第11話 固有名称を賜る剣があってね

 気が付くと高い天幕が見えた。


「あ、起きたか?」「大丈夫かよ?」


 聞き慣れた仲間の声が頭上から聞こえる。応えようとした瞬間、フラッシュバックのように模擬戦の記憶が噴き出した。思わず目を背けた俺に、小さい頃から付き合いの長い友人たちはそれ以上何も聞かずに待ってくれた。


「くそが。……情けなかったな。わりぃ」


 一農民から開拓者として成功することを夢見た俺に付いてきてくれた友人たちへ、謝罪の言葉がついてでる。


「別になんも思ってねえって。むしろ、気絶するまで戦ったのはすごかったぜ。最後、セントロさんも褒めてたよ」

「『悪くなかった』って言っただけで褒めてはねえだろ」


 男達の態度が全く変わらない様子であることに安堵したが、ふと見ると女性陣は一歩離れて立っている。まあ仕方あるまい。女たちは前の街から意気投合しただけの付き合いだ。悲しいが、大口叩いておいて無様にやられてりゃ引きたくなるのも分かる。


 そう言えば。


「あのオッサンは?」

「おう、ちょうど始まるぜ―」



――


「―いつでも来い」


 セントロさんの言葉に返事をせず、オズと名乗っていた男は無手のまま突っ込んだ。


「は?」


 隣のライドが思わず声を上げた。俺も口内が切れてなければ同じセリフをこぼしただろう。何故、贈装を顕現しない―


「え?」


 しかし次の瞬間、今度は反対側のレンジの口から驚きの声が漏れる。

 それなりに速い一歩目、と思った刹那、俺はオズの二歩目を捉えることができなかった。一拍後に見えたのは、金属の打ち合う音が響いた後だった。


「「はええ!」」


 その通りだ。速すぎる。

 オズのナイフがセントロさんの手甲を叩いた後、すぐに離脱して再び距離が開いたが、目を疑う程の接近速度だった。

 いやそれより何より。


「あいつ、いつ贈装を装備した……?」


 そう思ったのも束の間、さらなる驚愕が俺を襲う。

 相手から隠すような位置にあったセントロの右手から、一瞬にして光が収束する。


「あれがセントロさんの」「本物だ」


 二人が呆然と呟く。

 レイピアに近い細見の片刃の直剣。

 しかしこれまで一度として折れることなく、数多の剛剣を粉砕し、巨体の魔獣を裂いてきた不屈の細剣。

 リオルグ先生から噂に聞いていた剣の名前が俺の口から自然と零れた。


「『ベンチュラ―』」


 クラス6の魔獣を少数で討伐した際に、称号として下賜された名前。

 人間と同じく、個体名を有するに相応しいと国が認めた名剣だった。


「うれしいぞオズ」


 セントロさんが言った。俺に向けられた感情の無い声ではない。言葉通り、そこには喜びが滲んでいた。


「お前の素性は気になるが。今はただ、お前との勝負に感謝を」

「勝負て。これ認定試合ですよね?」

「ははっ。そうだったな。安心しろ、俺はみねしか使わん」


 「それは良かった」と請け合って、オズは構えの無いまま距離を詰めた。


(なんでだ!?)


 ゆったりと踏み込んだと思った次の間には既にセントロさんの眼前まで肉薄している。およそ常人の動きではない。そして足だけでもない。短刀ほどのナイフから繰り出される一閃が不気味に鋭い。一度二度と、セントロさんの『ベンチュラ―』とぶつかり合うが、大きく弾かれることも無ければ欠けることもなかった。


「くはっ、面白いなぁオズよぉ!」


 もう数合斬り合っているがお互い有効打はない。もちろんセントロさんは手加減しているだろうが、それでも互角に見える試合ができるあの男は、何者だ。


 セントロさんが弾けるように加速する。迎え撃つオズよりも早く、細剣が逆袈裟の軌道を描いてオズの脇を斜め下から襲った。しかしオズは慌てない。神速の一閃を皮一枚で斜め下方に屈みながら回避すると、剣閃の間隙を縫うようにぬるりと鋭く滑らかにセントロさんの小手を狙った。だがセントロさんは予期していたのか、なんと一度剣を手放してナイフの刺突から狙いの手を離脱させることに成功。中空に浮いた剣を左手でキャッチし、相手に追撃の間を与えさせぬよう、瞬時に手首を返して斬りかかる。利き手ではないはずだが重みのある一閃によってオズの追撃はキャンセルされ防御に徹することになった。


 高度な技術と能力が集約された一戦に俺たちは呼吸を奪われる。


「まだまだ底は見せんか」

「こんだけ動けることに、自分でもびっくりなんですけどね」


 その台詞にセントロさんが束の間不思議そうな顔をした。俺も同様である。


「まあ、いい。ならば俺から行かせてもらう」


 言いつつ手首を返し刃をたてる。チキリ、と『ベンチュラ―』が音を立てた。

 俺たちだけじゃない、闘技場にいた、この試合に目を奪われてた誰もが、危険な香りが漂ったことを察知した。

 その時。


「ストップストップ! セントロさん時間です終わりですそこまでー!」


 明るい金の髪色に似合う陽性の慌てた声が、本気になりかけていたセントロさんを制止した。


「ストップストッぷすとっぷすと」「うるせえ」


 既に目の前に来ているのに狂ったように繰り返す女性に対して、セントロさんが投げやりな口調とともにアイアンクローをお見舞いした。


「ぎゃー!」「本当に騒々しい。握りつぶすぞ」

「えぇ、こわい!」


 いつの間にか贈装が仕舞われていたことに俺は今更気付いた。


(……全ての速度が遅い、か)


 自分の両手をじっと見つめる。

 マメのある、全てを掴める気でいた自慢の手。


(―っ)


 この手のひらに剣身を突き刺し、一度ズタズタに引き裂きたい衝動に駆られた。が、その理由は分からなかった。

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