魔女志望の痛い女が転生しちゃいました?

霧雨カノン

 厚めのカーテンによって日光が遮られた上に暗く照明が落とされた部屋。唯一の光源といえばゆらゆらと燃えている一本の細い蝋燭のみだった。本棚にはびっしりと本が並べられている。本棚なのだから本があるのは当然ではないかと普通は思うだろう。しかしその本の内容が少し、いやかなり変わっているのだ。『黒魔術全集』『呪術研究』『呪い読本』『日常的魔法』『異世界との通信』などなど‥。多くが魔法、呪術、異世界などのものばかりだった。部屋の中には、本棚の他に、机、ベッド、禍々しい何に使うのすら分からない呪具?のようなものが並べられた棚があった。そしてその部屋の持ち主は今、部屋の中央に描かれた五芒星の中心で判読不能な文字が書かれた紙を片手にこれまた日本語なのか外国語なのか不明な言葉を呟いている。

「/r;5-30iu9ij4otkmrgqea;@[」

その人物がどす黒い粉を五芒星の上に振りかける。そしてクラスの集合写真であろう三十人ほどの中学生が写っている写真を取り出す。その写真の中央付近の顔の整っている女子生徒の顔に大きく赤いペンでバツが書かれていた。その写真を蝋燭の火にゆっくりとかざす。写真に火が燃え移り次第に大きく燃え広がっていく。写真が銀色の受け皿に置かれる。そして少女は燃やし尽くされるのをただただじっと見つめていた。


 私は、大原未智(オオハラ ミチ)。中学二年生。今は平日の昼間であるが、学校は行かない。ううん、ここ数ヶ月行けていない。友達もいないし、第一私はあんな野蛮な奴らの巣窟にいるべき人間じゃない。私は魔法が使える、今だって同じクラスの処刑されるべきペテン師を火炙りの刑に処していたところだ。今頃あの女は体が炎に包まれ、熱い熱いと悶え苦しんでいることだろうと私はほくそ笑んだ。

 魔法を使う際に一番大切なことは魔法の詠唱でもなく、優れた呪具の使用でもなく(もちろん良いものはその分効き目はありそうだけれど)、想像力だと私は考えている。まず呪う相手を思い浮かべる。その人物の情報は多ければ多いほど良い。容姿や名前、年齢、所属、そして忘れていけないのがどういう理由で処するのかということだ。何か悪いことをおこなったのか、存在自体があってはいけないのか、他の人に危害を加える危険性があるとか。何も害のない人間を呪うことはしてはいけないし、人違いすることももちろん御法度だ。そのために術者はその人物についてよく知っている必要があるわけだ。人物を詳細に思い浮かべることができたらどういう罰を与えるか、もしくはどういう事象を起こしたいかを想像する。今回はいきなり全身が炎に包まれるが燃えるのはゆっくりで、すぐには死ぬことはできずジリジリと体を焼かれ苦しむということを考えた。炎の燃え方や、呪う相手のくるしみ方、阿鼻叫喚なども想像するとさらに確実に術をかけることが可能だ。


「あーあ。私何やってんだろ。こんなことしても何も変わらないのに。」

 自分でも分かっている。部屋に閉じこもって何の役にも立たない魔法?を一日中してても現実は変化しない。私は不登校の問題児で、親は私についてスクールカウンセラーに相談するか精神科を受診させるかなんて考えてるっぽい。この状況を帰る最適な方法はこの部屋を出て学校に行くことだ。でも私にはできない。何度も朝制服に着替えて、教科書を鞄に詰めて、さあ後はこの家を出るだけまで頑張ったのだ。玄関の扉を開けるだけなのにできない、開けようとしたらあの瞬間が頭の中でフラッシュバックする。その瞬間、胃の内容物がせり上がってトイレに駆け込むのだ。それからずっと便器に張り付いて気がついたら昼なんてことがザラだった。母親から「また休むの?はあ。分かった、学校には連絡するからね。」

などとため息まじりに言われる。その言葉が胸に刺さる。私だってこんな自分嫌だよ、変われるものなら変わりたいよ。



 部屋の隅、漆黒の闇から彼そんな女の様子を見ているものがいた。その者はしばらく声すら発さずにその場にじっとしていた。彼女が片付けようと立ち上がった時にはそれはまるで最初から何もなかったかのように消えていた。

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