帰ってこさせられたセクシーパラディン:S1
覇霊寺の朝は早い。居住者の多くがモンクやパラディンといった修行の身であるが故、それも当然ではある。まだ朝日も登り切らぬ薄暗い空に、鍛錬や清掃の物音が響いていた。
その青より紺に近い空を一匹のコウモリが飛んでいた。時間帯も地形ともおかしな点はない。空はまだ暗いし付近に洞窟も多い。だが鳥ともほ乳類ともとれぬ生物がまとう気配に不審なモノを覚えて、青年は誰何の声を上げた。
「止まれ! この先は聖なる寺院だ。みだりに魔のモノが踏み入れて、いや飛んでいても入ってよいものではない」
そう叫んだ青年は銀の鎧をみにまとい、声と同じ程度に鋭い眼光を空へ向けていた。腰には見事な装飾の鞘に収まった剣が一振り。まだ手には握られていないが、放つオーラからして鋭さは声や眼光以上であろう。
「良かったー! やっとみつけたよ!」
だが応えるコウモリの声はとても鋭利とは言えないものだった。それどころか姿はぼやけ、やがて丸みを帯びた女性らしい身体へ変形していく。
「お前は?」
「探していたよ、セクシーパラディンっち!」
セクシーパラディンと呼ばれた青年とその女性は、場所を変えイグア院の一室にいた。青年の正体はハーフエルフの聖騎士ユーキチ。コウモリの正体は扇情的な身体に羽や尾をはやした女性の悪魔、サキュバスであった。
「タッキ師、お部屋をお借りしてすみません」
「仕方ないヨ! この子の姿は若い子には刺激が強すぎるネ!」
部屋にはもう一人、姿があった。白い胴着に独特の入れ墨。長い黒髪を闘い易いように後ろでまとめている。モンクと呼ばれる素手格闘の専門家、エルフのタッキである。
「それで。俺に何の用だ?」
ユーキチは座布団にあぐらを組んで座るサキュバスに問いかけた。ハイレグの鼠蹊部がかなり際どい見え方になっているが、そこへは目もくれない。
「あのねセクシーパラディン。君、僕たちに借りがあるよね?」
「うむ。無くはないな……」
サキュバスの言葉にユーキチは憮然とした顔で応えた。数ヶ月前、彼は失われた覇霊寺の聖宝を求めて地獄へ潜入した。その宝を取り戻す為に悪魔の王たちとサッカーで対決する事となったのだが、サキュバス達がチームメイトとして彼に手を、いや正確に言えば足を貸したのだ。
「今回はそれを返して欲しいの!」
結果として聖宝は手に入り、今は寺院に保管されている。そういう意味では借りがないとも言えず、断り憎い状態であった。
「借りを返すのはやぶさかではない。だが俺は聖なる誓いを立て、パラディンになった身だ。その誓いに背く行為はできないぞ?」
パラディンの誓いには献身、清貧、不殺不犯と言ったおおよそサキュバスが望みそうな物事とは逆の概念が並ぶ。それを破れば聖騎士は力を失い、苦しむ衆生の助けにはなれないのだ。
「ううん、楽しい事はさせないよお!」
サキュバスは悩ましげに首を振りつられて豊かな胸が揺れた。押さえつけられた胸が苦しそうなこの少女の助けになれるのであれば、喜んで聖なる職を投げ出す男性も多いだろう。
「では何をすれば良いのだ?」
だがユーキチは不規則に動く二つの物体に目もくれず質問した。
「えっとねえ。仲間の一人が捕まってしまったから、助けに行って欲しいの!」
「誰ニ? 何処ニ?」
タッキが興味深げに訊ねる。もしユーキチが再び地獄へ行くのであれば、今度は自分も同行したいと思っているのだ。
「京都市の女子高生に!」
しかしサキュバスが口にした名は、どちらもモンクには分からないものであった。
「何? するとお前の望みは……」
「そう! 地球に行って、仲間を連れ帰って欲しいの!」
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