七人のキリスト

須木田衆

第1話――隙間バイト


(みんな俺よりは、陽キャな人生送ってるのかな?)


 送迎バスの中で同乗していた他の人物達をさりげなく見回しながら八郎はちろうは思った。

 見る限り、全員自分より若い者ばかりだ。


 二十代くらいだろうか。

 がっちりとした体格の男性。

 まゆが濃く、目鼻立ちがはっきりし、見た瞬間、男前おとこまえだと誰もがわかる。

 いかにもスポーツができそうな陽キャっぽい。

 スマホに夢中で、他の者には関心がない様子だ。


 その席から二つ開けた後ろの席には、白人はくじんの青年が座っていた。

 座った姿勢でも、小柄こがら華奢きゃしゃな体つきなのはわかる。

 後ろ向きに被ったキャップの脇から金髪色ブロンドの髪がちらついている。

 膝の上にPCを載せて、夢中にタイピングを繰り返し、こちらも車内には興味がなさそう。


 視線を前に移すと、斜め前に座っている男性と目が合った。

 口と顎のひげが綺麗に整い、プードルパーマをかけていて、少しいかつい雰囲気だ。顔つきからして三十代後半から四十代前半くらいか。

 何故か、口元に仄かに笑みを浮かべ、ニヒルな雰囲気が漂う。余裕を自らかもし出すように演出しているのか、はたまたなのか。

 八郎が一番、苦手なタイプだ。


 八郎はさりげなさを装いつつ、視線を一番後方の二人掛けの席に移した。

 バスに乗り込む時に、一番目を引いたのが、その女性じょせいだった。


 灰色のジャケットを羽織って書類をチェックしている。

 マスクをしていて顔は見えないが、二十代後半から三十代くらいだろうか。

 長い髪が肩に垂れ下がっているのが見える。

 派遣会社はけんがいしゃ担当者たんとうしゃなのだろうか。

 明らかにこのバスに乗っているメンバーの中では場違いだ。


 ふと、視線に気づいたのか。

 女性はハッしたように顔を上げた。

 八郎は咄嗟に前に向き直った。

 女性が目を見開き、驚いたような顔をしていたのがわかった。

 マスクに隠れてわからないが、目元を見る限りは美人に見えた。

 

(キモがられたか?)


 キョロキョロしているのが不審がられたかもしれないと、八郎は軽く落胆しつつ、深く鼻で息を吐いた。

 すると、その鼻息に敏感に反応したように、一つ空席を開けて前に座っていた人物が振り返った。


 こちらも女性じょせいだった。

 無表情だが、少し怪訝そうな様子のまま目が合うと、八郎は首が回らないように、今度は視線を足元に落とした。


 先ほどの女性と比べ、見た目は若い。


 二十代か。いや、十代?

 ただ、こちらもマスクをしているので顔はわからないが、小柄こがらなのはわかった。

 髪を後ろにまとめているが、先ほどの女性と比べ髪は短く、ラフな雰囲気で灰色のスウェットパーカーを着ている。


 窓の外を見ると、外は薄暗くなってきており、木々が生い茂っているのが見えた。

 山の中に、現場げんばがあるのだろう。


 「搬入作業はんにゅうさぎょう」は比較的、時給がいい。夜勤やきんなら尚更だ。


 ふと、八郎はガラス越しに視線を感じた。

 そちらにピントを合わせると、窓に映った男性がこちらを見ているのがわかった。

 思わず、首を左横に向けると、通路を挟んだ向こう側の席に座っている三十代ほどの見た目は素朴そぼくな男性がじっとこちらを凝視ぎょうししたままだ。

 ネイビー色の薄地のジャンパーを羽織り、髪型も野暮ったく手入れはあまりしてなさそうだ。


 八郎は戸惑いながら、視線を再び窓の外にった。

 何の変哲もない薄暗い山中の景色だ。


(え……? 俺を……見ている?)


 今度は、少し威嚇いかくの意味を込めてまゆを寄せながら男性に向き直った。

 思い切り視線が合っているはずだ。


 しかし、彼は目をらす気配がない。

 その表情は何を考えてるのかもわからず、不気味なくらいのポーカーフェイスだ。


(……何だよ? 気持ちの悪い奴だな)


 八郎は薄気味悪さを隠しきれず、恐る恐る視線を足元に落とした。

 派遣のスポットバイトだから、いろんな人間がやってくる。


(……関わらない方がいい)


 そう思い、八郎は気持ちを落ち着かせるように目を閉じた――

 

 室岡八郎むろおかはちろうは、全てに疲れていた。


 四十八歳。

 企業向けのネジを売り歩くルート営業マン。

 最初は、「新規」がないからという理由だけで、以前働いていたノルマがきつい飛び込み営業から数年前に転職した。

 確かに前職に比べ、らくだった。

 ノルマもなければ、上司からとりわけ叱責しっせきを受けるわけでもない。

 ただ、取引先は大企業が多かった。

 八郎が勤めている会社は孫請まごうけ会社だから、日常的に明白あからさま見下みくだした態度を取ってくる。

 明らかに八郎より年下の相手ばかりだ。中には、見かけは新卒入社したてのフレッシュマンのような男女社員達に、すれ違い様に露骨に嘲笑あざわらわれたこともある。


 恰幅かっぷくの良い体型の八郎は、内向的な性格だった。

 趣味はこれと言ってなく、接待のために始めたゴルフも上達の見込みがなく、十数年前に止めている。

 唯一の楽しみと言えば、海外ドラマを、配信より遅れてリリースされるレンタルビデオ屋で借りて見る事ぐらい。


 毎朝、かがみで自分の姿を見る度に、深く溜息をつく。

 気づけば知らないうちに、髪の毛は薄くなり始め、白髪が所々に際立きわだつ。


(……何のために、自分は生きているんだ?)


 毎日のように、心の中でそうつぶやくが、死のうと思った事は、たった一度もない。

 

 この物価高の世情にも関わらず、新規開拓営業ではないので月給げっきゅうは二十万円もいかない。

 独身、子供なし。バツゼロ。

 交際したことはあるが、二十代の頃の話で、語れば全てで終わるサイズの話ばかりだ。

 内向的性格のせいか、いかんせん、付き合っても三ヶ月持たなかった。

 ただ、独り身といえど、家賃、光熱費、保険を払いながらのはさすがに厳しい。

 仕事は週休二日だが、土曜日を返上してスポットアルバイトをこなすこともしばしば。


 そんな時、八郎はネットの求人広告で、ある記事を見つける。


『時給二千円。送迎あり。搬出入作業。服装、動きやすい恰好。GパンOK。ロン毛、ピアス禁止』


(時給二千円? 労働時間が八時間だから、……一日、一万六千円いちまんろくせんえんか。これはデカいな)


 光熱費の滞納も溜まっていた八郎は、思い切ってその求人に応募した。


 土曜日の昼過ぎ、面接会場に行くと、ビルの一室を借りた何処どこにでもあるような小じんまりとした派遣会社の登録会場だった。

 手続きを終えると、早速仕事を紹介され、なんと、だと言う。


 案内されるまま、ビル手前に停めてあった送迎用のマイクロバスに他の登録者達と共に乗り込んだ八郎だった―――


「着きました」


 運転手の声で、八郎は目を覚ました。


「ピー」


 という音と共にドアが開いたのがわかった。


 八郎は少し慌て気味に目をしばたたかせ、足下にあったリュックを手にしながら、腰を上げた。

 辺りは真っ暗で、腕時計を見ると、二十三時を越えていた。

 他の者も立ち上がり、ドアに近づいてきた最後方にいたスーツ姿の女性と間近で目が合った。

 手には書類が握られているので、点呼てんこを取ろうとしているのかと思い、こちらから口を開いた。


室岡八郎むろおかはちろうです」


 女性は意味がわからないと言った表情で目を丸くしているだけだ。


(……え? ひょっとして、やらかしている?)


 八郎は、またキモがられたかもしれないという不安をフォローするかのごとく、思わず問いかけた。


「え……? 派遣会社の方では?」


 その言葉に、女性はさらに目を大きくして、無言のまま小刻みに首を横に振った。


(……。これはずい)


 咄嗟に周囲を見回すと、プードルパーマで髭面ひげづらの男が、こちらを見ながらニヤけているのが目に映った。


 目をらすつもりで前に向き直ると、スーツ姿の女性は既にバスから降りていて、八郎も慌てて続いた。

 それと同時に、さっきの男の鼻で嘲笑あざわらうような息遣いきづかいが背後から聞こえ、八郎はモヤモヤした気持ちのままバスを降りた。


 外灯がポツン、ポツンと取り囲む駐車場のような広場。

 辺りは木々が生い茂っている。


 すると、このバスだけではなかったのだろう。

 もう一台の送迎バスが停まっているのが見え、そこからぞろぞろと人が降りてくるのがわかった。

 見ると、全員同じ銀色のジャンパーを着ている。数は十名くらいか。

 

 すると、その中の一人の男性が、大きめの声で呼び掛けた。


「『セヴンクライスト』の皆さん。専用のを着て、こちらへ集まってください」


 『セヴンクライスト』

 八郎が登録した派遣会社の名前だ。

 面接で、担当者に言われた言葉を思い出した。


『現地に着いたら、このジャンパーを着て、現場責任者の指示に従ってください』


 八郎は慌ててリュックの中をまさぐった。

 奥の方に詰め込んでいたので、他の物の隙間からその派手な薄地のジャンパーを引っ張り出した。

 周りを見ると、バスの中にいた者達も思い出したように、かばんからその上着を取り出していた。


 八郎は、くしゃくしゃになったジャンパーのしわを伸ばすと、元々着ている薄地の黒ジャンパーを脱いで、トレーナーの上から、その黄色い蛍光ジャンパーを羽織はおった。


 八郎はふと、怪訝けげんに思った。

 周囲を見回しても、建物たてものは見当たらない。

 

 木々に取り囲まれた中、土がむき出しになった広々とした駐車場が目に映るだけだ。


 すると、銀色のジャンパーを着たさっきの責任者らしき男性が大きな声で言った。

 見かけは、二十代後半から三十代くらいで、こちらも明らかに八郎よりは若い。


「ここから先は、車が入れませんので、私達が先導します。セヴンクライストの皆さんは、貴重品以外は全てバスに残して、はぐれないようについてきてください」


 黄色い蛍光色ジャンパーを着たメンバー達は、全員戸惑いの表情を見せているのがわかった。

 特にスーツ姿の女性はしきりに周りの者達と目を合わせて、歩調を合わせようか迷っている様子だ。


 すると、その者達を尻目に、嘲笑あざわらうようにプードルヘアの男が前に足を踏み出した。


「ボーっと突っ立ってたら、取り残されるぜ。こんな山奥やまおくでよ」


 そう言いながら、ポケットに手を突っ込みながら銀色のグループの後に続いた。

 馬鹿にされたことがしゃくに障ったかのように、少し眉をひそめながらその長髪の女性も後に続くと、他のメンバーも渋々といった様子でついていく。

 最後に取り残される事に焦った八郎は、その外灯で照らされたそのアスファルトの細い歩道に足を踏み入れた。

 後ろを振り返ると、バスは停まったままだ。


 目を細めて見ても、運転席ではドライバーが座ったままなのは明らかだった。

 首をかしげながら前を向くと、先の者達と差が開いていることに気づき、八郎は慌てて小走りで追いついた。


 ほど歩くと、何かが見えてきた。

 全員の足が止まった。


 唖然あぜんとする。

 こんな山の中に、一体、誰が住んでいるのか?


 大げさな門扉の向こうに、まるで中世ちゅうせい彷彿ほうふつさせるしろのような屋敷やしきが、周囲の外灯に照らされながら、浮かび上がるようにそびえているのが見えた。

 敷地内には、芝生しばふが広がっている。


 黄色グループの一番先頭に立っていたプードルヘアの男が驚きの表情を隠せずに、つぶやいた。


「……なんだ、これは? 芸能人の別荘か何かか?」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る