ファンデーション・メディカル

しおとれもん

第1話 医療の楼閣

「ファンデーションメディカル」


第1章 「机上の空論」


 車のキーを失くす!

携帯電話を失くす!

買ってきた食材をいつまでも食べず、始末の悪さで、腐らせる!

 おまけにコバエを呼び込む!

更に2階への階段の隅に衣料を放置、衣料を踏まずに階段を上がるには危なくて2階へ上がれない!

 これが和美の管理能力だ! 

それにしても雷子は、生卵のパックを良く買って来る。

理由を聴いたが、「安いから・・。」だと・・・。使い道も未だ決めてないのに! 

 全く理由に為ってないのが、若年性認知症の疑いは濃い・・・!

一日中一緒に居たら嫌になって優しくしたくなくなる! と、死んだ親父が嘆いていた。

「89歳か、上出来だあね人間としては・・・。」

タナトスは頷いた。

 首から頭が?げて落ちるくらい強く3回は頷いてしわがれ声を絞り出す。

左横のリンバの右肩を叩きながら・・・。

「お前の番だあよ・・・。」と、和美を引き渡した。


 八束孝(やつかたかし)も八束雷子(やつからいこ)も階段を上がる・・・。

無言だ。

 其れもそのはず、孝は公団住宅の階段をステンレスの手摺にノルディックを引っ掛けて上がっていた。

 素手で握ると冷徹な表面温度の低音が返ってくる。

10月だから未だ良いが、これが1月、2月の真冬ならば手摺と接着した掌が凍るような氷点下の体感で、握る掌の感覚が無くなり高齢者ならば手摺と掌が外れて階段から転落する恐れが有る。

 片麻痺障がい者の階段の登り方は、転倒のリスクを0%に近付けて上がる安全策の上がり方を身に着けていた。

 「先に行くねー。」と、だけを言い残し、雷子がトントントン!と、軽やかに階段を駆け上がる。

しかし孝は右足を確実に踏み面に乗せて、麻痺の左足を蹴上げに爪先を擦り上げて摩擦面が無くなると踏み面に乗せる。

 まどろっこしいが一段一段、確実に確認して上がり切っていた。


 医療の楼閣は見上げると、途轍も無く高い。

そこには理想論という擁壁がたちはだかる。

「お母さんを往診時に点滴を射てと本気でおっしゃる?八束さん・・・。」

往診依頼をした医師からわざわざ電話が有り、医療の素人を教育するかのように事細かく述べて電話を切った。

「お母さんが腰椎の4番を圧迫骨折をされて、入院したのは7月で、退院されたのが8月ですよね?」因果の確認から入るのは、流石に医療を研鑽した医師だと感じた。

「そして今は10月ですが、当院に受診にこられて今まで受診が無いのにいきなり独居で体調が悪くなったから診に来てくれ!ブドウ糖の点滴も射てと、おっしゃるのは順番が違いますよ?」

孝の妻雷子が電話を受け、聴いたものを孝にそのまんま泣きながら伝えた。

 孝は勤務先に退職居勧告を浮け、無職の孝の代わりに県外へ勤務に出ている。

遠方だが大黒柱の折れてしまった一家3人が食べて行くには、これしか選択肢が無かった!

 2階から母を担いで階段を下りろと言うのか?レアケースじゃないか、医師の言い分は!

夫婦のプライベートに足を踏み入れないで、見た目で判断が付き憶測からモノを言うんだよ利口でない医師は!と、階段を上がりながら往信依頼を断った医師に反論を言うつもりで脳内で復唱していた。

「一回でも病院の受診をされて、悪くなったから診てくれ点滴も射ってくれ!と言うのなら分かりますが、受診結果も無いのに点滴を持って往診するのは、違法ですから往診出来ません!」動かない母を目の前にして混乱した八束雷子(やつからいこ)は、医療側から追い込まれ絶望的な感情のまま、立ち尽くしていた。

 姉の高橋ナオミは毅然とした看護師なのに・・・。

孝の母はくの身体を時に曲げて寝ている。

 もはや誰が玄関ドアを開けて、誰がベッド脇に立っているか分からないだろう・・・。

方位門者が誰なのか確認すらしないおで、ベッドに横たわっていた。

 水を飲めば直ぐ嘔吐する。

「私の姉の元気を分けて上げたい!」そんな思いで孝の母を観ていた。

 骨と皮しか無い上下肢、尿と便の匂いが入り交じった異臭漂う四畳半の部屋にはポータブルトイレが設置されている。

 直ぐに使用出来る様にベッドサイド足許の脇に置かれていた。

ベッドに寝た母の腰辺りに置かれていたら、もう臭くて寝ていられないだろうな・・・。

 と、それを見た刹那、高速で想像して高速で納得していた。

2日前の雷子は、下痢の便がポータブルトイレに残っていたからそれが匂うと思い素手でペーパーを使い拭き取りをしていた。

 掃除の途中でペーパーが摩擦力で破れ、手が汚れたから手を洗おうか、最後まで拭き取ろうかと、思案しながらの所作の最中に携帯が鳴った! 今朝、スマホが飼い犬にオシッコを掛けられた! 踏んだり蹴ったりよね・・・。格言を思い出していた。

「違う? 踏んだら蹴られただっけ?」呑気な雷子は焦点がズレていた。

 ビジョンフリーゼのオス5歳、所構わずマーキングをしたがる。

「このアホ犬!」いつも孝に叱られていた。

  自分に言われて居る様で雷子は、黙々と犬のオシッコの掃除をする。

同じ光景ね・・・。

 今、お義母さんの便でスマホが汚れた!言って行く処が無い!泣く泣く手を洗った。

雷子のそんな話しを聴き、居ても立っても居られなく本日は雷子と実家へ来た次第だ。

 孝は母の口腔を見ると、口腔内がカラカラに乾いていて、舌の表面が白く乾き、ひと目で脱水だと判断出来た!

「オイ!ヘルパー2人が水を飲ませてくてるんだろ?」

雷子に確認をしたが、「ケアマネージャーの裏林(うらばやし)さんが、ヘルパーはプロフェッショナルですから大丈夫です。と、言うから安心してたのに嘘だったのね!ヘルパーに水や食事の介助をお願いしますと言ったら、それは医療行為だから出来ません! て、顔を歪めて嫌そうに言ったんだよ?」と、憤っていた!

「ぞんざいに遣りやがって!」

 怒りを露にした孝は、暫時に救急車を呼びしかるべき病院へ搬送してもらい、緊急入院となった。

「極度の脱水症状ですね。あと3日遅ければ亡くなっておられましたね・・・。」

主治医の女医が、CT撮影の結果を見ながら孝に解説してくれていた。

 雷子の言うプロフェッショナルとは、現実と乖離している事に疑念を持った孝は緊急で

ケアマネージャーの裏林にメールを打ったが返信がまだ無い事に憤り、ヘルパー2人の事業所とケアマネージャーの裏林一人をチェンジしてやる! と、決意を固めていた。

 神戸市の高齢福祉課に苦情を言うつもりでいた・・・。

緊急自動車は5分以内に到着した! この国の定義だ。

 神戸市の北区に有る38箇所の救急病院は全部断られた! 発熱が38.4度も有るからだったが、今更ながらコロナウィルスを発生させた某国が恨めしく呪いたい心境に陥る。

 しかし、救急隊員は辛抱強く一件々々丁寧に電話を掛け状況説明してくれていた・・・。

採集、長田区の某総合病院が受け入れてくれ、そこに決まった!

 病院が決まったら決まったで、救急隊員は速攻で動かねば為らない!

救急患者の命が切迫しているし救急隊員にその命が委ねられているからだ!

 無茶苦茶速いよ救急車!」ハンドルを握る雷子は焦り、アクセルを踏み続けた。

スマホのナビに切り替える!

 孝は何とも無く濃霧掛かった心の襞にジレンマを抱えていた。

一級身体障害と認定を受けた時、もうこの場面に存在する事は決まっていた・・・。

 仕事に命を掛けA型の様な仕事振りが、孝の運命を分けた!

手抜きをして胡麻を擦り己の立場を護っていれたならこんな重度の身体障害になってないし、管理職の一定収入で母親を施設や病院等に入所又は入院させてやれた筈だ!

 かし、悲しいかな隆のアイデンティティーは胡麻すりなど出来ない意識だったから本部の上司連中に反感を買い、何かにつけて脚を引っ張られていた! 年中行事の中元・歳暮を貢いでいたら閑職に追い遣られずに済んだのか? 何と言うお粗末なセコイ連中なんだ!

 そして今、ハンドルを握っているのは雷子では無く孝自身だった筈!

そのジレンマが孝の奥歯に襲い掛かりググッと、噛み締めていた!

「暴走族みたい!」ホンマや信号無視出来るからな! 呑気な雷子に同意していた。

「後を付いて来て下さい。でも信号は守って下さいね?」救急隊員に事前に注意を受けた事を心得ながら走った!

 救急車は公然と信号無視をするだけでなく、後続の車輌の運転に負担が掛からない様に裏道をひた走り信号の少ない道を選んで通ってくれていた。

 某総合病院に辿り着いた時、救急隊は既に深夜休日出入り口から母親を搬送し終えていた。

これがプロフェッショナルだよ裏林さん! 孝は心に憤りを持ち、丁寧に礼を言って救急の入り口へと入る・・・。

「先ずはコロナのPCR検査を滞り無くしますから控え室でお待ち下さい。」

そう言われて我に返りトイレを使用して森浦にメールを送信したが、返信が未だ無いのに気付き今日は三連休の初っ端だから忙しいんだろうと、気にせず置いておいた。

 そして2時間が経ち検査が陰性と判断されて・・・、診察室へ呼ばれた。

「緊急入院ですね。」開口一番主治医と思われる女医にそう言われ・・・。

 言われた時は何だか安心していた。

愛想もクソも無い実家の部屋は、空調とポータブルトイレが有るだけで、水や弁当の命を繋ぐ飲食料はキッチンの冷蔵庫の奥に有った。

 およそヘルパーが置いたのであろうが、実際に母親が起きて冷蔵庫まで歩いて食料や水を

採れる筈が無いのに考えもしなかったのか・・・。

素人以下のヘルパーの所作には、他人事の所作をしたに過ぎない。

 それを監督するケアマネージャーは、現場回覧もしないで、仕事は」完了したと思っている事にオメデタイやつ等がお花畑で笑いながら雑草を摘んでいる姿が垣間見られた。

 しかし、入院先の総合病院内の病室には若く躍動的な看護師が居てくれるのでヘルパーやケアマネージャーよりも優れて医療知識が完璧だから安心だった。

 もう心の重荷が外れ不安まみれのグレーの溜息を吐き出して肺がスッキリした・・・。

明るい笑顔に戻っていた。

 しかし、心に残る言葉が孝のブレない決断と行動を促していた・・・。

「極度の脱水症状です、あと3日遅ければ亡くなっていました・・・。」

誰のせいだ?俺達の責任はあるにしても 誰のせいでも無い、介護対象を目の当りにして放置する方の人間性を疑うべきだ!  安定した固定給を受け取りたいなら初任者研修をしっかり受講させるべきだが、このヘルパー達は個人としては自己啓発する訳がないから事業所が率先垂範して、ヘルパーに受講を促し、共々伸展して行くべきだろう・・・。

 ヘルパーはそれで給料を貰っている訳だし、その監督責任の職責がケアマネージャーにある。

親が床に伏せっていたら介護するのが当たり前。長男なんだから。

 世間の一般論は夫婦の事情を省みず滔滔と言い続けられる・・・。

そして入院から2週間経ち、主治医に呼ばれいそいそと出かけた午前十一時・・・。


第2章「医療の定義」



「自力で食事を採れないので、いろうかポート処置が好ましいですね。」

「いろうか・・・。」なんとも味気ないのは和美だろう。

孝の脳裏に過ったのは和美だった。いろうとは、お腹に穴を開けてご飯を送り込む事だそうだ。 ポートともそんな考え方だった。

いろうのメリットは誤嚥がなくなり、肺炎が減少するという事だ!これが、医療の定義なのか、延命のリーサルウエポンなんだな・・・。

 しかし、食事は口から入れて噛んだら肉汁が出てきて凄く美味しいのよね! 

だとか、味を感じて幸せ感が押し寄せるのが、食事の醍醐味なんだと思う。

 孝は繰り返し、いろうを考えた。

雷子がお腹減ったからラーメン食べたい。

 と、リクエストにお応えして、有馬街道沿いの有名ラーメン店の浜しおラーメンを食べながらいろうじゃなくて噛むことに喜びを感じる人も存在している。

 管から腹へ食事を送っても味気ないし、幸せ感なんて経験しない。

医療側は延命について人の嗜好を除外したがる。

 度が過ぎれば身体に悪い事さえも患者は知り尽くしているのに!

人として食べる!噛む!飲む!の生理的行為だ。

何年か前、日本の女優が、麻薬を合法化する!

 と言い出し、その顛末は、実はその女優は覚せい剤常習者だったと、堕ちが付いたが、多分ケシの花→アヘン→ヘロイン→モルヒネ!というプロトコルが一部抜けていたんだろう・・・。

 いろうから2ヶ月。

皺だらけの唇が大きく動き、粘りのある唾液の糸が上下歯に着いていた。

「あ~楽だわ。もっと寝ていたい・・。」

八束和美(やつかかずみ)、旧姓山瀬和美(やませかずみ)は幾日間かの苦しみに解放され、つくづく苦しかった事の思い出を回想して、あの不愉快なヘルパー2人と親切ぶったケアマネージャー1人に呪いを掛けようか思案していた。

「ちょっとちょっと、八束和美!あんた何気無く考えてんの!?」

「間違った人生を生きて来たんだ。それを反省して、今からリベンジする時間だよあんた!」慌てた生き神リンバが和美の優先順位を問い質した!

 孝の母、和美が亡くなって大々的な葬儀は開かない事を決めていた。

「密葬にしよう。」

孝も雷子も友人知人親戚縁者を呼ぶのは、和美の因果を考えれば粛々としていた方が、しっくりと来ていたからだ。

 遺体損傷遺棄容疑の母より分断された亡き人に悼む気持ちは有るからだと参拝者の気持ちを忖度した結果の事だった。

 山瀬和美は、単身、鹿児島県より神戸へ出て、呉服屋に勤務した。

東灘区の御影駅に近いため、駅前の焼き鳥屋に立ち寄るルーチンになって、IT関係課長の一

 そこから結婚、離婚と紆余曲折あり、夫と長女を亡くした。

離婚後元夫と長女はコロナ感染症で亡くなった。が、争議はしなかった。

「ハァー!なんちゅうバアサンだ!」呆れ果てたリンバがそこに居た。

呆れ返ったリンバは、匙を投げていた。

 タナトスはタナトスで、「閻魔会議に掛けて、地獄の底に落としてもらうからね!」

死神も嫌がる人間、和美は観るのも嫌だと、死神界も無視を決め込んでいた。

「死んでからまで孤独になるなんて、思って見なかったよ!」

と、しょ気返っていた。

 そうだ!あのバカ息子と、生きていた頃の夫の一夫(かずお)にリベンジしなきゃあね!

「ちょっと神様、あたしは警察に逮捕されたんだけど、そういうの無しにしてくんない?」

病室のベッドから起き上がり足許に佇んでいる生き神リンバと対峙した。

「それはあんたの日頃の行いだわリベンジ次第だよ・・・。」

リンバは静かに和美を窘める様に滔滔と、述べ出した。

 ジトッとした目付きで和美を見て・・・。

皺だらけの唇が動かず、リンバをジッと見ていた。息子の隆を思い出しながら・・・。

 パワーリハビリテーション専門のデイサービスには約20名の通所者が存在する。

「私は膝が悪くてね足首も痛いんだよ。」

と言う紳士は79歳、その話を聴いている紳士は95歳だ、平均年齢は約74歳辺りだろうか・・・。

 孝は55歳の左半身麻痺の方麻痺障がい者だ。

「ところでお宅はどんな職業だったの?」ここでの話しは全て過去形になっている。

「麻薬Gメンです。」と、言っても信じてもらえず、一笑に伏して会話は終わっていた。

 脊髄の左部分を撃たれ未だに留まっている弾丸が体内保存されているので左上下肢が麻痺している。

 だからギターを弾きたくてもフルマラソンを走りたくても出来なかった。


 ソッポを向いたリンバに「チッ!」と、舌打ちをして「そうかいあんたはまだ若いけど、幾つなんだい?」

神に歳を聞く厚意は神界でもご法度な行為だった。

「501歳と4ヶ月だよそれがどうした?」

ムッとした表情は上唇が捲れ上がり長さが100mmは有る犬歯がむき出しになって、両眼とも吊り上がった白目は黒く鼻の上と眉根に立て皺と、その直ぐ舌によこ皺が走っていた! 

 ライオンの様な唸り声を上げ、直ぐにでも飛び掛って和美の頭を噛み砕く準備は出来ていた・・・。

パーン!一発の銃声が轟き、漆黒の弾丸が孝の左太ももを貫いた! 肉片と鮮血の塊が銃声の拍子に弾け跳んだ!「ウガガアーーッ!」叫びに為らない唸り声は次第に虫の息になって行った・・・。

 神戸港の第8突堤に倒れている八束孝は麻薬Gメンだった。

あろうことか、仲間の応援が来る前に潜んでいた存在を知られレビン・カロナールに銃口を向けられ孝が逃げずにレビンを獲捕しようとレビンに向かってダッシュした所を左脊髄を正確に撃たれた!

「なんで京橋出口で大渋滞なんだよ!」事故でも無い自然渋滞でも無い、人工的に重機が、車道一杯一杯に並列駐車されていた。

 3台は、停められていたから県警の緊急自動車でも歯が立たなかった! 

確信犯だと誰もが勘づいていたが、誰一人、それを言う者は居なかった。

 それを言っても渋滞解消に手を貸せない事ぐらい素人ではない組織対策課の刑事は承知していたからだ。

「お手上げだよクソッ!」悪態を付いたが、渋滞ひ必然的に起こっていた。

弾は大腿骨で留まり動脈の手前で収まってくれたから孝は、左下肢麻痺程度で済んだ。

 ナオミは発狂して、「マフィア全滅させたる!」と、息巻いたが、孝が最愛の妻を亡くしたく無いと泣いて抱き締めたから事なきを得た。「どうしているんだろうナオチン・・・。」雷子に話しかける。

 パワーリハビリテーション専門のデイサービスには約20名の通所者が存在する。

「私は膝が悪くてね足首も痛いんだよ。」と言う紳士は79歳。

その話を聴いている紳士は95歳だ。

 平均年齢は約74歳辺りだろうか・・・。

孝は55歳の左半身麻痺の片麻痺障がい者だ。

「ところでお宅はどんな職業だったの?」ここでの話しは全て過去形になっている。

「麻薬Gメンです。」と、言っても信じてもらえず、一笑に伏して会話は終わっていた。

脊髄の左部分を撃たれ未だに留まっている弾丸が体内保存されているので左上下肢が麻痺している。

 だからギターを弾きたくてもフルマラソンを走りたくても出来なかった。

寝返りを打てば背中の左側に走る痛みが、しばらくは忘れていた狙撃の恐怖が甦る。

 その瞬間、死んだと思った孝はナオミを連発していた。

「好きな女に抱かれて死ねるなんて本望でしょタカちゃん?」

白くて太い腕とブラウス胸の膨らみが、ふわふわと孝を包むシャボンの匂いに相まって汗臭い腋臭!

 これはナオミでもナオミ違いで、県警きってのオカマ警官!柔道3段のナオミ・シャワーズ、タイランド人だった!その刹那から意識朦朧となり、覚醒したのは神戸市民センター病院だっ

た。

 しかし、タナトスとリンバはそこには居なかった。

孝が死にはしなかったからだ。

「ナオ姉の事ばかりよねタカくん。」

実家の公団住宅バルコニーは狭くもう私のモノと言いたげに身体を預け、「良いことしよう?」と迫る。大人二人が並べばピチピチの窮屈なサイトとなる。

「悪運の強いヤツだねえ。」死に神界には悪運の強い人間を見放すという掟があった・・・。 

 見放すと、いっても直ぐには死なない。

死ねないのだ。だから死に神はお呼びで無い。

 死に神の仕事が無かった・・・。

 タナトスとリンバは人間が死なないから登場のしようが無い・・・。

死んで人生の最後を終える時、やり直したい人生の一部を人間の脳から読み取り、その内容を閻魔会議に掛けて沙汰を仰ぐといったプロトコルで死に神界は成り立っていた。

 

 アマゾネスマフィア、クコの実のレビン・カロナールは、高齢になるボスの信頼が厚く時にボスの代行として動き、マフィア同士のコカイン取引の際は先頭に立ち取引を成立させていたからマフィアの組員にもリスペクトされていた。

 アマゾン川は世界最長最大の河川だ。

流域面積は世界最大で、コンゴ川やミシシッピ川、ナイル川等の約2倍はあった。

 毎年の平均流量は毎秒209000沌と推定されていた。

それに水深も深くアマゾン川の河口から4000km上流まで遠洋航海用の船が航海出来る程の水深は雨季測定で40mだった。アマゾン川の源流は、ぺルーのアンデス山脈のミスミ山だ。そして、危険生物とは、電気ウナギ、ピラニアやカンディル等、肉食の魚類が生息している。 水域でなくともアナコンダ、ジャガー、吸血コウモリ、等一般人はアマゾン川に行かない限り遭遇することは無い。

 危険生物を要塞にして、マフィアクコの実が存在していた。

ヘロインの原材料のケシの花を栽培するには最適の気温、湿度が、あったから、クコの実はアルカポネの死後、分断された生き残りの組織が、アメリカのシカゴから南下し、アマゾン川流域に辿り着いた。

 暫定ボスのレビン・カロナールは、組織を継承したアルカポネの長男、ソニーにパイプを持つ存在だった。、

 統一していたシカゴからブラジルのアマゾン川流域に蔓延る。勢力は半端無かった・・・。

「すみれがこじゃんと進化した花ながと思っちゅうき、栽培したのにケシの花やき・・・。

そやきアヘンば精製してヘロインになるやろ? もっとモルヒネ作って欲しいき、レビンの友達が死んじゅうきね! 暫時に作らんと足らんきね!」

 高知県須崎市出身の須崎八代(すざきやしろ)が、レビンに食って掛かる!

小うるさい女だと、しかめっ面を作り両手を拡げ肩まで上げた。

 思わぬ方向から話し始めたレビン・カロナールから須崎八代と出逢った時の思いがけない逸話が飛び出してくるとは思わなかったので、少々答えに戸惑いがあった・・・。

「日本の好きな歌が舟唄(funauta)なんだ。良い歌だよ八代の歌は・・・。」染々語るレビン・カロナールの言葉を遮る様に「八代違いじゃながですか?」レビンにそう言い鼻頭をツン!と、上に向けてそっぽを向いた須崎八代(すざきやしろ)は高知県須崎市出身の茗荷農園を営んでいる両親を尻目に神戸市に渡った。

 兵庫医科大学中央医療センターの中では中々の接遇で評判も良かった。

「ケシの花はヤバイから取り扱いは禁止よ八代?」高橋直美師長の言葉は絶対だったから素直に聴いていたが、まさか私がブラジルマフィアの一員になるなんて・・・。

 レビンに騙されたと知った時はアヘンから精製されたヘロインを更に精製して出来たモルヒネを使って被弾したクコの実のメンバーのボディに食い込んだ銃の弾を抉り取っていた。

 気づいた時には、メンバーに無くては為らない立場だった。

善と悪の葛藤は朝目覚めてから疲れ果てて自然と眠りに就くまで八代の心は穏やかでは無かった・・・。

 リオデジャネイロには光と闇の世界が有る。

コンコンコン!

「ナオミ師長! 相談が有ります。」

八代とナオミの夜半はいつもこんな調子で、夜明けまで続いていた。

「それはね、貴女が純粋に仕事に取り組んでいる証拠よ?」

「貴方は手抜きをしない、メンバーにだって平気で叱咤激励するし、でも皆は貴女のいう事に頷いているわよ?それは貴女が本気だからよ?」

私も昔はそうだった。

 夫のリオ・デ・サヴィンに良い様に扱われて、いつしかメンバーの中心人物に為っていた・・・。

 結局リオは前ボスのザーボン・ヤ・ザッキーミを裏切り新しいボスの位置に就いた。

「てめえ! 裏切る気かリオ!」ボスが叫んだ刹那、パンパーン! 

銃声が轟き、ナオミが右肩を抑えて倒れた! 

 と、同時にナオミがメスを手裏剣の様に下手投げでザーボン・ヤ・ザッキーミをボスの銃口から庇い身を持って盾となった!

「ナオミ! 今日からオマエは新ボスの妻でナンバーツーだ!」

リオを庇いナオミから投げられた鋭いメスの刃先がザーボンの頚遂に深く刺さり、情静脈をスパッと、分断されていた為、ザーボンはあっけなく他界していた・・・。

 結局ナースは背中に(愛)という名の処方薬を背負っていて、愛を持って患者を治療する。

怪我を治すと言えばおこがましい、愛を持って命を助ける!

 時には身体を投げ出し、愛する人の為に必要とあらば、日本で違法の麻酔を用いる。

ここは、ブラジル・・・。

 机上の選択なんてやってられない! 

命の凌ぎ合いばかり見せられてここはブラジルなんだわ!と気付く事数百回はあったかな・・・。

 いつしか頬杖を付いて日本に残した雷子と義母の和美、元夫の孝を思い出していた。

「ナオチン! どうしても行くのか?」メガネの奥が潤んでいた様な・・・。

気のせい?

 孝と雷子で和美の遺品整理に行った。

公団住宅の階段は上がりにくく、ノルディックを手摺に引っ掛けて上がらないと危なくて仕方がない!

 特に冬間近の晩秋は寒くて麻痺の左足が膝から曲がりにくい。

寒さで膝が硬化してすんなりと上がりにくいから危険この上無い!

「お義母さんたらこんなもの置いてるのね。」遺品整理だというのに一つ一つ荷物を引っ張り出しては想い出に耽る。

 孝も然り、アルバムを開いては被写体を想う。中々事が進まない。

家電の内、エアコンテレビ、冷蔵庫、洗濯機は、直ぐ片付いた。

 家具も遺品買取りに回して、後は衣料、身の回り品まで辿り着いたら遅々として進まない。

そこで、バツイチの別れの体験を思い出していた・・・。

 別れの朝、午前5時半・・・。

夏らしい朝靄が掛かり、視界が狭く表通りの対向車線が消えていた。引越し業者が来るには、まだ小一時間はあると高を括って携帯の着メロを聴いていた。

「津軽海峡冬景色!」突然初奈(はつな)が曲名を当てる。

「ピンポーン!アタリィ~。」孝も応戦する。

今年の元日に2人の娘とイントロ当てクイズをやった。

 ワン小節が終わり次の曲が流れる。

5曲ほど言い当てて初奈は孝の左肩に頭を凭げ、全ての曲名を言い当て無いで聴いていた。

 こんな時間が欲しかった・・・。

何時も小言を漏らし、時には怒鳴る!それが教育だと思っていた。

 孝は北風と太陽の太陽のつもりでいたが、実は北風になっていた!

この着メロを聴きながら失敗に気づいた。

 孝は心で号泣していたが、涙は見せなかった。

痩せ我慢をしている。

 そして次の曲が掛かった刹那!玄関ベルが鳴る!

いそいそと初奈は孝を見ないで玄関の方へ早歩きをして去っていった。

既に元妻と次女は表で対応していた。

 引っ越し業者が、無言でテキパキと荷物を運んで、約30分程度で荷物を運び終えた。

ブロロン!4トントラックが発車した!バイバイ・・・。

 と、呟いた。

心で号泣していたが、涙は見せなかった。やせ我慢をしていた・・・。

 こんなに切ない別れに成るとは思いもよらず、寂しさをまぎらわせるために連れと言う連れにメールをしたが、色好い返事は返って来なかった。

 

 孝は携帯電話の取次店を経営していた。

新車・中古車の営業を遣っていた事もあり、楽をして販売する方法を常日頃から考えていた事を実行する時が来た。

 くもの巣の様に拡がる特約店は、神戸市や加古川市や明石市、大阪は大阪市や八尾市まで拡大して行った!

 特約店総数は24店舗を超えていた。

こうなるともう何もしなくても20数万円は入る様になっていた。

 ある暑い夏の日、新型機種販売のキャンペーンをやった。

軒を借りたのは、とある知人の新聞給配所で、新型機種のモックを並べて来客を待機していた昼下がり。

 急に販売店のドアが開いた。

そこに立っていたのは、スラッと背の高いキュートな女性だった。

「携帯を買いに来たんですけど。」

単刀直入に主要な事を言う癖は今のナオミと変わらなかった。

「了解です。」

 言われた事を忠実に守り人の心に土足で上がらない孝はそのままの孝だった。

長々と説明をしていたが、何と無く理解したような理解できていない様な不安定さが垣間見えたので、業務終了後に復習をやることにして分かれた。

とある居酒屋で、生中を頼み差魚介類な刺身盛り合わせを注文した。

 新型機種の取り扱いの説明等、二の次になっていた。

時が回り夜半になり辺りはひと気が無くなり、車の中に新型機種を取りに車の中に入ったが、彼女も一緒に乗り、「本物を見たい。」との事でまじまじと手に取り斜め上に翳し、色んな角度から観ていた。

 そんな彼女の可愛らしい所作が、孝の胸を打ち、思わず抱き締めていた!

「ちょっとナニ?」尋ねたナオミの唇を塞ぐ様に、孝がキスをした。

お互いシートに倒れ込み、愛が弾けた瞬間だった・・・。好きだったのに・・・。

「もう離婚して? 義母さんは私の事、嫌いだもん嫌われたらナースの処置はそこでお終い・・・。日本でナースやってる意味がないわ?一人の患者に嫌われて他の患者に良い顔はみせられない! 妹の雷子を置いて行くわ!結婚でも恋人でも何でも為って頂戴!」

止めても無駄という刺青がナオミの背中に彫ってあった。

「何を言っても無駄だよ雷子ちゃんナオチンの性格はね・・・。」

凍り付いた雷子の肩を抱きナオミから引き離し抱き締めた。

 「タカちゃん私ね、ナオ姉(ネエ)よりも前に逢ってたのよ?」何で今言う?

「えっ!マジッスカ!?」わざと驚いた。あざといかも・・・。

「なんで?何処で?いつ?」矢継ぎ早に問い詰めた!

 何しろナオミよりも早く逢っていた!こちとら全然分からんかった!

「八尾の特約店だったの。」

「まさか!特約店契約に行ったあの時、八尾の交差点の西角の喫茶店で契約を交わした高橋雷子?」

 型の古い 携帯電話ばかり売ってくれた!月に10台近く販売してくれた雷子?

「孝さん・・・。」孝の胸で泣く雷子と孝のシルエットは、何となくそれが似合っていた。

やがて孝と雷子は結ばれた。ナオミの妹・・・。

 そう思うだけで雷子を愛せた。

「不埒な男・・・。」ナオミの言葉が過ぎる。

結構な想像だけで、半日は暮せた。お目出度い男だ!

 ナオミは独りで行動しているが、寂しくはないのか?

行ったことも無い異国の空の下で、呼吸をして、食事をして、眠りに就く。

 知らない部屋で、朝起きたら誰か知らない人が隣に居たらどうするんだろう?

それにしても勇敢な女性は、「ナオチン・・・。」呼べば呼ぶほど寂しくなる。

 ナオミの柔らかい頬、長い指先、良い匂いの黒髪、富士額、笑うと白い歯が溢れる。

そういえば最近、雷子の笑顔を観たこと無いな・・・。

 ナオミがブラジルに渡って当てが有るのかと言えば、全く無かったし、かといって誰かを頼るのも性に合わない。

 自分で納得してから自分で行動する・・・。彼女の意気地だ。

孝は雷子と籍を入れ、しかし結婚と言えども恋愛感情は無かった。

 一緒に暮している内に段々と好きになるだろう・・・と、高を括っていた。

雷子は飯炊き女では無い。それは孝が良く知っていた。

雷子は義母に対して献身的に尽くした。

 それは孝に対しての前のめりの気持ちだった。

仄かに沸き上がる恋愛感情にいつしか横恋慕に為っていた。

 願ったり叶ったりのナオミの行動はいつもアナーキーだったから察しが付いていた。

義母介護状況と姉の性格・・・。

 ナオミの性格はアクティブだったから、日本の気候と孝の動向とナオミの破天荒な行動力とを掛け合わせれば、直ぐに答えは自ずと出てきた。

「日本にはジジイとババアが多すぎなんだよ!」

自棄に悪態を付いた!

 戦後の団塊の世代が後期高齢者に為ったからだと、一本気なナオミが隆の戯言を聴いたら怒鳴って一発孝にくれてやっただろうに、今は日本の医療のリーダーが居ない。

 こんなことでもほざけば、きっと変わるかも知れない自暴自棄だった。

いつまでナオミ頼みなんだろう・・・。

 医療の知識を持ち合わせていないから、暗中模索だった。

ナオミはナオミでアナーキーだから世界中を飛び回って日本に帰って来るだろうが、その時にナオミ不在で一段と成長した元夫を見せられたなら・・・。

 でも・・・、ナオミが恋しい、ナオミが恋しい、ナオミが恋しい・・・。

「ナオチン・・・。」空を見上げて独り言を 隆の思いを 希望と要望を・・・。

 呟いた。呟くだけでも恋しい思いは募る。

「お疲れ様・・・。」と言って抱き締めたい!

オレはMなのか? 違う! Gだ、オレは麻薬Gメンだぞ! 青い空に怒鳴った!

 こんな空は、リオデジャネイロの空と々色なのか?ナオミも々色の空を観ているかも知れない・・・。

 ここまで追い詰められていた・・・。

今の孝の感情が、変わる訳も無かったが、コンスタントなナオミの感情に訴え掛ければ何かしら答えが出てくるかも知れない!

 彼は石を投げた!石を投げて水の波紋を数えて、ナオミの答えを待った。

「地域包括病棟に入院させれば3ヶ月は余裕の時間は出来るよ?」百点満点の答案用紙そのもののナオミの回答は、孝の心の襞を打たないばかりか、尚も孝を叩きのめしていた!

「・・・。だから老健よりも特養の方が包括的に安いんだから!」

何の変哲の無いナオミの回答に孝は一瞬狼狽し、時間が経って考える力が出て来た頃に彼はナオミの答を復習していた・・・。

 孝の胸中を慮ってのストレートな答は、考える力の無い者には明快な回答だったが、それに気付く孝の胸中には余裕を持たず孝とナオミの暗渠に居座りまだ一点を観続けていた。

「母親が死ねば鳥葬にしてやろうか!生きている内は好き放題だったからな!」日本の悪を気取っていた。

 こんなことでもほざけば、きっと変わるかも知れない!

 今の医療の姿勢と孝の感情が、変わる訳も無かったが、コンスタントなナオミの感情に訴え掛ければ何かしら答えが出てくるかも知れない!

 彼は石を投げた!石を投げて水の波紋を数えて、ナオミの答えを待った。

 ハッ!と目覚めたのは午前四時、ついつい日本の癖が出ていた。

夢を見ていた・・・。

 元夫の孝と日本に残す孝の支えを託した雷子の夢を・・・。

孝と雷子は日本での別れ間際の姿と感情そのもので、何一つ変わらない二人のイメージは

何れ変わるかも知れない二人の感情・・・。

 それはそれで覚悟していた。

「子供が出来てるかもね・・・。」

奥手な孝は有る意味安全パイだった。

 ナオミもそうなって欲しくて日本に置いて来た訳でも無く、孝だからこそ、100%任せた。

責任感が有る孝・・・。

責任感が有る故煮詰まるタイプ・・・。

 万事休す!に為っていなければ良いのだが・・・。

ナオミは好き好んでこの闇の世界に存在している訳では無く、一刻も早く日本の孝や義母を助けたいと、そう願っていた。

 八代も早く勇気を出して日本へ返りなよ?」優しい笑みを浮かべて須崎八代を観た。頬に伝う透明の涙を指でそっと拭ってやった。

 八代とナオミが潜む古アパートは、リオデジャネイロのうらぶれた路地裏にある。

一日中高層ビルの足下で日陰になっているからじめじめと黴臭い。

 時折ジャンキーの垂れ流す糞尿の匂いが鼻を刺す。


「今日は全米最大のギャングスター、ソニー・カポネ一味とヘロインの取り引きだ! だからへまはやれねえ!ナオミはアジトで待っていてくれ!」

クコの実史上最大の取り引きで、早朝から全員シカゴに旅立って行く。

 それを見届けたナオミは取るものも取り敢えず其所に固めてあるナオミと八代の衣料を鷲掴みにして、駈け足でリオデジャネイロの街を脱出せんと!走った!走った!走った!


 ハア、ハア!と、息衝くまもない逃避行は、レビンに見付かれば命を獲られる・・・。

大義名分を見限り締めてサンパウロの地に降り立ったが、・・・。舞い戻る!

 リオデジャネイロの人口は748千人。

GDPは4,8%で軽いインフレ経済だった。

 仕事は無く人々は失業者が多く貧困に喘いでいた。

貧富の差が激しい首都圏には路地裏に入るとスラム街化していて、一般市民は近寄らず、警察も立ち入らないでいた。

 この地勢を逆に利用したナオミ達は高温多湿であった為、身を隠すには、もってこいの街並みに表通りを一歩入った老衰はうらぶれた古アパートが佇み、家主が判別しない管理状態で、廃墟と見紛う見た目にアマゾネスマフィアも騙されやすい外見だった


 どうして居るのか・・・。

日本に残して来たあの2人は? 上手く結婚出来たかな・・・。

 おっとり刀の雷子。

しっかりして居そうでチョンボをやらかす孝。

 私が着いて居なきゃダメ?独りでに言葉が出た。

「帰りたい・・・。」ナオミがそうであったように八代も重度だ。

栄養が足りて居ないのか、断続的に震えが走り、囈言の様に帰りたいを繰り返す八代。

 肌は透明の様な白くて柔い。

可憐な揚羽蝶が土砂降りに晒され羽を折られた様に飛べなくなって数日、ナオミもリオの元から姿を眩ましていた。

 衣料品は鷲掴みにして飛び出していた! 金は有る。水は持って来て無い。

幸いこのアパートには壊れた水道から水が垂れ流れいつでも水分が取れる。

 少々臭いが、贅沢は言ってられない!

この部屋に生暖かい風が吹き込んで来るが、体温調節をしなくては為らない程、寒暖差は無く、身体中にベットリと纏う湿気を何とかしたい。

 毛髪や衣服が、汗と湿気でベタついて女装者の様に凸凹な見た目で、ホームレスの様だ。

空港で東京着のジェットに搭乗する際の身形を考えているナオミが滑稽で、「望み薄いよね。」 可能性を見つけてはアリの一穴でも強引に成功を結びつけて来た彼女らしくない弱気な意識が舞い降りていた。

 いつからだろう?リオの前から逃亡して疲労困憊になり、空腹感が、悲観的な意識を助長する。

 私の敵は私自身!身体に言い聞かせる様に脚や腕をパンパン!と叩く!

リオデジャネイロの鋭い西日が細くなり正比例して、潜伏している部屋も緞帳が降りた様に暗くなった。

 組織のナンバー・ツーといっても名ばかりで、有る意味ボスの奴隷に変わりなかった。

「ヨシ!決めた! アンタを助けるよ!」奥歯を噛み締め真剣な眼差しを送る・・・。

八代は安心したかの様にナオミの肩に頭を擡げ、小さな寝息を立てていた。

 リオデジャネイロの袋小路の隅に佇む古アパートの二階は、窓ガラスも無くカーテンも無い。

冷たいタイル敷きの」上に膝を立てて座っていた。

 部屋の外では覚醒剤の中毒者が禁断症状を発し、「痛い痛い!」など、恐怖の声を上げていた。

 もう絶望的なジャンキーの行く末は死しかないのか・・・。

「タカ! らいこ!会いたかったわ! もう結婚したの?」

二人にハグをしながらナオミは、日本での失った時間を取り戻さんが為に矢継ぎ早に質問攻めにしていた。

 孝も雷子も介護疲れなのか、少しやつれた感じがする・・・。

でも私の手料理で直ぐに太らせて見せるわ!

「あ、そうそうこちらが同僚の須崎八代さんよ?」キューーン!という金属音が耳の奥にした!誰かがトリガーを弾いた? この世は信じられない事が頻繁に起こるから痩せる思いで神経を尖らせて置かねば生きて行けない。

 だが、八代を紹介した刹那!二人の顔がやつれて行き、細い線の様になって消滅した!

ハッ! また悪い夢?ナオミは飛び起きたが、起き上がれない・・・。

隣の八代が寝ているから?

 隣を見た・・・。

八代は透き通る様に白く美しい。

 が、しかしその美しい肢体は冷たく冷え固まっていた・・・。

 度重なる疲労と栄養失調が原因で、心不全を発症・・・。

この子にもっと滋養の有るものや睡眠と安心を与えてやれば良かったのに

でも・・・。

 滋養や安心と睡眠は処方箋に有るものなの?

もっと滋養の有るもの、もっと栄養を!

 そんなものは、容易く口から出るけど、実際には処方箋を書く時に医師はどう思って居るんだろうか?

 私達は正義を持って信じてきた治療法は、何処に有るんだろうか?

処方箋は架空の希望?

 睡眠や滋養は我々が思っているものだし、それに関する眠剤とビタミンは処方薬だ。

でもこの子に処方箋を突きつけて「これで貰っておいで?」と、突き放せば良かったの?

 イヤ!違うわ!温かいご飯が必要なの!

温かい毛布が必要だった!

 唇を噛んだナオミには、その痛みに血が滲んでいたのに構わなかった。

こんな痛みに比べたら八代の痛みは段違いに解離している!

「もう・・・、費えた。」力なくナオミは呟いた・・・。

「取引が成功しましたねボス!?」

一番の部下、カルロスが大声でボスのリオを称賛していた。

「こいつは上物だ、純度も99%ある! ナオミ達を実験台にして、打ってやれ!ショック死しても構わネエ!」

 コンコンコン!と、階段を上がる音が汚れた壁に反響して近付いて来る・・・。

ナオミは研ぎ澄まされたメスの刃先を立てて部屋に入ろうとしたリオを打つつもりだった。

「ここで注射の準備をしよう。」

直美達の潜伏した部屋の前で立ち止まり、仲間達に命令を言い渡してリオが右足から踏み入れた。次にリオの腰、太った腹、の順でリオが露に為る!

 人の存在に気付き、リオが首を右に回した刹那、ナオミのメスが光った! (了)

 

 




  

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