一次創作短編集
朱路ユキマ
機械人形の物語
花と人形
最悪だ。部屋の鍵を落とした。
その事実にガマズミが気が付いた頃には、地上はすっかり日が暮れた時刻である。
人間たちに棄てられた機械人形たちが集まる地下都市『アンヴェル』には、地上の日暮などには関係なく、一日中琥珀色の灯りが煌々と街を照らしている。街の中で鍵を落としたのなら明かりの心配は無く鍵を探し出せるだろう。
だがしかし、今日のガマズミは所属する警備隊の任務のために、街の外、つまりは地上に出ていた。
アンヴェルの警備隊の任務は街中をパトロールすることだけが仕事ではない。時には地上に出て、活動をする事もある。その仕事の内容は様々だが、本日の仕事はその中でも一番危険な任務だった。
何らかの理由で壊れてしまい、暴走してしまった『同胞』を完全に破壊し、回収する任務だ。
こういった機械たちの破壊を伴う任務は、大体が警備隊の隊長であるイミルイ・ハイドランジアという機械人形が任務を遂行しているが、彼の手が足りない時は一般隊員にもその務めが任される。今回は任務の一報が隊長に入ってきた時、たまたま彼の側にいたガマズミも同行する事となったのだ。
今日の任務は大型の作業用人型機械の破壊だった。普通の機械人形よりも力のある機体である。攻撃を受けた際、強かに地に叩き落とされた。鍵を落としたのは、きっとその時であろう。
この時間から外を探すのは難がある。それに破壊を担当する警備隊とはまた違う、機械の回収を担当する清掃部隊の人形たちが鍵を拾っている可能性だってある。
ガマズミは清掃部隊に拾われている事を願って、外に探しに行く事をやめた。
「明日は朝イチで管理局の遺失物管理所行きか……。管理局の奴ら、苦手なんだけど……」
せめて知り合いであるレンギョウが担当の時間でありますように、とガマズミは心の中で願う。
「今日は……、どうしような」
自室のドアの前に座り込み、ガマズミは小さくため息を吐いた。
そんな時。
「ガマズミ? そんな所でどうしたんだ。部屋に入らないのか?」
落ち着いた雰囲気の声がガマズミにかけられた。振り向かずとも分かる。隣人である機械人形、ガウラの声だ。
「入らないんじゃなくて、入れない。……部屋の鍵を、無くした」
ガマズミはガウラに目を向ける事なくボソリと呟いた。
ガマズミは、ガウラの事が正直苦手だった。ガマズミの気持ちなどお構いなく、「兄弟になろう」と言い出してぐいぐいとガマズミの領域に踏み込んでくる、そんなガウラが。
よりによって隣の部屋だなんて最悪だ、と入居初日から今日に至るまで、何度思ったことだろうか。
「鍵を無くしたのか。それは困ったな」
ガウラがガマズミに歩み寄る。ふわり、と甘い香りが鼻を掠めた。その香りの正体を、ガマズミは思わず顔を上げて確かめる。
「花?」
ガウラが、片手に幾つかの花を持っていた。どれも可憐で美しい花だが、花には詳しくはないガマズミには、名を知らない花ばかりだった。
「ああ。採ってきた」
「採ってきた?……一人で? 街の外に?」
「ああ、そうだ」
それって、危ないんじゃないの。
思わず出かかった言葉を、ガマズミは慌てて飲み込む。
機械人形は高い値が付く。特にガマズミやガウラ、二人の機体である『ベル・フルーフ』というシリーズは非常に人気が高く、中古品も滅多に出回らない。ベル・フルーフシリーズが二体も揃って棄てられ、ここに集ったこと自体が珍しいと、アンヴェルの長である『マスター』が言っていた事を、ガマズミはぼんやりと思い出す。
地上には、珍しい人形や高値の付く人形を盗んでは売り捌く『人形攫い』が多いと聞く。
ぼんやりしているガウラなんて、そんな悪い人間たちの格好の獲物だ。
そこまで考えるに至って、ガマズミは頭を振った。
何で俺がコイツの心配を?
「……花は、好きか?」
ポツリとガウラが呟く。思わずガウラの顔を見ると、いつも通りの仏頂面でガマズミをじっと見返してくる。
「……嫌いでは、ない、けど」
その視線に居心地が悪くなって、ガマズミは慌てて目を逸らす。
「……お前は、好きなのか? 花」
「……好きか嫌いかといえば好き、……だが……」
「……らしくないな」
ガマズミが思わず呟いた言葉に、ガウラが僅かに目を見開く。その様子にガマズミは、しまった、と内心焦る。
こんな事、言うつもりはなかったのに、と思いながらも、ガマズミの口からはまた言葉が溢れてしまう。
「いつも何かときっぱりモノ言う癖に、……なんか、歯切れが悪い……というか」
「……歯切れが悪い、か……」
ガウラは手の中にある花へと視線を落とす。
「……花には、良い思い出も、悲しい思い出も有るからな」
そう言うと、ガウラは寂しそうな顔で微かに笑んだ。
「前に、アンヴェルに来る前は人間の病院に居たと、話しただろう?」
「……言ってたな。俺は聞くつもりなかったんだけど」
「……患者を見舞いに来る人間は、生花を持って来る事が多いんだ。その場合は患者の代わりに花の面倒を、俺たちスタッフがするから……いい迷惑だったが」
ガウラはふふ、と小さく笑うと、ガマズミの横に座る。ガマズミは少しだけ嫌そうな顔をしながらも、何も言わずに話の続きを待った。
「でも、花を贈られる人間たちは決まって嬉しそうに笑うんだ。どんなに自分の身体が辛くても、笑うんだ。……俺はその笑顔が好きだった」
ガウラは手の中の花をそっと撫でる。それを横目に見ながら、ガマズミは黙っていた。
「……だが、花は花だ。なにも出来ない『物』だ。花を見て元気づけられたって、身体が良くなるわけじゃない。……患者を、助ける事なんて、出来ないんだ」
「…………」
「……俺も、花と同じだ。何も出来なかった。どんなに声をかけて、世話をして、尽くしても、取りこぼす命ばかりだった。……悔しかった」
感情を押し殺したような淡々とした声が途切れる。
数瞬の沈黙。
それを崩したのはガマズミだった。
「……仕方ない事だろ。形あるものには全て、終わりがあるんだから」
数刻前に、自らが壊した『同胞』の姿を思い出しながら、ポツリと呟く。
「……人が死ぬのは、お前のせいじゃないよ。終わりって必ず来るものだから、仕方ない事。悔しいと思えるまで、尽力した事実だけ、お前は覚えていればいいよ。悲しむ事じゃない」
「……ガマズミ」
「お前が花と同じだって言うなら、せめて周りを笑顔にするように心掛けとけば? 俺たち、なんていったって花の名をつけられてるんだもの、それくらい出来なきゃね」
まあ俺はそんな優しさは持ち合わせていないけど、と言いながらガマズミは小さく笑った。
その様子に、驚いたように目を瞬かせたガウラだったが、次の瞬間にはいつもの無表情に戻って、真面目な声で言葉を紡ぐ。
「そうか。……なら目の前のガマズミをもっと笑顔にしていきたいと思う」
「え、面倒くさいからそういうのは要らないけど」
「そう言うな。部屋の鍵が見つかるまで家にあげてやる。喜べ」
「地味に助かりはするけど面倒くさいやつだなこれ」
「大丈夫だ。今なら比較的部屋が綺麗な状態を保っている」
「比較的って何それ嫌な予感しかしない」
キラキラと目を輝かせながら、ガウラはガマズミの腕をむんずと掴み上げて立たせると、いそいそとガマズミの部屋の隣の扉の前へと駆けてゆき、ガチャリと鍵を開けたのだった。
一次創作短編集 朱路ユキマ @calamintha_ykm
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