第13話
だから、龍宮王は、自分が妖魔の血に引きずり込まれないようにしているのだと思うようにしていた。
しかし、成長するにつれて他人との扱いが違うことや、自分に厳しすぎる龍宮王に綺羅は苛立ちを超えて憎しみを抱くようになってくる。
だが、父でもある龍宮王に憎しみを抱く自分を恥てもいた。
鬱屈した気持ちを抱えながら綺羅は龍宮王に接していた。
しかし、龍宮王の特訓は訓練場以外でも続く。
訓練後、綺羅は龍宮城の庭で剣術の稽古を行っていた。
ドスンという音と供に綺羅は尻餅をつく。
「いつまで寝ているつもりだ。早くかかってこい」
龍宮王の鋭い声が飛ぶ。
見上げれば厳しい眼差しで綺羅を見つめていた。
「・・・・・・」
綺羅は悔しさから唇を噛みしめると、剣を持って龍宮王めがけて走る。
キーンキーンという金属の音が響く。
しかし、数秒後には綺羅はなぎ倒されていた。
「正面から真っ向勝負の一点張りでは闘えないぞ。もっと頭を使わないか」
「・・・・・・」
そうは言っても子供の綺羅と、百戦錬磨の龍宮王が真剣勝負をすれば綺羅が負けるのは当然である。だが、龍宮王は手を抜くつもりはない。
綺羅はもう一度立ち上がると、真正面から挑む。
それを、龍宮王は舞を舞うように綺羅の攻撃を躱しながら強烈な一撃を綺羅に見舞った。
「・・・・・・」
悔しい。本当はもっと強い。こんな相手に負けるはずがない。悔しい。悔しい。
綺羅は掌に爪が食い込むほど拳を握り締めた。
「殺してやりたい。そう思ったな。何度も。龍宮王を殺してやりたいと」
不意にどこからともなく女の声がした。その声で綺羅は我に返った。
「・・・・・・」
違うと言いたいのに声が出ない。
綺羅は鏡を見ないように目を瞑り、耳を塞ごうとした。だが、瞼を閉じることも耳を塞ぐこともできない。
ただ、浮遊する鏡を見つめることしかできなかった。
何度も瞼を閉じようとしてもできない。それどころか、指1本動かすことさえできない。
これは夢だ。
夢の世界に居るのだと綺羅は感じた。
ならば、目を覚ませばいい。
しかし、身体は重く動かすことができなかった。
「妖魔の血が入った子を置くのは国のためになりません。すぐに追い出しましょう」
別の鏡から声がした。
心が嫌だと悲鳴を上げるが、綺羅は龍宮国の城に居た。
それは綺羅が王妃からお茶に誘われた後のことだった。偶然通りかかった龍宮王の執務室から長老の声が聞こえたのである。
「妖魔の血が入った子を置くのは国のためになりません。王族の血が入っているとは言っても半妖に違いありません」
長老が龍宮王に詰め寄っているのがドアの隙間から見える。
龍宮王は何か言い返しているが、声が小さくて綺羅には聞こえない。
「早く追い出しましょう。どこぞの妖魔と通じているかも知れません」
長老は何かを恐れるかのように進言している。
妖魔は単体で行動をする。だから、スパイなど放たないのに何を言っているのだろう。
そう思って悪口を言う長老を心の中で嘲笑う。そもそも、あの長老は綺羅が扱う青龍や赤龍に
その時は「さすが王族の血を引くだけあって素晴らしい」と言っていたが、やはり嘘だったのだ。
長老の根底には、自分が扱うことができないような大きな龍を子供の綺羅が扱えるのは、綺羅が半妖だからだという考えがあるらしい。
綺羅は長老の進言はもちろん、龍宮王が猛反対しないことに傷ついた。
王妃や望月は綺羅を大事にしてくれる。
一方で、綺羅のことを認めない人間の方が多いことを幼い頃から知っていた。
それでも、すぐに追い出したいほど厄介者扱いされているとは思ってもみなかった。
綺羅は足早にそこを立ち去ると、部屋で泣いた。
そこで急に暗闇に戻される。無数の鏡を目にした綺羅は、ハッと気がついた。こんな嫌な記憶ばかり見ていたくない。
早く目を覚まさなければ。だが、藻掻けばもがくほど身体は重く息が苦しくなる。もう嫌だ。嫌、嫌、嫌・・・・・・。闇の中で綺羅は叫ぶ。
だが、声にならない。
指1本動かせないのである。
夢だと分かっているのに、目覚めることができない。それでもジタバタと暴れようと試みるが、息が苦しくなるばかり。
すると、光の塊が見えた。
「何?」
驚くほど簡単に声が出せた。
目が覚めたのか。
夢の続きなのかわからない。
光はすぐに人の形に変わった。
綺羅は妖魔か、と身構えるが、黄金の妖魔など聞いたことがない。
それに、2匹の龍が眠らされているとはいえ、白い仔龍が反応しない。
金色の髪と瞳の美女が綺羅に向かって歩いて来た。プラチナに輝く騎士服は綺羅と同じデザインである。
「もしかして、黄金龍?」
シアンに封じられているはずの能力が、どうして夢に出て来るのだろう。否、夢だからこそ現れたのか。
「我はお前だ」
黄金龍は告げる。
「お前は過去の己から逃げるのか。そして我からも」
「そんなことないわ」
綺羅の答えを黄金龍が嘲笑う。
「嘘を吐くな。ピックスの見せた過去から目を逸らしたではないか」
黄金龍の声に聞き覚えがあった。
過去を見せられている間に「殺してやりたい。そう思ったな。何度も。龍宮王を殺してやりたいと」と囁いてきた声だ。
「貴方なの。私が龍宮王を殺したいと思っていたとか言ったのは」
「本心だろう。何度もそう思っていたではないか」
「そんなことないわ」
綺羅は必死で首を振る。
「我はお前だ。お前のことなら何でも知っている。お前を排除しようとした長老を憎み、傷つけようとしたことも、お前の悪口を言い避けていた子供達に復讐しようと画策していたことも、龍使いとして赴任した先で、王女としてニコニコ笑いながら依頼相手を蔑んでいたことも・・・・・・」
「もうやめて」
綺羅は耳を塞いで座り込んだ。
黄金龍の言っていることは、ずっと綺羅がひた隠しにしてきた本心だ。聞けば聞くほど自分本位な妖魔の本性が自分の本心に思えて聞きたくない。
そんな綺羅の心を読んだ黄金龍は笑う。
「我や過去の嫌な記憶を封印していたのだろう。過去の記憶も我もお前であるのに」
確かに綺羅は思い出したくない過去を忘れるように蓋をしてきた。だが、それは皆がしていることではないか。嫌な記憶に囚われていたら生きていけない。
「
「どういうことなの!!」
ピックスは髪を逆立ててヒステリックな声を上げる。
ピックスはガラスの剣で吸い取った綺羅の魂を核に、永遠に覚めない悪夢を見続ける夢幻術を掛けたのである。綺羅の夢を操れるのは術を掛けたピックスだけだ。
それなのに、綺羅の悪夢に招かれざる客が紛れ込んでいる。
「なぜ。こんなのおかしいわ」
ピックスは黄金に輝く女を排除しようと試みるが、全く通用しない。
「あの女、何者」
ピックスは美しく整えた爪を噛む。
「術の核に使ったモノを排除できるわけがない」
突然、ピックスの背後から低音の声が響く。ピックスが振り向くと黒ずくめの男が無表情で立っていた。
「お前は・・・・・・。何故だ。半妖のお前が何故その色彩を纏っている」
「知るか」
シアンは無表情で吐き捨てる。
「ふん。半妖のくせに、よく妾の側に来られたな」
ピックスが睨み付けるが、シアンは無表情のまま恐ろしいことを口にする。
「お前がガラスの剣に黄金龍の半身を閉じ込めたせいで、せっかく居なくなった黄金龍が復活するぞ。黄金龍が復活するということは、妖魔王も復活するということだ。余計なことをしやがって」
ホルミンにガラスの剣を与えたのはピックスだった。
その剣をピックスは夢幻術に使っていたのである。
ピックスは肩を振るわせた。
「まさか、あの小娘が黄金龍の使い手だというのか」
「疑うなら自分の目で確かめてみろ。ただし、生き延びられればの話だがな」
「あんな小娘一撃で退治してくれる。黄金龍を手に入れれば妾が妖魔王よ」
不敵な笑みを浮かべるピックスにシアンは呆れた声を出す。
「・・・・・・。忠告はしたぞ」
シアンはマントを翻すと姿を消した。
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