第14話【 炎の巨人スルト 】




<ブゴオオオオーオォ>



 漆黒の胴体に炎をまとい、バチバチと周辺の木々を燃やしながら草原へと歩み出る。

回りの空気も熱っせられ、闇に乱れ舞う炎と草原の草。


<ゴオオオオー>


<ドスーン、ドスーン……ドスーン………>



凝視しながら驚く………エル。


目の前の出来事に強烈な衝撃を受け、見開き睨む目からは、憎しみがにじみ出ていた。

そして…逃げ惑う記憶が蘇る。恐怖と絶望に追い込まれた……そう……この場所で………。


『……こ…こいつ……、あの時の!!』


何故か恐怖は感じなかった。これ迄の経験が身体を…心を強く……感じなく………。

エルは身構え、短剣を抜こうとグリップを触った。


【 エル、待て!! 】


<ゴオオオオー>


ドラが前に出て来て、エルをさえぎる様に手を伸す。

炎が燃え盛る音と振動が、草原一帯に響き渡る中、

ドラが炎の魔獣を見上げながら目を細めた。


【 炎の巨人、スルト 】


「スルト?………」


【 こいつは有体を持った精霊で、エルをここへ連れてきた張本人だ 】


「……は? ええ??………」


言葉の単語は分かるが、理解が出来ない。

エルの身体を焼いた魔物……。目の前の巨体が……精霊?


「ど……どう言う事だ? 連れてきたって……。俺は逃げ回ってただけなのに……」


スルトが燃え盛る大きな顔を、エルに近付けてきた。


<ボウッ>


「っうっ」


<パチパチ>と炎が弾ける音と、瞬きする時に<ボフゥ>と音が鳴る。


【 ……燃えない…… 】


「えっ?」


<バヒュンッ>


突然光の渦がスルトを包み、小さくて漆黒の丸い物体に変わった。そして…プカプカと浮いている。


【 どうなってんのか?どうなってんのか? 】


【 なーなー、どうなってんのか? 】


似つかない言葉を発しながら、エルの回りをグルグル飛び跳ねている。そして、ジロジロと不思議そうに観察していた。


小さくなると普段は黒いままだが、気持ちが高ぶり動き回ると、炎が出て後を付いて来るみたいだ。

ドラが動き回るスルトの頭をムンズと掴み、エルの前に持っていった。


【 スルト、説明しろ! 】


【 オッス! 了解か? 】


頭を捕まれながらそう答え、笑顔で敬礼するスルト。ドラが手を離すと、一度クルリと回転し説明しだした。


【 ぼくちん、旅行が好きだよね? ね? 】


「は? えっ? 知らないけど…」


【 それでエルを見つけたんだろ! 】


「ん? どう言う事?…」


【 中にあったから連れて行っただろ! 】


「な……何の事だよ…全然わかんねーよ」


困惑しているエル。以前、身体を焼かれた悪魔の様な相手から「ぼくちん」とか可愛らしい言葉が出てきたり、それに内容が全く分からないのだ。


そんな会話を聞いていたドラの表情が……苛立ってる様に見える。


【 だからぁ、行ったから見えたのか? 】


<ドガーン>


ドラに思いっきり殴られ、地面にめり込むスルト……。


【 分かんねーんだよ! おのれの説明は!! 】


苛立ちMAXで、魔物の様な狂気を見せるドラ……。

巨大な霊力を持つ世界樹は、本来弱者の拠り所なのだが、ドラは一味違うみたいだ……。


【 ハァ…オレが説明するよ…… 】




 見上げても、星が見えない夜空の様な闇。

魔力が渦巻く空から、稀に黒光りする軟体の物体が漂う大陸へと落ちていく。それはデーモナスヴロヒと呼ばれ、触れると魔物でも破壊される程の強力な魔力を帯びている塊。これは漂う大陸の魔力の保持にもなっていて、精霊達の間では、防ぎようの無い魔の雨と認知されていた。


そんな空を忌み嫌うドラが、遠くを眺めながらエルに語りかけてきた。


【 スルトは色んな土地を巡るのが趣味でね。別の漂う大陸や下界の色んな地域とか。その時に、偶然霊力が見え隠れする幼き頃のエルを見つけたんだよ 】


「幼き頃!?」


【 そう、10年くらい前の話しさ 】


エルは驚いた。一連の出来事が最近の事だけでは無く、昔から続いてる一部分に過ぎなかった事に。


【 その報告があってから、年に一度でいいから様子を見る様に伝えてたんだ。霊力を持つ罪深き人間の存在は…今まで一度も確認されて無いないからな 】


【 そして年月が経ち、変化の無いまま儀式を迎えた。エルの成人の儀で魔力の祝福を受けたらどうなるのか……注意深く見て来いと…… 】


【 その時だよ。スパラグモスゴリラに襲われたのは 】


「スパラグモスゴリラ? 三段石広場に出て来た魔物の事か?」


【 そうだ 】


辛い出来事が蘇る。幼馴染の……カサトスとラミラ………。一緒に遊んで、喧嘩して……共に成長して……。一緒に歩んで来たのに……。この先も、ずっとずっと一緒に歩むはずだったのに…………。


【 エルが殺される直前に、スルトが咄嗟の判断でこの地に飛ばしたんだ。そして、魔物からエルを守りながらオレの所迄連れて来た 】


「守りながら!?……」


『 !!そうか…違和感はこれだったんだ……。追いかけてくる見えない魔物の悲鳴……。俺から離れた所に落ちる炎…… 』


【 しかし……その時…エルの身体から霊力を感じる事が出来なかったから、オレはスパラグモスゴリラがいる元の場所に戻そうとしたんだ……ゲートを作ってな 】


「あっ! あの時のブルーゲート……」


【 でも……長年エルを見てきたスルトは諦めなかった。エルを炎でゲートの上を飛ばし、オレに叩きつけてお前を燃やしたんだ……エルへの……ショック療法みたいなもんだよ 】


【 燃えて命が無くなるその時まで霊力を感じ取る事が出来なかったら、そのまま死んでいただろう。 本来、スパラグモスゴリラに襲われて死んでいたんだからな 】


【 オレは何も起こらないと思った…。既に骨まで消えかかっていたから。しかし……消えて無くなる直前に……微かに輝いたんだ 】


【 そう……とてもあたたかい霊力でな 】


自身を襲おうと、殺そうとしていたと思っていた相手が……スルトと言う精霊に見守られ導かれた事に、驚きを隠せないでいた。


【 だから、ユグ姉に送ったんだよ 】


「……そ…そうだったのか………」


事実を突きつけられた驚きと戸惑いが…深く、深く

心を締め付ける。複雑に絡むそれぞれの思いが、今のエルを作り上げていた。


頭の上で寝入っているモサミ……。地面にめり込んでるスルト……。それにユグ、ドラの世界樹………。皆の…立場の違うそれぞれの思いをのせて、エルは大地に立っているのだ。



<ヒュオオオ━━━ッ>


 遠くの暗黒の空から、デーモナスヴロヒが風の影響を受けず、真っ直ぐ、ゆっくり落ちていく。

広い草原と雄大な世界樹。その根の近くにエルとドラが丸太に座っていた。


その前で、焚き火と嬉しそうに戯れるスルトの姿がある。火で炙られた枝が<パチン>と弾けると、その都度【 やるんだな? 】【 おうっ! きたのか? 】【 ん? どうするのか? 】と声をかけ、遊んでいるようだった。


「スルト、ありがとな!」


眉を下げ、少し寂しげにそう伝えるエル。

幼馴染を亡くした悲しみと、ここまで導いてくれて有難うと思う感情が、複雑に絡み合っているのだ。


【 ボクチン恥ずかしいのか? 】


【 隠れたんだろ! 】


……と、相変わらず意味は分からないが…何となくスルトの思いが伝わって来た気がした。

ドラは、そんな二人を小さな笑顔で眺めていたが、ゆっくりと天を仰いた後、直ぐ真顔になる。


【 ……エル 】


「ん?」


【 この地に来てから……もう半年経つけど、まだオレを超える事が出来ないよな 】


と、またいたずらっぽく笑うドラ。


「ハァ? 当たり前だろ! 世界樹を超えられる訳無いじゃないか!!」


手足をバタバタ動かしながら、抵抗出来ない相手に抵抗している……。


【 ユグ姉からの指示で、魔力だけで下界の何処に行っても通用する力をと……そう思って訓練してきたけど…… 】


【 お前は既に、その力を手にしてるんだぜ 】


思いがけない言葉。だが、どう甘く考えても回りの精霊達より劣るし、皆の足を引っ張ってるのも分かってる……。いつものように小馬鹿にした冗談か、はたまた心にも無い言葉を吐き捨ててるのか……。


「えっ!?またまた〜。お世辞なんて似合わないぞ!」


<パコン>


「…っいつっ……」


【 手にしているにも関わらず、強い魔力や霊力が出せないのは…何が原因なのか…… 】


「……」


いつになく真面目な話…。ドラは世界樹としての経験を踏まえ、また、ユグから聞いた事等を深く沢山考えた様だが確かな原因が全く分からないみたいなのだ。


【 これはオレの考えだけど、与えられた力はあくまで道具で、その道具を扱うには……やはり経験と……心、身体の成長が重要なんじゃないかと思うんだ 】


【 本来、魔力と霊力は打ち消し合い、消滅するから考え方は単純だけど、エルの場合は全てが当てはまらない。とても不安定な状態なんだ…… 】


【 不安定な状態だと……自滅するかもしれない 】


「えっ!? 自滅??」


ドラは確信は無いが、力の” 打ち消し合い “ が少なからず起こっているんではと考えているのだ。

だから、魔力、霊力の力が効率よく出されていないのではと。


その小さな打ち消し合い状態が “ 今 ” は続いていると考えている。それを安定させ継続し、打ち消し合いが無い状態に高めていく為には……と色々知恵を絞っているのだが、これといった妙案無く時間だけが過ぎていたみたいなのだ。


『【 この漂う大陸では…必ず生死が付きまとう。こんな中では、エルの心と身体が成長する前に……… 】』


不安や心配と言う言葉が似合わないドラだが、自身が関わった罪深き人間の行く先は、やはり気になるのだ。



【 土台となる土…器の強化の為………

      堕りる時が来たのかもな…… 】



ドラはエルを見据え、背中を押す様にそう言葉を置いた。

エルの表情が、驚きから喜びに変わっていく。


「!………それって!?」


【 そろそろ下界の…… “ シル ” の元へ 】


ドラは立ち上がり、エルから一歩下がった。

エルは嬉しくて舞い上がり、ドラの行動に気付いていない。


<ブオンッ>


エルの座っている足元が青く光り、ブルーゲートが出現した。


思いがけない言葉が突然出て来たのと、兼ねてから望んでた自分の世界へ帰れると言う思いが強く、回りが見えていないままだ。


「や、やったー!! 戻れるんだ━━━━!!!」


「っん? シル? 何それ?」


「ん? あれっ? 光ってる!?」


ドラはエルを見下ろしながら、笑顔で軽く手を振っている。


【 シルはオレの妹、下界の世界樹だ 】


「エ━━━━━━━━━━━━━━━━ッ」



<バシュンッ>




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