私事

片耳

第1話

「前提として、人は食べたものしか排出しない。」

というのは、僕の気に入っている知見のひとつだ。

その人の読んだ本や見た映画、出会った人、与えられた言葉などで人格というものが形成されていく。


そして、僕には大好きな作家が居た。

僕は彼になりたかった。だから彼の作品は全部読んだし、彼により近づくため、彼を信じ、疑った。


でも僕は彼になれないと悟ったときは軽やかに絶望したものだ。なにをしたらいいのか、なにを読めばいいのか、なにもかもが分からなくなり、自分も周りのような有象無象に埋もれていくのだな。とも思った。自分自身が灰色に見え、自分以外の色彩をもつ全てに嫉妬した。明日は暗く感じたのに、十年後の出来損ないの自分は、嫌味なほどに明るく照らされていた。


今思えば、この頃の僕は野菜を食べ続ければ野菜になれると信じていたのだ。もちろん野菜にはなれないし、もし奇跡的に野菜になれたとしても所詮は二番煎じに過ぎない。

どれだけおいしい野菜になっても、オリジナルではない。その事実だけが重い足枷となってしまう。なら僕は野菜にならない方がいい。

そもそも、二番煎じを寄せ集めて初めてオリジナルになると気づいた。


彼も、なりたかった誰かになれなかったから、僕の大好きな彼が出来あがった。僕は自分を好きになりたい。そのために、体力のあるうちに夜更かしはしておくし、食べたいものは食べる。食べたくないものも食べてみる。そしてやっぱりまずいなと思う。それらを繰り返して、自分の好き嫌いを確立していきたい。まずは孤独になることを恐れない。


もう三年なんだから、あと一年すれば必然的に新しい出会いがある。今の僕に必要なのは、些末な友情ではなく、体力と出来心と少しの反抗心だ。僕はこの「区別」と「差別」の入り混じった価値観と、残りの一年を過ごしていきたい。

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私事 片耳 @tadou

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