第16話 【 始まりの地 】



<ヒュオオオーオォ……>



 赤黒い輝きが、とある草原に出現した。

この地より、遥かに強い魔力が渦巻く地へと繋がるゲート……。


<バシュンッ>


その中から出て来たのは……エルだった。

赤黒い光が消えていく。


「ん? ここ何処だ?」


なだらかな丘になっている広い草原。


「シルが、始まりの地って言ってたけど……」


ゆっくりと前を見つめ、一つ一つの風景を確認しながら眺めていた。


「……………ここは!?……」


「!!」


突然、焦りながらを振り向くエル。

その目に映った物は………。


『三段石!!』


<ドクン>と激しく波打つ心臓の音。脈拍が上がり、呼吸が早く激しくなる。


「ハァハァッ…ハァハァハァ」


エルは三段石に手を付き、力無く寄り掛かる様にもたれていった。


「クッツ……ハァハァッ…ハァハァハァ」


胸を押さえ、掴みながら崩れ落ちていく……。


『こ、この場所……カサトスやラミラ……他の仲間達が死んだ場所だ……』


悲惨な光景が蘇り、心が押し潰されるエル…。

未熟な身体に収まりきらない負の感情が……爆発しているのだ。


【 大丈夫か? エル 】


久しぶりに聞くだみ声。懐かしいと言うには短すぎる時間だったが、聞き馴染みのある落ち着く声。


「モ、モサミ! 目が覚めたんだね」


「ぐふっ…」


心の悲鳴を上げながらも、モサミを気遣っているエル。ひざまずき、三段石に手を掛けたエルの背中は……涙を流し……声無く震えていた。


『帰って来たよ……苦しかったね……痛かったね……助けられなくて……ごめんね……………』


『【 ………心が……潰れそうじゃ……… 】』


モサミスケールは何も言わず、澄んだ空を眺めていた。



 優しい風が草原の葉を揺らし、緑豊かな香りをエルへと柔らかく運んで行く。

優しく……包む様に……エルをいたわる様に……。


『……有難うシル』




「おーい、後もう少しだからな!」


そんな声に気付き、エルは顔を上げた。

声がする方を見ると、輔祭達や強そうなハンター達に連れられて歩く、沢山の若者達が見えた。

久しぶりの……人間だ。


『! もしかして……もう丸一年経ったのか………』


その場から離れ、物陰に隠れて様子を伺うエル。


『……やっぱりそうだ。成人の儀』


<ブオーン>


エルは両手を下に向けながら広げ、回りの状況を確認している。

三段石を中心に、半径5キロ圏内に強い魔物が居ないか、ゲートが発生してないか確認しているのだ。


「うん! そうだろうな。この地方はやっぱり安全だ」


そう言うと、エルはその場から姿を消した。




 輝く太陽の恵を受ける大地。蒼々とした草原に、心地いい風が吹いている。その風はサラサラと草の上を滑りながら、なだらかな丘を駆け上がっていく。


<ブワッ>


ふわり舞い上がる草木の葉。その先に幾つもの建物が見えた。身体に染み付き、人生の一部でもある見覚えのある景色。


ここはエルの帰るべき故郷、優しい人々が集まる小さな村、ナノーグ。

エルはなだらかな丘の上に立ち、小さく笑顔をつくって眺めていた。


『帰って来た。長かったけど、やっと』


<ガササッ>


少し離れた所で不自然な音がする。エルは音がする方へと顔を向けると……お墓の列が見えた。

そこに……、幼馴染の家族の姿が………。


『カサトス、ラミラの家族!』


一歩前に出て小さな笑顔を作ったが……、声をかけようとするも……、何故か身体が動かない。



“ 自分だけ生きている…… ”



突然そんな言葉が頭をよぎり、深い罪悪感がエルを襲ったのだ。

どんな顔をして会えばいいのか……、どんな言葉をかければいいのか……。

彼等家族の……、悲痛な叫び声を受け止めれるだけの大きな器では無い事は……自身で分かっていた……。


目を細め、背を向けて歩き出そうとした時………、


<ドクンッ>


エルの目に……両親と妹の姿が映る………。


<ドクンッ>


暗く…声無く歩く家族を見て、今直ぐにでも会いに行きたかった……。皆を抱き締めたかった……。

しかし……後退りするエル。


生きてる姿を見せたら喜んでもらえるだろう。でも……な自分がまた死んだら……再び同じ苦しみを与えてしまうかもしれない……。


答えの出ない深い苦悩が、今にもエルの心を押し潰すかの様に重なっていく。


2歩…3歩……と後ずさり……、


『…………………………』


目線を反らし、悲しい目が足元の蒼い草原を見つめている。そして……、家族に背を向け……歩き出した。


【 ……会わなくていいのか? 】


不安定な心で決めた事を……モサミスケールは改めて問いただしているのだ。


「…今は……、まだ無理だよ……」


「今は……」


【 ……… 】


モサミスケールはそれ以上言葉を続けなかった。

自分で決めた事……正しくとも、間違っていても………エルが決断したのであれば、それ以上言葉を掛けないでおこうと………。



<ヒュオオオオー>



 日が傾きかけた午後の空。雲の流れが少し速く、風もいつもより速く走っている様だ。

エルは森林近く、丘と草原の間の道を歩いている。

少し整備された比較的広い道で、交易、交流が盛んに行われている事を伺わせる。

稀に商売人が大きな荷物を荷馬車に積み、ゴトゴトと道を行き交っていた。


トボトボと力無く歩くエル。


【 ……何処へ向かっとるんじゃ? 】


「…分からない」


「分からないけど……、生きて…強くならなきゃ」


遠くを見つめ、不安な表情を浮かべるエルだが、生きる為の “ 器の強化 ” と言う目的は、ハッキリしているみたいだ。


【 大きな街はどうじゃ? 気分転換にもなるし、強く成るための修行にもなるだろうし 】


とエルの頭の上で、指を指している。その方向を見ると木で出来た看板が有り、周辺の簡単な地図が書かれている様だった。


エルは寂しそうに笑う。


「そうだね! 見て見よう!」


ギュッと拳を握り、気持ちを切り替えて道が重なる所に置かれている地図を見に行った。


道案内の看板も出ている。其々の方向に矢印があり、街や村の名前が書いてあった。

エルは地図を眺めている。


「凄く遠いけど、まずはこの辺りで一番大きなバルコリンへ行って、ハンター管理局で登録だな!」


「俺の弱さが分かれば、何からやって行けばいいか分かるかもしれないし!」


【 そうじゃな! 】


「何日か野宿しながら、バルコリンへ向かおう!」


エルはそう言って、矢印が示すバルコリンの方へと歩いて行った。





<ゴウオオオー………>



 バルコリン郊外の森の中。

洞窟…魔力の波と風が岩盤に当たり、こもる様な音が響き渡るとあるダンジョン内………。



<ドカッ>


「うわっ」


若い少年が、誰かに蹴り飛ばされている。

その少年を見下ろす様にして、数人の若いハンター達が罵声を飛ばしていた。


「邪魔なんだよ! どけよ!!」


「本当に、役にたたねー奴だな!」


茶褐色のバサバサ髪に茶色の瞳。蹴り飛ばされた少年は、片膝を着きながら身を起こして、男達を睨みつけた。


「な、何すんだよ!」


そんな言葉に、一人の男が指を指しながら苛立ちをあらわにしている。


「誰だよ!? こんな弱っちい奴入れたのは!!」


「クラスFなんか入れても、役にたちゃしねえ」


「な、何だと!」


バサバサ髪の少年は、立ち上がりながら言葉を発するも、相手は複数人でこちらを睨んでいる。


「ほらっ。もう戦わなくていいから、お前は今から荷物持ちだ!」


と自分達の荷物をバサバサ髪の少年に投げつけた。

そんな男達の行動に強い不快感を持つ少年。


「……っくっ」


「ば、バカ言うな!! お、俺は…魔物を倒して……」


その言葉を聞いた男達は、さらに苛立っていく。


「倒せてねーから言ってんだろぉ!」


「ハンター学園にも行けねー貧乏野郎が! 基本がなってねーんだよ! 基本が!!」


「な、なにぃー!!」


バサバサ髪の少年は、拳を作るも言い返す事が出来ずにいた。


「荷物持ちしないんなら、出てってくれよ! そんかわり当然報酬は無しだぜ!!」


「アハハハハ!!」


甲高い笑い声が響き渡る。罵声を浴びたバサバサ髪の少年は……、歯を食いしばり男達の荷物を………、集めていた。





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