地球に魅せられた星(わたし)

横山佳美

第1話 プロローグ

地球に魅せられたわたしプロローグ


 ロールケーキが冷蔵庫に入りっぱなし。

消費期限は、もう切れているのかもしれない。

駅前にあるケーキ屋さんのしっとりしたスポンジ生地に、

たっぷりのクリームが入ったロールケーキ。

家族の大切なイベント事には欠かせなかったケーキなのに、

最後に食べた記憶は、………もう思い出せない。


 「人生の『記録』と『記憶』は、ロールケーキみたい。」なんて、

最期の最後まで、カワイイ事考えてる私。頭に花を咲かせた幸せ者よね。

だって、そう思わない? 

時間軸に沿った人生の『記録』は、

スライスされたロールケーキの断面を上から眺めたように、

スタートからゴールまでを真っ直ぐに伸ばすと一本の線になるのに、自分軸に沿った人生の『記憶』は、

丸く渦を巻いた面を半分に切りわけ、横から眺めたようなもので、

スポンジ生地とクリームが、それぞれの部屋で別れているみたいに、

記憶も同じで、断片的で、部分的なんだから。


 誰が私の記憶にフィルターをかけて、

残すもの、残さないものを選別しているのかは知らないけれど、

どんなに記憶力がいい人でさえ、

一分一秒、全ての瞬間を思い出すことはできないでしょ? 

思い出したくても思い出せない綺麗な思い出たちは、

数えられないほどあるのに、遠い昔のあの夏の日の事は、

今でもはっきりと思い出せるなんて不思議よね。


あぁ、そうだった。


私の記憶に残るのは、誰かが記録してくれた私の人生ドラマだって、

誰かに言われたような気がする。


 そう、そう。思い出した。

私の光を守り続けてくれた、この借り物の鎧。

この消費期限も、もう、すぐそこみたいね。


病室のベットで横になっているはずの私の体は、

意識が通わない借り物の着ぐるみのように、

動かすことができないのだから。

きっと、そうなんだわ。


 頭のてっぺんから足の先まで感覚がなくって、

私の体はフワフワと宙に浮いているみたい。

『人生の帰り道は、宇宙感覚を取り戻す旅だ。』と、

誰かが言っていた事は、

この事だったのかと今更に気付くのは遅すぎるかしら。


宇宙の無重力のようであり、

死んだ魚がプカプカと水面に浮いているような感覚。


「宇宙に戻る準備が、もうすぐ完了する。」なんて、

そんな信じ難い事でさえ、現実味が帯びてきたわ。


 全ての痛みから解放され、不安も欲望もなくなり、

心配も我慢もしなくていい。

辛く悲しい気持ちも、心躍る嬉しい気持ちも、全ての感情から解放され、

もうすぐ完璧で完全な自由が近づいていることがわかる気がする。


 さぁ、帰ろう。


星だった私が描きたかった、人生ドラマのフィナーレよ。



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