第12話
「うぎゃぁ」
ウシ頭が叫び、血飛沫が上がった。
綺羅は血飛沫を浴びながら斬りつけた部分に剣を突き立てウシ頭を胴体と切り離した。ガツン。鈍い音を立ててウシ頭が回廊に落ちた。
その途端、鋼のようだった肉体が腐り始め、異臭が立ちこめる。
「赤龍」
「良かった。無事で」
掌サイズの赤龍にキスをする。すると、青龍が綺羅を降ろした。
「青龍?」
青龍は水を吐いて綺羅の血を洗い流した。
「ありがとう青龍。青龍も良く頑張ったね」
綺羅は背伸びをして目の下にキスをする。
赤龍と青龍は仲が良い。だが、平等に扱わないと機嫌を損ねるのである。
「さすがお姫さんだな。あっさり決着がついたか」
シアンの声がして綺羅は目を釣り上げる。
「何もしてないくせに。取りあえず異臭をなんとかして」
「頭や胴体はこのままでいいのか」
無表情のまま綺羅に問う。
「聞かなくてもわかるでしょう」
妖魔との感覚の違いに苛立ちが募った綺羅は、顔を背ける。
「終わったぞ。それより、怪我はないか」
「ないわ。疲れたけど」
「だったら回復しないと、
「どうすればいいの?」
まさか、この回廊で寝ろというのか。綺羅が怪訝な顔をするとシアンが鼻で笑った。
「俺の手にかかれば一瞬で回復できる」
シアンは綺羅の頬に手を当てる。すると綺羅の身体からスーッと重さが消えた。
「もう大丈夫そうだな」
「えぇ」
綺羅は狐につままれたような気分だ。
「目的地はもうすぐだ」
「行きましょう」
綺羅は2匹の龍を耳元の六角柱に戻すと、気を引き締めてシアンの後に続いた。回廊を歩いて行くと城の尖塔が前方に見えた。
「もしかしてあそこ?」
「あぁ。あそこに夢幻迷宮の主が棲んでいる
「誰が主なの?」
知っていることは事前に聞いておかなければ闘えない。綺羅はシアンが側にいるうちに知っていることは全部吐かせようと考えた。どうせ闘いになったら姿を消すのだから。
「ピックスという妖魔だ。夢や幻を操る。俺ほど有能ではないが、夢や幻の術はかなり厄介だな」
「そうね」
夢、と聞いて悪夢を見るようになったのはグリフォンに襲われてからだと気がついた。もう、すでにピックスの術にかかっていたのだと綺羅は気がついて、ゾッとする。こんなにも容易く敵の罠にかかっていたのに、闘えるのだろうか。
「おや、お迎えが来たようだな」
シアンが前方から来る敵が見えるようにスッと右側に身体を引く。
「・・・・・・」
綺羅の目の前にここまでに退治した、グリフォンやネズミ頭、ウシ頭が現れた。
「惑わされるな。ただの幻影にすぎない」
シアンはそう言うと姿を消そうとする。綺羅はシアンのローブを捕まえる。
「こんな所で無駄な体力を使っている場合じゃないわ。消して」
綺羅が必死で訴えると、シアンは腕組みをして少し考えた。
「・・・・・・。それもそうだな」
シアンがパチンと指を鳴らす。すると、グリフォンやネズミ頭、ウシ頭はあっけなく消えた。
「貴方、どれだけ強いのよ」
「言っただろう。俺は万能に近いと」
何度言わせるのだ、と呆れるシアンをよそに綺羅は、尋常ではない能力の高さに改めて自分と行動を共にしていることに疑問を感じた。
だが、今はそれどころではなかった。
「入るぞ」
「・・・・・・。えぇ」
ピックスの住まいは白亜の城だった。門をくぐり玄関ホールを入ると大理石の床に、壁と天井にはフレスコ画、大理石と金の装飾に覆われた柱。マホガニーの扉。シャンデリアは10段ぐらいありそうで、豪華絢爛な城を見慣れている綺羅でも呆気に取られた。
しかし、シアンはそう思わなかったようで、「悪趣味だな」と一蹴する。
その時、綺羅の耳に音楽が聞こえた。
「向こうから音楽が聞こえるわ。行ってみましょう」
綺羅とシアンは音のする方に向かう。
いくつもある扉の中でも一際大きな扉を開けると、死臭が立ち込める広いダンスホールに出た。
金色の柱に鏡張りのダンスホールには豪華なシャンデリアやランプ、ソファーやテーブルなどが並んでいる。その奥からは華麗な音楽が響き、中央では色とりどりの衣裳を纏った人々がダンスを踊っていた。だが、目を凝らして見ると人々の顔は土色であり、腕や足がおかしな方向に曲がったまま演奏やダンスをしている。
永遠に終わらない舞踏会。
異様な光景に綺羅は嫌悪感を抱いた。
「酷い」
綺羅は怒りを押さえるように拳を握る。
ダンスホールの奥には、一段高い玉座があり優雅に座る妖魔がいた。
「誰だ。
突然、朝焼けの紫の色彩を纏う妖魔が綺羅の前に現れた。
「お前がホルミンを殺した龍使いか。嬲り殺しにしてくれる」
妖魔の長い髪が逆立ち、ダンスホールに竜巻が起きた。
操られていた人間達がバタバタと倒れる。
「じゃあ、貴方がピックスね」
綺羅は剣を抜いた。
「それにしても、ブサイクだな。可哀想に」
ピックスは鼻で笑った。
「ここに連れて来た人達を元の暮らしに戻すわ」
「冗談じゃない。アレは妾のもの。お前に奪われるものか」
ピックスの口が大きく裂け、目が吊り上がった。
「赤龍、青龍」
綺羅が呼ぶより早く2匹の龍が現れた。
「まさか、こんな龍を・・・・・・」
小柄で若い綺羅が大きな龍を2匹も従えていることに驚いたピックスに隙が出来た。綺羅は姿勢を低くするとピックスの脇腹を切った。
「うぐっ。このブサイクめ」
ピックスは綺羅を捕まえようとするが、それを阻むように青龍と赤龍が現れピックスに火や水を吐く。
「邪魔な龍め。お眠り」
ピックス妖艶な笑みを浮かべ、蠱惑的な声で囁くと2匹の龍は眠ってしまう。
「青龍、赤龍」
「龍の心配をしている場合かしら。龍使いなんて龍がいなくなればただの人間」
ふふふっと笑うピックスから綺羅は距離を取る。
すると、ピックスは突然ガラスの剣を綺羅に突きつけた。
ホルミンが綺羅の胸に突き刺したガラスの剣である。
「なぜ・・・・・・」
持っているのか、という問いが声になることはなかった。
綺羅はピックスから放たれた闇に1人、飲まれてしまったのである。
綺羅が目を開けると闇の中を浮遊する無数の鏡が漂う空間だった。
否、ただの鏡ではない。
鏡には、在りし日の綺羅の姿が映っており音も聞こえる。
そう、鏡は綺羅の記憶の欠片なのである。
呆然と周囲を見回す綺羅。
不意に目の前に現れた鏡から声が聞こえた。
「そんなことでは、いつまで経っても一人前になれないぞ」
険しい龍宮王の声が聞こえ、綺羅の心臓がドクンっと跳ねた。
その刹那、綺羅は龍宮国の訓練場に居た。龍宮国では、龍宮王自らが龍使いを目指す子供達を訓練する日がある。綺羅は青龍と赤龍を使うことはできたが、白い仔龍の能力すら理解できずにいた。そのせいで、白い仔龍は綺羅の言うことを聞いてくれない。
「もう、白龍。出てきてよ」
綺羅が呼びかけても白龍は反応しない。
あるいは、出て来てもすぐに耳元の六角柱に戻ってしまう。
「綺羅。白龍は何が得意な龍だ」
白い仔龍に振り回されている綺羅に龍宮王は問う。
「・・・・・・。わかりません」
「そんなことでは、いつまで経っても一人前になれないぞ」
龍宮王は綺羅を叱責する。
「もっと努力をしないか」
「青龍や赤龍は扱えます。他の子達は誰もあんなに大きな龍は扱えないわ」
勝ち気な綺羅が言い返すと龍宮王は綺羅の頬を打った。
「調子に乗るな。天から授かった仔龍を大事にできない奴は龍使いになる資格はない」
龍宮王は他の子供に手を上げたりはしない。だが、綺羅には厳しかった。
龍宮王は事あるごとに「努力が足りない」「忍耐が足りない」と、綺羅を叱責する。
綺羅はその理由を自分に妖魔の血が入っているからだと思っていた。
それでも、綺羅は龍宮王に憎まれていると思いたくなかった。
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