海田電機の強山さん

クロノヒョウ

第1話



 ここは大手家電量販店をも経営する海田電機の本社のビルの中。


 製品を企画、開発し、いよいよ世に送り込むという前に通らなければならない最後の難関。


 それはその製品の強度や性能をテストする一人の男、海田電機の壊し屋と呼ばれている強山ごうやまを乗り越えなければならないということであった。


 そんな強山のもとに一台の小さなロボットが運ばれてきた。


「なんだ、誰かと思えば海田電機の超エリート開発者、大金おおがねじゃねえか」


「よっ強山、俺の自信作だ。よろしく頼むぞ」


 強山は重い腰を持ち上げ、その小さなロボットの前に立った。


 一見するとどこかで見たことがあるような子どもくらいの大きさのロボットなのだが、額にはファンヒーターと書かれている。


「ほう、ずいぶん奇抜なデザインだな。なになに、『どんな寒さにも負けないで使える暖かさ』だと?」


「ああ、これは未来型ファンヒーター。超高性能AIを搭載しているからどんなに寒くてもすぐに暖めてくれるのさ」


「超高性能AI?」


「温度や湿度はもちろんだが、家主の人間の情報を素早くスキャンすることができる。名前、年齢、住所、仕事、収入までの全てをこいつが取り入れて、その人間に合う快適な温度を作り上げてくれるのさ」


「はあ? なんでヒーターに個人情報を教えなきゃなんねえんだよ」


「スマホやパソコンなんかと同じだよ。これからは電化製品を使うにはアカウントが必要な時代なのさ。そうすることでより快適な暮らしになる。会話もできるしひとり暮らしでも安心ってやつさ」


「……まあ、それはいいとして、問題はそのキャッチコピーだな」


「おう、強山、頼んだぞ。どんなに寒くしてくれても大丈夫だ」


「よし、いっちょやってやるか」


 そう言うと強山は早速室内の温度をキンキンに冷やし始めた。


 するとロボット、いやファンヒーターは部屋中を自ら歩き回り、素早く周囲を暖め始めた。


「なるほど、自立型か。よし、こっちだ」


 強山はファンヒーターを巨大な冷凍室へと案内した。


「ここならどうだ」


 強山と大金は寒さに震えながらファンヒーターを見守った。


 ファンヒーターは二人の周りをぐるぐると素早く歩き回りながら暖かい空気を送り出してくれた。


「充電式か?」


「充電でもいいしコンセントでもいい。まあ、どちらも少々電気代がかかるがな」


「電気代か……こいつの価格設定は?」


「一体二千万ってとこかな」


「はあ!? お前、正気か?」


「正気だよ。見てくれよこの機能。ただのファンヒーターじゃないんだぞ。未来型だ。お前も体感してるだろう? これさえあればどんな寒さにも負けない」


 強山は冷凍室の温度をどんどん下げた。


「現在室内はマイナス百度。まあ、最強寒波でもマイナス六十度くらいだったからこれに耐えられるなら上等だろう」


「そうだろう? どうだ強山」


「はっはっは。大金、俺の異名は知ってるだろ」


「あ? 海田電機の壊し屋?」


 そう言われ強山は大金とファンヒーターと一緒に冷凍室の外へ出た。


「お、いたいた、金無かねなしさん!」


 強山は冷凍室の外にいた清掃員のお爺さん、金無さんを呼んだ。


「はい、お疲れ様でございます」


 金無さんは二人のもとへ近寄ると丁寧に頭を下げていた。


「おいファンヒーター。お前の家主をこの金無さんに変更だ」


『……ヘンコウシマス』


 ファンヒーターは金無さんの前に立った。


「おやおや、かわいらしいロボットですな」


 金無さんが優しい笑顔でファンヒーターを見ていると、ファンヒーターは突然足をバタバタとバタつかせた。


『ニンショウ、デキマセン……ニンショウ、デキマセン……』


「おい、どうしたファンヒーター」


 大金が慌てていると、ファンヒーターはピタリと止まってしまった。


「おい! 再起動だ! おい!」


 強山はニヤリと笑った。


「無駄だぞ大金」


「強山、どういうことだ!」


「おっとその前に、金無さんすみません、どうぞ仕事を続けてください」


「うむ、失礼しますよ」


 強山が金無さんに頭を下げると金無さんはまた掃除にとりかかった。


「いいか大金。こいつは頭のいい未来型なんだろ?」


「ああそうだ」


「だから家主の情報をスキャンして壊れちまったのさ」


「どうして……」


「このファンヒーターは二千万円もする。しかも電気代はべらぼうに高い。年金生活の金無さんにはこいつを買うことは出来ないし電気代も払えない。AIがそう判断した」


「……だからって壊れはしないだろ、普通」


「それはお前のミスだ。『どんな寒さにも負けないで使える』っていうキャッチコピーのな。寒さは温度だけじゃない。ふところの寒さっつうやつにはこいつは勝てなかったのさ」


「まさか……そんなことが」


「ふところの寒さと生活状況、電気代を計算した結果、こいつは頭を悩ませちまってぶっ壊れた。ははっ、残念だったな大金」


「そ、そんなのただの言い掛かりじゃないか! ふところが寒いだなんてそんな理由、俺は納得しないからな!」


 大金は顔を真っ赤にしながら強山の部屋から慌てて出て行ってしまった。



 数時間後、強山の姿は開発部長室にあった。


 大金が部長にクレームをつけたのだ。


「ったく。お前はバカか。大バカか。いや、正真正銘のバカだったな」


 部長の口調は静かなものの、強山を見る目はあの冷凍室よりも冷たかった。


「大金はうちの開発部のエースなんだよ。そのエースがご立腹だ。なんでも非常識極まりない強山なんかとは仕事したくないんだとよ。もう明日から来なくていい。お前はクビだ」


「クビ……ですか」


「あのファンヒーターは新しい未来をもたらすと思わんかね。温暖化の次にくるのは大寒波だ。それを乗り越えるのはあのファンヒーターしかないんだよ」


「……お言葉ですが部長」


「なんだ」


「あのファンヒーターは高すぎます。まず裕福層にしか買えません」


「それがなんだ」


「ふところが寒いと壊れてしまうんですよ? お金を持った人間が買って、もしも破産なんかしたら終わりです。AIが混乱して壊れてしまいます」


「そんなのごく一部の人間だろう」


「大寒波がきてもそう言いきれますか? 世の中はすぐに大混乱をおこします。そうなるとどこにどんな影響があるかなんてわかりませんよ」


「それは……そう、だが」


「だいたいですよ部長。家電というものは一番身近にある楽しくて便利なものなんです。それぞれの家庭に見合うそれぞれの家電。手頃な値段で人がより快適な生活を送るための必需品なんですよ。あんなバカ高い超高性能AI付きなんて誰が欲しがるんですか。AIなんて搭載しなくていい、ただどんな寒さにも負けないというところに特化したファンヒーターで充分なんです」


「ああ……いや……それはそうだがな……」


「AIなんてスマホやタブレットがあれば済む話しじゃないですか。ファンヒーターはファンヒーターらしく、家庭を暖めてくれればいいと思いませんか部長」


「まあ……それも、そうだな、うん」


「あんな金持ちのためだけの商品なんかより、皆が使って皆が笑顔になる商品を作りましょうよ部長!」


「うん……君の言う通りかもしれんな」


「部長……」


「私は忘れていたのかもしれん。なぜこの会社に入ったのかを」


「はい」


「そうだよ、思い出したよ強山くん。私は家電で皆を、家族を笑顔にしたかった。皆を幸せにしたかったんだ」


「だったら……」


「わかったよ。あのファンヒーターは中止だ。君のクビもな」


「部長……ありがとうございます!」


「なぁに、お礼を言うのは私の方だよ強山くん。おかげで目が覚めた。なんとか裕福層を取り入れようとした私の心が一番寒かったのかもしれんな。はっはっは……」


「はは……」



 なんとかクビを免れた強山。


 誰よりも家電を愛する海田電機の壊し屋は今日も開発部の最後の難関としてそこに立ちはだかるのであった。




           完





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