第29話 「バアルの領域」

 バアルの領域へと俺たちは進む。魔界は居よいか、住みよいか。


 洒落た文句に振り替えりゃ、緑の巨人のおけさ節。


 大きな口が微笑む、麦畑。


 そんな事を謡いながら、俺たちは歩いていく。

 行けど進めど麦畑が広がるここは、ダラクの言っていたバアルの領域だ。俺たちは道を間違えたのかもしれないと思ったが、たまに行き交う行商たちによると、ここは間違いなくバアルの領域らしい。もっと火と泥と溶岩の滾るパンデモニウムを想像していたのだけど、実際に俺たちの目にする世界は、すごく牧歌的なものだった。遠くには羊の姿や、納屋のような小さな小屋も見える。


「すごいねぇ……。とても魔界とは思えない大農園だよ……。バアルっていうのは実はとんでもない大地主だったりしてね……」


と、サクラが言う。


「悪魔?だっけ……。本当に悪魔なのかなぁ……?悪魔がこんな麦畑を作るのかな……?ねえ、アズマくん……?」

「お、俺に聞くなよ……。でもまぁ、う~ん……?」


 俺はバアルことベルゼブブは悪魔という認識で育ってきた。蠅の王の異名の通り、巨大な蠅のような姿をしたモンスターだ。それがどうだ。彼の悪魔の領域は非常にのどかで、とても蠅の王が統治しているとは思えない田園風景が広がっている。今でもどこかで額に汗をかきながら農作業をしてるんじゃないかとも思う。


 俺はモエカの問いを適当に流しながら、歩みを進めた。


「オラの知る限りじゃァ、魔界という所は平和な所だァ。蠅の王なんて名前も聞いた事もねェだ」

「じゃあ、どんな奴がいるんだ?魔王マルクル、吸血鬼ダラク・エスカレータとかさ、魔界にも色々いるんだろ?」


 性欲を失ったことで長生きしてしまっている我らが長老、オークのホバに問う。


「まあ、そうだナ。現在の魔界を支配する魔王マルクル、魔王の娘でダーディアンの領主マリス、紅い森の吸血鬼ダラク、辺境の小首領ポイケ、北方の商船団長のヨアキム、流浪の放蕩者サタン、そして、お前たちが目指すバルバル農園のバアルだ」

「バ、バルバル農園……?」


 何かの聞き間違いかと思った。実にひょうきんな名前の地名だ。バルバル農園のバアルだと……。


「バルバル農園って随分とかわいい名前だね……。アズマくんの言っていた蠅の王とか悪い神様とか、悪魔の王とかとは違うの?」

「まさかァ。オラもおめえたちの話を聞いててナニ言ってんだコイツらはァって心の中で笑ってたど」

「そう思うんなら言ってくれればいいだろ!」

「どこまで話が進むか気になったもんでナ」


 そう言ってホッホッホッと肩を揺らして笑うホバ。どうやら俺たちはかなりバアルに対して偏見を持っていたらしい。あまり気を張る必要はなさそうだ。


「バアルってどんな奴なんだ?」

「オラも直接見たことはないから分からんが、性格は朗らかで優しくて、銀髪褐色、角が生えた雌のダークエルフみたいな姿をしてるらしいど」

「へぇ~~……」


 蠅の王という名前からは想像できない程親しみやすい見てくれをしているようだ。性格も悪魔とはかけ離れた性格のようで、ダラクのようにバチバチに戦う必要もないように思える。今度はスムーズに事も運べそうで少し気が楽になる。


 延々と続く田園風景を眺めながら、俺たちは歩いていく。のどかな風景を楽しみながら、歩を進め、和やかな気持ちでバアルの元へと向かっていった。


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