Ria-Huxaru【本編】

あはの のちまき

第零譚

「神サマなんて、大嫌い」


そう言って少女は微笑んだ。生温い風が吹いて、彼女の髪を遊ぶ。


決して、心地良い風ではなかった。けれど彼女は、愛おしそうに目を細め、痩せた腕でその風に触れようとする。


「………だって」


「だって神サマは、こんなわたし達を見向きもしないもの」


彼女の声に、もうひとつの少女の声が重なった。


二人は目を合わせ、クスクスと笑う。


二人の少女は、擦り切れ、泥だらけのワンピースを着ていた。彼女は頬や足にガーゼを、少女は両腕に包帯を巻いており、まるで暴力を奮われたかの様に、その身体は悲惨だった。


それでも二人は微笑む。クスクスと。まるで感情の扱い方を忘れてしまったかの様に。まるで狂ってしまったかの様に。神を呪い、嘲り、二人は笑い踊る。クルクルと。


未だ戦争の傷痕が残る、この空間で。


二人は廃れた平野を駆け回り、やがて疲れて地面に寝転んだ。愚かな程青い空を仰ぎながら、息を弾ませる。


胸が上下する。


身体が熱くなる。


生きている心地がする。


こんな世界でも、生かされているのだ。


「…神サマ、あなたはあの時も、わたしの事を見ていたの?」


「神サマ、あんたはあの豚みたいな人間ばかりを、幸せにして笑っているの?」


彼女と少女は、空に向かって呟く。手を伸ばしても届かない、遠く遠くの天に向かって。


「神サマ、もし本当にいるのなら、その姿を見せて頂戴」


少女が笑う。


「姿がおありなら、わたし達はあなたを…」


彼女が笑う。


「先程」の事を思い出して、二人の身体が小さく震える。


「「絶対に、殺してやる」」


まるでどうでもいいかの様に吐き捨てて、しかし確かな意志を持つ言葉を吐いて、二人は再び笑い合う。


この世界は、まるで文字通りの生きた地獄だ。


けれど、二人が未だに生きようとしているのは、お互いがお互いに依存し、離れ離れにならない為だ。




神に頼るのは、楽になりたいから。


楽になりたいのは、辛いから。


辛いのは、独りで解決する事が不可能だから。


二人でいればずっと微笑えた。


二人でいれば何も怖くなかった。


二人でいたから、生きてこれた。




「…ねえ」


「なあに?」


彼女が呟けば少女は応える。寝転がったまま顔を見合わせる。


二人は綺麗に微笑む。


辺りは酷く廃れた大地に、穢れを知らない愚かな青い空。


「…ずっと、一緒にいようね」


少女は最後の望みだと言わんばかりに、穏やかに彼女に伝える。


「当たり前でしょう?」


彼女も同じだという様に、即答する。互いの小指を絡めて、約束の契りを交わす。




「だってわたし達は、嫌われ者のふたりぼっちなんだから」




二人の中指に嵌っている指輪が煌めく。


まるで契約のサインの様に。




……。


次の日、「ひとり」が消えた。






…この世界には、どんな願いも叶えてくれる神様がいる。




神様は、金の指輪の中に眠っている。


世界中の人々この指輪を手にしたいと思い、それが原因で戦争が始まった。


世界はたちまち衰退し、自然も生物も消える一方だった。


それを見兼ねた「魔術師」達は、神が眠る指輪を封印し、人間の手の届かない遠くに隠してしまった。


そして戦争は終わりを告げ、世界は再び均衡を取り戻した。


しかし、人々は神を封印した魔術師を恨み、今度は彼等を虐殺していくこととなる。




それから何百、何千年が経った今。


人間達は魔術師の事を侮蔑し、忌み嫌い、生き残りの魔術師を虱潰しに探し、殺し続けている。




神が眠る指輪の行方は、誰も知らない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る