた。撮影場所からマンションまで、車だと10分もかからない。


 現地に到着するとすでに人だかりができていた。ちょうど例の部屋の真下にある植え込みの辺りだ。


「ダメだったかぁー」


 Mさんが深くため息をつく。Fさんは人だかりを掻き分けて驚愕した。そこにいたのは確かに先程ファインダー越しに見た女性……の転落死した姿だった。首や手足があらぬ方向に折れ曲がり、遺体を中心に鮮血が広がっている。あまりにも凄惨な光景にFさんが腰を抜かしていると、警察の車両が何台かやって来た。

 通報したMさんはその場で事情を聞かれ、撮影した写真を見せていた。


 翌日、新聞の地域欄にこの出来事が掲載されたが、見出しには転落事故と書かれていた。あの女性はこの家の主婦で、事故当時は自宅に一人でいたそう。玄関は施錠されており侵入者の痕跡もなかったらしく、事件性はないと判断されたようだ。Mさんが撮った写真も後で見せてもらったが、あの主婦以外の人物は一切写っていなかった。

 霊が見えるって話に半信半疑だったFさんは、この一件で確信した。あのときMさんには見えていたんだ。あの主婦に強い殺意を持つ何かが。だからMさんは目撃した瞬間に躊躇無く警察に通報したんだ、と。


 この話を聞かせてくれた後、Mさんに直接会って話を聞きたいとお願いしたけど、Fさんに無理だと断られた。Mさんはそんな話をしたがらないし、今は会うのが難しい場所にいると言った。そこをなんとかと頼み込むと、Fさんは渋々教えてくれた。

 Mさんは一昨年に交通事故を起こし、現在は収監されているそうだ。Mさんは日中に路上を徘徊していた高齢女性を正面から跳ねてしまったとか。

 Fさんは最後にこう言った。


「きっと、Mさんはお婆さんが霊に見えたんだと思います」

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霊が見えるMさん 丁山 因 @hiyamachinamu

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