第24話――黒の間

 

 緊迫した場面とは裏腹に流れる穏やかな音楽が、更に部屋の中にいる者の心中をざわつかせる。


 弥玻荃やはうえは言った。


『部屋の突き当たりに、五色ごしきのドアが並べられています。左から順番に、青、赤、黄、白、黒と並んでいて、これは「五色ごしき座玉すえたま」をなぞらえたものです』


「五色の座玉?」


 プードルヘアが眉をひそめながら問い返した。

 弥玻荃やはうえがその疑問に答えるように、解説を始めた。

 

『陰陽五行の、木=東、火=南、土=中央、金=西、水=北を現したもの。存在するのは三重県の伊勢神宮いせじんぐうと、京都府丹後のこの神社のみでした』


 全員何の事を言っているのか全くわからない様子で目を泳がせる。

 必死に頭を巡らせようとする彼らに不意打ちを食らわせるように、


『残り四分です』


 と、天の声は再びカウントダウンに戻った。

 聞いていたプードルヘアが少し顔を引き攣らせながらも余裕を自らアピールする様に、


「……へっ、どうせ、これも……ハッタリだろう……!」


 そう呟いたと同時に、急に頭痛が襲ってきた。

 辺りを見ると、全員が頭を抑えている。


『言ったはずです。と。徐々に、その過程が進行していることをお忘れなく』


 その途端、全員がまばらに慌てた様子で立ち上がった。

 

 そんな中、銀ジャンパーを着た茶髪のモヒカンヘアの男が、他を置き去りするように真っ先に駆け出して行った。


「……! おい!」


 その姿を見た白人青年は、すぐさま焦った様子で彼の後を追いかけた。

 しかし、その差は縮まるどころか、みるみるうちに広がって行く。


 モヒカン頭の一之瀬崇いちのせたかしは、元陸上選手だった。


 高校インターハイでも、優勝争いをするほどの。

 非公式だったが、練習では、百メートル09秒台を記録したこともある逸材だった。

 やはり、稀に存在するのだ。


 天才というものが。


 彼は特にこれといったトレーニングや、練習を全くと言っていいほど積んでいなかった。

 それでも09秒台を出せてしまうのだから、生まれ持った天賜の才というしか他ない。


 ただ、やはり、天は二物を与えぬのか。


 如何せん、


 高校在学中も、地元の暴走族と仲が良く、恐喝まがいのこともやっていた。

 ある時、それが学校にバレて退部を余儀なくされ、学校にもいづらくなり、結局は退学へと追い詰められた。

 そこからは、半グレ人生まっしぐら。


 しかし、まさに今、この瞬間、その才能が如何なく発揮されたのだ。

 という使命を遂行するために。


「待て! ……クソ!」


 白人青年がリュックを背負ったまま脇目もくれずに全力で後を追った。


 モヒカン男は、黒いドアの前に辿り着いた。


 やった。

 ミッション達成だ。

 自身の命は救った。

 後は、自分の知る所ではない。


 そして、迷わずそのドアを開けた。


「待て! 安易に踏み込むな!」


 四秒後くらいに白人青年は辿り着き、ついさっき閉じられたばかりのそのドアを開けた。


 思わず、目を丸くする。


 まるで空港の管制室のような光景が広がっていた。

 何を操作するのだろう。

 制御装置のようなものが横にズラリと並んでいて、その前にいくつかの椅子が並んでいる。 

 機材の前方には、空港さながらのいくつものモニターがあり、その向こうはガラス張りで、広々とした真っ白な床の部屋が見えた。

 モニターは入口付近の壁にも設置されていた。


 ふと見ると、モヒカン男がさらに管制室の奥にあるドアを開けて中に入ったのがわかった。


「待て!」


 次の瞬間だった。


 バン! という打ち付けるような音と共に、血飛沫ちしぶきがガラスに飛び散ったのがわかった。


 白人青年は思わず息を呑む。


 ガラスに押しつけられたをマジマジと凝視した。


 これは……。


 さっきのモヒカン男の顔だ。


 目を大きく見開いたまま動いていない。


 よく見ると、大量の血液が地面へとボタボタ流れ落ちている。


 頭部がそのままずり落ちるかと思った次の瞬間、何かに引っ張られるように、その顔が視界から消え、血まみれのガラスだけが目に残った。


“……What is that何だ……今のは……”


 その声で振り返ると、すぐ背後に黄色ジャンパーを着た筋肉質なハンサムボーイが茫然として立っていた。

 よく見ると、隣には亡霊のごとく例のネイビージャンパーの男も立っている。

 相変わらず、その顔は無表情なままだ。


 彼らの背後にまるで隠れるように銀ジャンパーの男性二名女性一名が控えていたが、皆その顔は驚愕し、口が開いたままだ。

 その内の男性一人が我に返るように、


「ひぃっ……! クソ! 入る場所を間違えた!」


 振り返って、必死にそのドアノブを開けようとしたが、鍵がかかって開かない。


『言ったはずです。、もう


 その声で、思わず全員が頭上を見回した。

 管制室らしき部屋の高い位置の壁に据え付けられているレトロな教室を彷彿させるスピーカーから声が響き渡った。


『もう、ゲームは始まっています。あなた達が選んだ部屋は、。すなわち「」です』


「……マッドサイエンス……?」


 キャップを後ろ向きに被った白人青年が眉をひそめる。

 弥玻荃やはうえの穏やかな案内は続く。

 

『日本政府は、極秘にに踏み込み、様々な生物実験を行ってきました。いずれ火蓋が切られるために。そのが、このガラスの向こうで隔離されています』


 血塗られたガラスの向こうを見つめる。

 白人青年は咄嗟に目を細めた。

 床に何か横たわっているのがわかった。


 あれは……。


 死体だ。


 モヒカン男の


 その次の瞬間だった。


 何か黒光りした触手しょくしゅのようなものが伸びてきたかと思うと、動かない遺体にとぐろのごとく巻き付き、瞬く間にむくろは部屋の奥の方へと引きずり込まれていった。


 全員言葉も発せず、そこに佇んだままだ。


 白人青年は必死に冷静さを保とうと唾を呑み込むと、恐る恐るガラスの方へと近づいて行った。

 その向こうの床を見る。


 異様に真っ白な床に際立つように見える血痕が引きずられた跡を追いかけると、部屋の突き当たりが見えた。


 何かが見えた。

 部屋の奥行があり、小さくてよくわからないが、黒い……。


 すると、管制室内の複数のモニターが起動したかと思うと、そのクローズアップされた姿が、いくつもの画面に映し出された。


「……おい……何だよ。これ……」


 入口付近の銀ジャンパーの男女三名の顔は、完全に青ざめている。

 

 地面にピタリとそのが密着しているのを見ると、巨大なのようにも見えた。

 次の瞬間、そのどす黒い甲羅こうららしき隙間からが飛び出してきて画面に迫って来た。


「きゃあぁぁ――!」


 銀ジャンパーの茶髪の女性が甲高い悲鳴を上げた。

 ガラス付近にいた白人青年も思わず身を守るように仰け反った。

 バンという震動とともに、その透明の窓に張り付いたを震えながら見つめる。


 これは……人間?


 いや……。


 よく見ると、その大きく開いた口の中には、まるで大蛇のようなきばが上下に剥き出している。

 すると、その大きな口内からへびのような長い舌が姿を現し、血でけがれたガラスを掃除するように舐め回した。


 白人青年は狼狽しながらも、何かに気づいたように呟いた。


「……これは……」


 すると、彼の心中を察するように 創造主の声が覆い被さった。


『ええ。まさしく。「黒」とは陰陽五行でいうの方角を表します。そこの護りを司る存在であるじゅう。あれは、人類によって生み出された神聖なる最高傑作、「玄武げんぶ」です』


 現実味のないその名称に、七名全員がその場から一歩も動くことができない。

 

 唖然とした彼らを置き去りにして、天の声は、さらに付け足すように言い添えた。


『この部屋の酸素は、二十四時間持ちます。ただし、ここにいる皆さんは、

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