父の生地に帰ってこさせられたセクシーパラディン:S2
「まさかこんな形で父の生地を訪ねる事になるとは……」
ユーキチはそう呟きながら嵐電、つまり京福嵐山電鉄の車両へ乗り込んだ。
「お父さん、ここ出身なの?」
彼の肩に乗ったコウモリが小声で囁く。サキュバスの姿は魔法の力で透明になっているが、声までは消えないのだ。
「ああ。母はあちらのエルフだが父はこちらの、普通の人間だった」
嵐電の多くは一両編成で内緒話に向いたスペースはあまりない。だが幸い、通学通勤時以外は客足も少ないので彼らは隅の座席に腰を落ち着けた。
「それよりそちらの事情をもう一度、教えてくれ。インキュバス……だったか?」
「うん」
動き出した車両の窓から秋の京都を眺めながらユーキチは問う。昨日、サキュバスの依頼を受ける事にし異世界転移の準備と儀式を慌ただしく行った。依頼の背景や作戦を熟考する時間はまだ無かったのだ。
「あのね、私たちサキュバスは相手の心を読んで理想の相手に変身する事ができるのね。で、もし相手が女の子でイケメン男子を望んだら、性別を変える事も」
サキュバスの男バージョン、それがインキュバスだ。この両者を完全に別の悪魔とみなす研究もあるが、元は同一存在だと考える派閥もある。どちらが正しいかの議論は覇霊寺の一角でも行われたが、結論は出ていない。
「女の股間に生えて変身するなんて考えたくない」
「そこが良いんじゃないか!」
と血を見る争いに発展したのだ。ユーキチはそれを知っている。なにせその惨劇を止める為に羽目になったのだから。
「無駄な血が流れたな……」
「どうしたの?」
「いや。もしかして、それを逆手に取られたのか?」
「うん!」
その捕まったサキュバスを召還したのは女の子だった。彼女は理想の相手を脳裏に浮かべ、自分を満足させるまで帰さないという契約を結んだ。
……ここまでは珍しい事ではない。何かの切っ掛けで召還術を知り、サキュバスを呼び、契約を結ぶ。普通の事である。しかしここは京都であり、少女は普通の少女ではなかった。
少女は御佐管野高校サッカー部の熱心なマネージャーで、陰陽術にも通じていた。何せ京都なので陰陽術がいまだ密かに伝わっており、それはサキュバスの召還術にも応用が効いた。
少女は理想の相手として
「ハイボールのターゲットとなりクリアボールを味方が上がるまでキープでき、独力で突破してシュートまで行けるがパスも上手くFKが決められ、守備にも献身的なFWの選手」
を思い浮かべ、サキュバスはそれに応じてインキュバスとなった。
次に少女はサキュバス・インキュバスとして当然である
「性的に満足させる」
という契約から
「性的に」
という部分を消し去り代わりに
「チームを4校対抗リーグで優勝へ導き」
に書き換えた。
つまり少女はインキュバスを、チームが勝利する為の駒として入手したのである……。
「欲深過ぎる……。しかもそんな高校生、実在するのか?」
ユーキチは少女が想定した理想の相手を思い浮かべながら言った。彼は父ほどサッカーに詳しくないが、かのように全てをこなすFWがいればJリーグのチームが、いや海外の強豪とて見逃しはしないだろうということは予想がつく。
「うーん、よく分からないけどブラジル人留学生? って事にしているらしいよ」
「そうか。それに『高校レベルなら』という話ならばギリギリ……」
「あと顔は志尊淳だって」
「そんなブラジル人、おるか!」
ユーキチは思わず大声を出してしまい、慌てて口を塞ぎ周囲を見渡した。幸い、嵐電は踏切を通り過ぎ大きな音を立てながら停車する所で、その声に注意を向ける存在はいなかった。
「あ、方言だ~」
「ああ。余所の言葉を話すと目立ってしまうからな。この先は周囲に合わせないと……合わせんとあかん」
ユーキチはそう言いながら耳を引っ張り、言葉と幻術のチェックを行った。
「ほな、ぼちぼち行こか」
「墓地? どこどこ?」
嵐電の停車時間は短い。セクシーパラディンは説明を諦め、さっさと車両から駅へ降り立った。
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