第98話【 忍び寄る威圧 】


 <ゴフォオオオオ━━━━━━━━━ウゥ……>


 日が暮れた危険なタナトス死の渓谷。

草原に吹き荒れる魔力の波が、エル達が野宿している場所から放たれている。


エルがアルガロスに向かって、解呪魔法を使っているのだ。

徐々に魔力の波が強くなっていく。

それは、困難を極めている証拠……。


アルガロスの回りには数多くの魔法陣と、見慣れぬ文字や模様が沢山飛び交っていた。

身体に刻まれた模様がエルの解呪魔法に反発し、弾ける様に光っては消えを繰り返す。


強烈な魔力により軋むアルガロスの身体に、カルディアが回復魔法を掛け続けているが、エルの魔力には到底及ばない。


アルガロスの身体から無数の塵や埃と共に、細かく斬り刻まれた皮膚や血しぶきが舞い上がっていく。

それに無言で耐えるアルガロスだが、モサミスケールの目にはふらついている様に見えた。


『【 !! 気絶してる!? 】』


【 駄目じゃエル! アルガロスの身体がもたん 】


<パシュンッッッ……>


エルの魔力の波が…、無情にも淡く弾ける音が響く。


解呪したい一心で、アルガロスの身体の状態まで気が回らなかったのだ。

モサミスケールの言葉に反応したエルは我に返り、その場に立ち尽くしていた。


揺れるアルガロスをカルディアが支え、すかさず回復魔法をさらに掛ける。


エルでさえ解呪出来ない、見たことの無い複雑な魔法式。


守らなければいけない大切な友達……。

絶対に亡くしてはいけない大切な命……。

そう誓った矢先にこんな事になるなんて。


色んな思いが頭を駆け巡り、心の整理がつかない

エルは……、回りの景色も目に入らずただただ……呆然とアルガロスを見つめていた。


「モサミ…、マヴロス・オーブを破壊したらどうなるんだ?」


【 ……精霊達から聞いたワシの記憶では……、アルガロスの魔力を全て吸収した後、身体が破壊されるそうじゃ…。そしてマヴロス・オーブは自身を保護し再生するじゃろうとな…】


モサミスケールの容赦ない言葉に何も見出だせないエル……。

そんな緊迫した状況の中……。


「悪魔に選ばれるなんて、俺って凄いんじゃね!?」


正気を取り戻したアルガロスの唐突で希薄めいた言葉。

悪魔の能力や魔力は、魔物とは比べようが無い程に邪悪で強大な存在。


今後、自身に何が起こるか分からない状態を楽しんでるかの様な発言をアルガロスは……。

麻袋で包まれたその塊を摘みながら、安直に変顔でプラプラと揺らしていた。


「こんなちっこい奴、俺が逆に飲み込んじまってもいいんだろ!?」


と皆が心配している中、トンチンカンな発言をしている。

しかし、それに反応したのはモサミスケールだった。


【 ! 飲み込む……か…。今だから出来る事…… いや、今しか出来ない事…… 】


何かを思い立ち、深い思惟がモサミスケールの頭を駆け巡る。


【 世界樹のシルなら…何か…… 】


【 エル! ゲートを創る事は出来るか? 】


「えっ……いや、俺にはまだ……」


幼すぎるエルの身体、力ではまだまだゲートを創る事は出来ない。

それはモサミスケールも分かっていたが、小さな希望を探したくてつい聞いてしまったのだ。


【 そうか……。ゲートを創れるのはを具現化出来る破壊的なを持つ者だけじゃからな…… 】


「界を具現化!?」


【 そうじゃ。簡単に言うと、界とは領域の境目の事を指すんじゃが、それを破壊し、結ぶ事が出来る力の持ち主だけが創れるんじゃ……。世界樹のユグ、ドラ、シル以外では数える程しかおらん…… 】


ゲートは魔力の渦が空間を歪め、見知らぬ地と繋がる自然現象と、それとは異質で破壊的な霊力でも創り出す事が出来る。

が、限られた霊力の持ち主、しかも破壊的な霊力の持ち主しか創る事が出来ないのだ。




「!!!!!」



みんなが不意に……暗く深い森に険しい視線を向ける。

身体に走る…身震いする程の強烈な暴圧・威圧が、みんなに戦闘態勢をとらせた。

タナトス死の渓谷へ入って初めての身震いだ。


エルの頬に沿うように…冷たい汗が流れていく。


『な、何だ? この圧迫覚は……』


エルを含め、みんなから冷や汗が流れ出る。

それ程強烈なが、こちらへと近付いて来てるのだ。



<………………ドスーン………>



微かに聞こえてくる謎の振動音。


<ドスーン…………ドスーン……ドスーン>


そしてまだ遠くだが、暗闇であるはずのタナトス死の渓谷の森が、淡く光っている……。


「エ……エル……。俺とカルディアじゃぁ……」


多くを語らずとも、アルガロスの心がハッキリ分かる。

エルも感じる、身震いする程の強烈な威圧は……姿は見えないが確実に、遥かにエル達より強い存在………。


<ドスーン……ドスーン…ドスーン>


重々しい振動が身体を揺さぶる様に伝わり、エル達の緊張が最大限に膨れ上がる。


<バチバチッ ゴフォーウゥ>


森の中から激しい光の炎に包まれた太い腕が沸き上がり大木を掴むと、瞬時に儚く灰になり消えていく…。


高濃度の魔力を漂わせるタナトス死の渓谷を嫌うかの様に炎が上がり……、回りの木々を焼き尽くしながらエル達のいる草原へと………。



<ゴフォゴフオオォ━━━━━━ウゥ>

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