◆5

 殺人が許される罪ではないとしても、できれば二人には自首してほしい。

 危険な賭けになるかもしれないが、犯行が暴かれるのも時間の問題だと知らしめるため、アデルは思いきって切り出した。

 そこにジーンがいてくれるから、少し強気になれる。


「今回の殺人は、一緒に紅茶を飲んだ私の姉は無事でしたのに、婚約者のデリックだけが毒で亡くなりました。犯人はどうやって姉には飲ませず、デリックにだけ飲ませることができたのでしょう? どう思われます?」


 アデルがクレメンスにとんでもない話題を振ったから、ジーンが僅かに動揺したのがわかった。マシューはわかりやすく驚いている。クレメンスは、どちらかといえば興味深いといった顔に見えた。


「そのデリック氏は紅茶に砂糖を入れるのかな?」

「いいえ。二人が飲んでいたのは甘くないミルクティーでした」

「カップに毒が塗られていたのかも」

「それだけで致死量を飲ませられますか?」


 すると、クレメンスは、うぅん、と唸った。


「無理だろうね」


 ジーンは、いつもならばさっさと去りたそうにするのに、この時ばかりはテーブルを離れようとしなかった。余計なことは言うなと言われたくせに、無謀な賭けに出たアデルを心配してくれているのだろうか。

 アデルはテーブルに沿えた手から意識して力を抜くと、クレメンスの目を見て言った。


「デリックは〈MIA〉だったのではないかと思うんです」

「MIA?」

「ええ。Milk In After――つまり、ティーカップに紅茶を入れてからミルクを加える派。何十年も前から、我が国ではミルクティーはミルクを先に入れるべきだ、いいや紅茶が先だと議論が交わされているでしょう? 上流階級にはミルクをたくさん入れる経済的ゆとりがあるからMIAが多いとは言うけれど、そんなものは昔の話です。それでも、デリックがミルクを後にとこだわっていたのだとしたら。犯人はそれを知っていて、姉さんにはMilk In First――ミルクを先に入れてミルクティーを作った。そして、デリックのミルクティーを仕上げる前のミルクに毒を入れ、デリックのミルクティーを作ったのではないかしら?」


 あの時、給仕をしたのはレイチェルだ。だから、犯人はレイチェルでしかあり得ない。

 アデルはクレメンスの表情に注意した。そこに現れるであろう当惑を探す。


 しかし、数々のコンサートに出て大衆の前で演奏するクレメンスは強心臓であった。優雅に笑っている。


「なるほどね。興味深い推理だ」


 クレメンスは不意にジーンを見上げた。


「君はどう思う?」


 何故、クレメンスがジーンに振ったのかはわからない。それでも、ジーンは落ち着いて答えた。


「お客様のお考えには賛同致しかねます。それなら、ミルクにこだわらずともデリック氏のカップに直接毒を入れる隙があったことになりますから」


 アデルは、えっ、と声を漏らした。違うのか。

 いや、クレメンスを油断させるためにあえて違うと言っているのか、どちらだろう。

 クレメンスはニィッと猫のように目を細めた。楽しんでいるようにすら見える。


「なるほど。是非とも君の考えを聞いてみたいものだね」

「申し訳ございませんが、それは私の職務から逸脱したご要望です。紅茶をご所望でしたらお呼びください」


 綺麗に一礼すると、ジーンはアデルたちのテーブルから去った。その途端にマシューが怒り出す。


「なんだあの態度は? たかがホテルのスタッフが偉そうに」


 しかし、これにはアデルの方が憤りを覚えた。たかがとはなんだ。たかがとは。


「その言い方こそ何よ? こんなに美味しい紅茶を飲ませてもらっておいて、たかがとか言わないで!」


 マシューは、アデルの怒りのスイッチがどこにあったのか理解できないらしい。しどろもどろになって困惑していた。

 クレメンスはというと、優雅に紅茶を飲んでいる。


「うん、美味しい。ずっとこの紅茶が飲みたかったんだ。ありがとう、ミス・ダスティン」


 アデルに合わせてくれているのか、クレメンスは本当に美味しそうに紅茶を飲んだ。だからか、マシューも異を唱えることなく、渋々紅茶を味わった。


 そうしていると、給仕頭がジーンに声をかけていた。何を話しているのかまでは聞こえないが、ジーンはうなずいてラウンジを出ていこうとする。アデルは、ジーンが待っていた何かが着いたのだと気づき、無作法だが立ち上がった。


「すみません、私、そろそろ行かないと。これで失礼致しますわ」


 アデルの様子がおかしいと思ったのか、マシューは首をかしげた。クレメンスもじっとアデルを見ている。

 それでも、アデルは頭を下げてジーンを追った。

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