第44話【 不穏な魔力の波 】


 魔光石の光を<プスプス>と放出しながら、ゆっくり回転して落ちて行くトロールカレットの腕。


それを見たクラウディーから、少し引きつった笑顔が溢れる。祝福から2、3年の若き少年…。クラスAである自分の剣さばきより上回る力を、自身の目でハッキリ見たからだ。


『あいつ……本物だな!』


「アルガロス! 離れろ!!」


声を張り上げながら、クラウディーは腕を前後にのばす。そして、腕を交差するように前へと出しながら力強く詠唱した。


メルティング フレイム熔融炎


<ドゴオォウ>


熱量の塊が、斬り落とされ手を無くしたトロールカレットの腕の方へと飛んで行く。

それが絡み付く様に腕を包み、激しく融解していった。


<バホゥッゴボオー>


<ギィャオオーウ>


トロールカレットの叫びともとれる咆哮がダンジョンに響き渡る。


融解する放射熱で、回りの空気が激しく渦を巻く。

アルガロスはその激しい融解の熱に手をかざした。


「ぐわあっ」


『うぐっ、熱くなる? 防御力アップの魔法をかけてもらってるけど……息をためらうくらいメチャクチャ熱いじゃないか!!』


『でも……凄い!!!』


耐え難い放射熱の中、アルガロスの瞳がキラキラ光っている。炎の光と、それ以上に強さに憧れる眼差しが、より一層瞳を輝かせていたのだ。


トロールカレットは、溶けゆく自身の腕を見ながら……奇声を上げた。



<ギイャウオオオ━━━━━━━━ッ>



 黒く淀むダンジョン内に、トロールカレットの奇声が響く。


カークスギルドのメンバーとカルディアは身を細め、熱気漂う中その様子を注意しながら見つめていた。


融解する自身の腕を見上げながら、悶え苦しむトロールカレット。


その時、



<バホウッ>



ダンジョンの奥から突如襲う、の波。


みんなが感じ取ったその凶悪な魔力で、中には戦意を失う者もいた。


「な、何だ? この魔力濃度は……」


クラウディーとアルガロスは、悶えるトロールカレットのその奥から発せられる凶悪な魔力を警戒し、身構えて凝視していた。



<ドクンッ>



再び強く乱れて波打つエルの魔力と霊力。


「うぐっ」


【 エル!? 】


崩れゆくエルの身体。


エルは、自身の胸を押さえながら崩れていく途中で、あるおそろしい残像が脳裏に映る。


『あ、あれは!?……ぐはっっっ』





<ゴウゴゴゴー>


 地響きともとれる大気の波。融解し、焼けるトロールカレットの後ろから、盛り上がった岩越しに赤黒い大きな腕がダンジョンの天井へと伸びていく。


<ズオオオオー……>


それに気付いたクラウディーとアルガロスは、素早くトロールカレットから離れたが、何が起きているのか分からないでいた。


伸びてくる赤黒い腕の後から……恐ろしい形相の魔物の顔が………。


滴り落ちる様に循環する皮膚や肉体。

その都度見え隠れするいびつな骨格。

そんな巨体が、ダンジョンを塞ぐ様に現れたのだ。



「モリンシゴーレム!!?」



敏捷術戦士のヤブロスがそう声を張り上げた。


「モ、モリンシゴーレム!!?」


聞いたことの無い魔物の名前に、アルガロスが驚いている。

それより……ひっ迫し、複雑な表情をしていたのはクラウディーだった。


「な……何故………、モリンシゴーレムが……」


「このダンジョンに……いや、この地域に存在しないはずの凶悪な魔物……」


この秘境の魔力濃度がバルコリン地域では1番高いからと言っても、それを遥かに上回る魔力濃度を持つ魔物が出る事自体、有り得ないのだ。


ただ……あるとすれば……ゲートの発生。

カークスギルドのメンバーは、皆、ゲートの発生が頭をよぎった。


アルガロスは眉を潜め、うねる赤黒い巨体を見上げている。


「なんだ? ウネウネと気持ち悪いアイツは。動きがメチャ遅いじゃないか!」


警戒心が薄く、剣を<ギュッ>と握り締めながら戦闘態勢に入るアルガロスを見て、クラウディーはアルガロスに最大の警戒心を持ってもらう為に、この魔物の事を説明しだした。


「アルガロス……アイツは危険だ。身体や体液、漂う黒い霧には………状態異常を誘発する高濃度の汚染物質が含まれている……」


「状態異常!?」


「そうだ……。痺れや麻痺、混乱や毒、睡魔…。あらゆる状態異常が含まれる。それに……奴の魔力はクラスAに匹敵する程強力だ………」


『……何故…どうしてこのダンジョンに……。それに、こんな強力な魔力は感じなかったのに……。やはりゲートがこのダンジョン内に発生しているのか……』


このダンジョンの魔力濃度は1,926。ギリギリレベルDのイエローダンジョンの範囲だったはずなのだ。


しかし、それを遥かに上回る魔力を持つモリンシゴーレムが存在するのに、魔力濃度が検知しなかった事への疑問や不安が消えずに残っているのだ。


流れ出たモリンシゴーレムの体液に浸るトロールカレットの足。その足が徐々に変色していく。

直接体液に触れたせいで、汚染の速度が速いのだ。


悶え苦しむトロールカレットは、逃れようと強引に足を引きずったが、一度汚染されてしまえば……、為す術もない。


<ボロッ…ガシャン>


魔光石の屑で出来た足が崩れて横倒しになるトロールカレット。その回りにジワジワと滲み出るモリンシゴーレムの体液。


ドロリと流れ出た体液がクラウディーとアルガロスの方にもゆっくりと流れてくる。


淀んだ黒い霧も微かに立ち上り、クラウディーとアルガロスの身体にも痺れとして若干影響が出はじめていた。



「くそっ…、このままじゃあ……また………」



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