第17話 晴れた朝と香辛料と権力者

(いい朝なのになぁ)


 柔らかく澄んだ乳白の朝日が地面に敷かれたレンガを照らす。原料に雲母でも含んでいるのか、所々瞬くように光る古びた道をコツコツと歩く。日本の原風景が田舎の田んぼ道ならば、きっとこの世界では朝のレンガ通りだろう。それほどこの大通りは美しかった。

 そんな絵画のような路上にて、辛気臭い面しながら黒い服着て足取りも重く歩く自分がひどく場違いに感じて、俺は組合への順路を外れてまばゆさの薄まった路地の方に進行方向を変えた。


――


「お、昨日の兄ちゃんじゃねえか。ははーん、さてはヤミツキになっちまったなぁ?」


 入り込んだ路地の先には気分の上がる出会いがあるかも、と他力に頼って開けた場所に出てみれば、そこで待っていたのは異世界二日目にも関わらず既に顔見知りの親父であった。


「おっちゃんは色んなところでやってんだね。……まあいいや、一つちょうだい」


 よく考えたら朝食を食べ損ねてしまった。これもゼンスリーのせいだ。まったく、俺よりも年上っぽいのにJK並みに若いリラにヤキモチ焼くんじゃねえ。


 「はいよ! 今日も旨いぜ!」と元気よく突き出された肉串に勢いよくかぶりつく。店主はウザい。味は荒い。しかし旨い。

 ツンと鼻を抜ける刺激を味わっていると、次第に苛立ちも鼻孔をくぐって青空へ通り抜けていった。


「相変わらず美味かったよ。また来る」

「待ってるぜー」


 串を返して二言三言店主と交わすだけで随分と気分が楽になった。我ながらお手軽なものである。


 考えてみれば、死相が視えるのも、性格が少しアレなのも怒りが長続きしないのも全ていつもの俺であり、今さら落ち込むことでも無い気がする。東京でも地球でも異世界でも、結局小豆オズはどこにいても小豆オズ。異世界人なのだから、この世界に馴染まないなど当然のこと過ぎて悩む必要さえないことではないか。


 現金なもので、途端に足が軽くなる。先ほど居た堪れなくなって脇に逃げた大通りに飛び出ると、大股で真ん中を歩き出す。風だって肩で切ってやる。


(やっぱり今日はいい朝だった)


 朝特有の涼し気な風を浴びながら、見えてきた開拓者組合の建物へ一直線で進んだ。


******


「オズさん。おはようございます」

「あ、ミリアさんですよね。わざわざ待っててくれたんですか?」


 朝の挨拶を返しつつ気になったことを聞いてみると、彼女は頷いて肯定した。


「認定試合の結果と、その、今後の活動方針についてですね。えーと、お話をしたくてですね……」

「なるほど」


 納期に遅れそうな後輩が後ろめたそうに報告しにくる姿と、今のミリアさんがキレイにダブる。


「とりあえず別室とかに行った方がいいですか? それかカウンターですかね」

「! そうですね! 別室用意してるのでどうぞどうぞ!」


 もう用意してるんだと思ったが余計なことは言わず、俺は先導するミリアさんについていった。

 根拠は無いが、別室にはミリアさん以外に怖そうな方々がスタンバイしている気がした。根拠は無いが。


――


「やっぱりな」


 ぼそりと呟いた言葉はドアの開閉音に混じって誰からも聞き咎められることはなかった。ドアが閉まった後、申し訳なさそうに深く頭を垂れたミリアさんに「大丈夫です」と伝え、勧められるがままに椅子に座る。


「―君が噂のオズくんか」


 低いバリトンの声はその見た目と相まって、権力者や成功者が持つ威厳を帯びていた。座ったままでゆるりと手を差し出されたので、迷わず握り返す。


「座ったままで失礼。私はリルフィールド。開拓者組合レザント支部の組合長をしている。初めまして」


 ある程度予期していたとはいえ、なんと組合のトップとは。驚きが顔に出ないようにしつつ「どうぞよろしくお願いします」と何とか返事をする。


「驚いてないね。有望だなぁ

 そう零した後、誤魔化すように隣の女性を紹介しようとする。


「オズさん、ようこそ開拓者組合へ。私はここで組合長補佐をしております、ユーテリアと申します。どうぞお見知りおきください」


 そう言った後、不意に目の前の知的美女がニコリと笑んだ。氷の壁から日差しが漏れ出したような微笑みに、俺は思わず視線を逸らす。隣に座っていたミリアさんがため息をついた。


 ということで、この部屋には俺を含めて計四名。うちこの街の上流階級が二名という、異世界二日目で訳分からない状況に陥っていた。


「それで、組合長さんとその補佐さんがどうしてこちらに?」


 まさか認定試合の結果報告がそれほど大事おおごととでも言うのだろうか。そう言えば今日はセントロさんがいない。


「ああ、開拓者の朝は早い。手短に話を進めようか。まずは」


 と言い置いて、リルフィールドに目配せされたユーテリアさんが、持っていた書類の一枚目とブラック〇ンダー程の大きさの薄い金属製プレートを俺に手渡した。


「クラス2の認定書類と開拓者章です。認定書は既に組合の判は押していますので、内容問題なければオズさんのサインをこの場でお願いします。……はい、ありがとうございます。開拓者章はご存じかと思いますが、贈装と同じく開拓者としての身分証にもなります。あなたの名前と等級クラスが打ち込まれてますので間違いないか確認ください。 ―オズさん。今後の活躍を期待していますよ」


 再び穏やかに微笑んでくるが、既に防御の姿勢を取っていた俺は静かに頭を下げるだけにとどまった。少し意外そうな顔をしたユーテリアさんとミリアさん、愉快そうな顔を隠さないリルフィールドさんに囲まれて俺は頭を掻いた。


「まあ、これで君もクラス2の開拓者ってことだ。一度も依頼を受けずしてね」


 じゃあ正式に開拓者にもなったことだし、少し内緒の話でも始めようか。

 にこやかにそう続けたリルフィールドさんの目は笑っていなかった。


 この目は見たことがある。

 これはそうだ。品定めする目だ。

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