第18話 (長め)適当な人材を適切な場所へ
期待の新人オズに、記念すべき一発目の依頼をしていいかい。と開拓者の長は言った。いきなりだなとは思ったものの俺も素直に頷く。
「先に断っておくと」
覗き込むようにリルフィールドさんは俺を見た。茶化したような物言いとは裏腹に、強い眼差しだった。
自然と俺の左手が微かに反応する。
「今から依頼することはクラス2どころか、開拓者になりたてのオズくんには不相応なことだ。しかし一定の安全を確保したうえで、我々は君に引き受けてほしいと思っている」
「……なぜでしょう?」
それはだねぇ、と勿体ぶるようにリルフィールドさんが溜めようとすると、横でユーテリアさんが「私達はお願いする側ですよ」と咎めた。
「すまんすまん。言ってしまえば、適材適所だよ。いや、適材か否かを判断する試金石かな」
未だ依頼の内容に触れてくれないことにやきもきするが、一先ず目の前の組合長の言葉を咀嚼してみる。
「本来初心者には荷が重いけど、自分に向いていそうな依頼を振ってどれくらいやれるか見てみよう、ということで合ってますか?」
「おお、まさにその通り! さすが二十五歳ともなると仕事というものを知っているね!」
満足気に頷くリルフィールドさんを尻目に俺の目は冷たくなる。
トップ直々の依頼というのは光栄な話なのかもしれないが、いかんせん来たばかりの俺は社会的身分の尊さに
「内容にはまだ触れてないけど、どう思う?」
「―いやだなあ、という気持ちくらいですかね」
忖度するのも面倒なので率直にそう伝えると「ひっ」という声が隣から漏れる。斜め向かいのユーテリアさんも面食らったような顔をした。
―その瞬間
「うははっ! だよなぁ!」
耐えきれんとばかりに呵々と笑ったのは、当のリルフィールドさんだった。
「やー悪い悪い。こういうのは若者だと思った通りに進んでくれるんだけどな。オズくんはそうじゃない。いやー、ますますイイね」
ひとしきり笑った後、「改めて伝えようか」と姿勢を正したので、それに倣って俺も背筋を伸ばす。
「オズくん。君の力量と贈装の能力はセントロから聞いている。彼が有無を言わずクラス2に推薦したんだ。それだけで推して知るべしな訳だが」
「ありがとうございます」
「うんうん。―今回の依頼だけどね」
と、唐突に依頼の話になったので今度は俺が面食らう。
「隣の街からの討伐案件なんだ。魔獣討伐、オズくんやったことあるかい?」
「……いえ、ないですね」
「ふっふ。なんかそんな気がしたよ」
俺の返答にリルフィールドさん以外は驚いていたが、気にせず彼は説明に戻る。
「魔獣討伐は開拓者のメインな仕事と言っても過言じゃない。開拓者という名前の由来はそのまま、未開の地を切り拓く者たちのこと。知らない土地に踏み入ってたらいやに好戦的な獣と出くわすんだが、その頃の開拓とは生きるための作業と同義。逃げ去る訳にもいかず戦って人間の住める土地を広げていったってのが最初なんだ」
成程であり、且つありそうな話だった。
「だから開拓者と魔獣討伐は切っても切れない関係なんだが、魔獣も多種多様でねぇ。今まで十種ほどしか生息していないとされていた地域から、ふとした瞬間に新しい魔獣が出現することがある。今回もそうだ」
「新しい魔獣が出てきたってことですか?」
「いや、違う」
話の流れを読んだ質問を即座に否定されて、俺は虚を突かれる。
「魔獣とはつまり『獣』だよ。しかし今回目撃されたのは二足歩行の人型。そういう類は魔獣とは言わない。 ―『魔人』と呼ぶんだ」
ゆっくりと前傾姿勢になったリルフィールドさんは、俺をじいっと見つめる。
「目撃情報のあった『魔人』。こいつの事実調査および、可能であれば討伐をオズくんに依頼したい」
なぜ俺に、という質問をする前に、リルフィールドがさらりと付け加えた。
「あ、ちなみに隣のミリアが引率で付いてくから」
「へ?」
気の抜けた声が喉から鳴り思わず横を向いた瞬間、幼さの残る受付嬢とばっちり目が合った。
――
「えーと、ミリアさんって受付嬢ですよね」
容姿が売りの、という言葉は飲み込む。そこまでノンデリカシーな男ではない。
「うんうん、言いたいことはわかる。若さとちょっとの可愛さが売りの、およそ隠密行動にも運動神経にも向いてなさそうな小娘が、と言いたいんだろう」
いやそこまでは思っていない。
「しかしそこのミリアはね。別の街でクラス昇格の最年少記録を作るくらい、将来有望な開拓者だったんだ」
それを聞いて俺はもう一度彼女を見た。
「……なんですかその疑惑の眼差しは」
「いやいやそんなことは」
見抜かれていたか。と思ったが口では即座に否定しておく。しかし彼女が有望な開拓者とは。
「先ほど言った『魔人』という種は、人間に近い戦い方をする。そして」
相当に強く、速い。
とリルフィールドさんは続けた。
「昨今、魔獣も大型化していてね。それに対抗するように開拓者も大剣・長槍・戦斧を用いて膂力で勝負するのが
そこで俺は思わず口を挟んだ。
「流行って……。贈装の形状は自由に変えられるんですか?」
俺の言葉に、またもリルフィールドさんだけが頷いた。ユーテリアさんは呆れたような顔をしている。
「ある程度はね。贈装はそもそも
そうだったのか。ユーテリアさんの顔から判断するととんでもなく常識的な事なのだろうが、俺としては衝撃的な事実だった。
「まあ、君の出自は聞かないよ。聞いてほしくなったら酒でも飲みに行こう。話は逸れたけど、大型の装備は『魔人』討伐には向かない。大剣で馬鹿みたいに速い人間もそりゃ勿論いるけど、そんなハイクラス開拓者は今この街と隣街にはいない……」
説明の最中、リルフィールドさんの目は俺を捉えて離さない。
「―そんなとき、君が現れた」
一拍置いて伝えられた独白のような一言を、俺はただ聞いていた。
「セントロさんからもあなたの戦闘スタイルは共有されています」
そう言って会話を繋いだのはユーテリアさんだった。
「あらゆる速度向上に全振りされた能力。贈装の顕現スピード。そして急所への的確すぎる攻撃。全ての能力において、オズさんは速度のある魔獣、今回は『人型』ですが、それに対しての適性があります」
もちろんミリアもね。と付け加えられると、ミリアさんは気を良くした顔をする。
「ミリアの最終クラスは3ですが、当時の若さでクラス3は異例でした。その能力と『魔人』への戦闘経験、対応能力は二つの街の中でも屈指どころかトップです」
「まあ、魔人との対戦経験は少なからずありますから。戦闘は任せてください。……ただ、いくら適性があるからと言っても、『魔人』は危険な相手ですよ」
最期の言葉は俺に投げかけられていた。言外に「それでもいいですか」と言われている事はわかったが、そもそも俺は依頼を受けるとも言っていない。もっと言えば受けたいとも思っていない。開拓者になったのも元々生活のためである。危険がないならばその方が良かった。
悩む顔を表面に貼付けたまま、どうすれば丁重に断れるかを算段していた時だ。
「あー、そう言えば言い忘れていたけど」
リルフィールドさんがわざとらしく割り込んできた。訝し気に視線をやるとユーテリアさんと何やら目配せしている。
「オズくん。君って保証人いるかい?」
「……いえ、いませんが」
その言葉を聞いたリルフィールドさんの口が三日月のようににんまりと曲がった。よく見ると目もだ。ヒソカのようだ。
大変嫌な予感がしますね。
「だとしたら開拓者登録するためには保証金を払わないとだよ。ミリア駄目じゃないか。ちゃんと説明しないと」
俺はハッとしてミリアさんを見ると、彼女はサッと顔を背けた。
「じゃあこれも言ってないのかな。クラス2登録の際の保証金はさらに上がって小金貨1枚だよ」
「小金貨!?」
うそでしょ! と心の声が心の中で木霊した。小金貨はおそらく日本円でいう100,000円だ。今の俺には大金過ぎる。
「いや、じゃあクラス1でいいですよ。認定試合は取り消しでおn」
「残念ながら」
俺の言葉に被せてきたのはユーテリアさん。
「大変申し訳ないのですが、先ほどの認定書は公的なものでして。もし支払いいただけないようでしたら……不履行と見なして衛兵に来ていただくことになりますね」
申し訳なさそうに眉を下げたユーテリアさんは美しいがもう演技にしか見えない。女は女優……!
しかしそうだった。ここは異世界。認定書が契約書と同一ならば契約内容くらい書くべきだが、それほど法整備されているとも思えない。
今更どう騒いでもこの状況は変わらないだろう。なんたって目の前の二人は白を黒にできそうなほどの権力者な気がする。
「困ったな。さてはオズくん、お金が足りないのかな。 ―そんな君に朗報だ!」
「一応聞きましょう……」
観念するようにようよう呟いた俺に向けて、少し申し訳なさを含んだ笑顔でリルフィールドさんが続ける。
「この討伐依頼の君への報酬は小金貨7枚に設定した。遠方でもない依頼でこの額はなかなか無いよ。まあ『魔人』というのはそれほど厄介ということの裏返しだけど。組合職員であるミリアのサポートという役目であることを鑑みれば破格ではある」
俺の脳内で数字が躍る。日本円に換算すればおよそ70万円。今の宿代は小銀貨1枚、日本円で5000円。飲み食い含めれば1日7000円程度だろう。という事は贅沢しなければ向こう3か月は暮らしていける。
初めての依頼でこれほど稼げるならば、開拓者は悪くない。悪くは無いが
「命はお金で買い戻せないですけどね」
ぽそりと、ミリアの口から言葉が漏れた。
その言葉にユーテリアさんは案じるような顔になり、リルフィールドさんは再び苦笑する。
(彼女の言う通りだ。……けどなあ)
「ミリアの言う事は正しい。しかし我々は、できればオズくんに依頼を受けてほしい。もちろん思惑はあるからこんな強引な搦め手を取っているし、自覚もしている。それにさ」
彼の眼に力が宿った。
「『この街』に被害が出る前に、信頼できる者で対応しておきたいんだ。あ、もちろん隣の街もね」
「? 信頼も何も、俺は一度も討伐したこと無いんですが」
俺の言葉に開拓者トップの男は「ふっふっふ」とわざとらしく不敵な声をあげたが、質問に答えを返してはくれなかった。
「それはさておき、どうする? このまま衛兵呼んで窓の無い宿に収容されて前科者として生きていくか、依頼を受けてミリアのサポートを受けつつ討伐を学んで報酬をもらうか。……うーん、どっちがいいカナ?」
――
俺は結局依頼を受けた。
正式に契約を交わした瞬間、不意にセントロさんの言葉が甦る。
『お前は本気で考えたことがなかったろう? 自分が殺される可能性を』
その通りだ。
俺もリドルくんを笑うことはできない。
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