第6話 「牢屋からの脱出」

「………」


 湿臭い牢屋の中で目を覚ました。部屋の中に人の姿はない。人…エルフ?の気配はするけど、それだけだ。


「そういえば……コルネー…?」


 あの時、薄れゆく意識の中、必死に俺の名を叫ぶコルネーの姿があったのを思い出した。無事だと良いのだけど…。


「あれ…。そういえば、俺のケガ…」


 斬られたであろう箇所をペタペタと触る。妙なことに、手に血が付くこともなければ、かさぶた一つもない。それどころか、斬られた跡すらない。まるで最初からケガなどしていなかったかのようだ。


「……妙だな」


 エルフの誰かが治療してくれたのだろうか?それよりも、なぜ拘留されているのか気になる。

 なぜ拘留されているのか。コルネーは大丈夫なのだろうか。エルフの目的は何なのだろうか。ここは一体どこなのか…。様々な疑問が頭の中をよぎっていく。


「ばぁっ!」

「うひゃあ!?」


 突如俺の目の前に人の顔が飛び込んできた。水色のぷるぷるしたゼリー状の物体…。スライムだ。


「ス、スライム!?」

「あっはは!良い反応だにゃ~♡」


 べしゃりと天井からゼリー状の物体が落ちてくる。……しかし、とんでもない大きさのスライムだ。ヒトの言葉を喋っているし、何やらスライムに似つかわしくない知能を持っているようでもある。……ただでさえエルフにとらわれて絶体絶命だというのに、厄介なものに目を付けられてしまったようだ。


「な、なんだお前!?何が目的だ!?」

「え~?シンジンくんが入ったみたいだから様子を見に来ただけだにゃ~?」

「し、新人…!?」

「うん。エルフさんたちがぐったりしたキミとサキュバスを連れてやって来たから、誰が来たんだろーって見に来たんだにゃ」

「エルフが…サキュバスを…!?」


 ハッとした。このスライムは、メアリーが連れていかれる様子を見ていたのだ。


「そのサキュバスはどこへ連れていかれたんだ!?知ってるんだろう!?」

「落ち着くにゃ~。あたしもこの収容所にはいないという事しか知らないにゃ~。別の収容所に連れていかれる所は見たけど、それ以外は見てないにゃ」

「そ、そんな…」


 目の前が暗くなるようだった。いくら人を惑わすサキュバスとはいえ、今は俺の大事な仲間だ。俺の仲間である以上、必ず助け出さなくてはならない。


「もしかしてニンゲン、サキュバスに恋してるのかにゃ~?」

「うるさいっ…!」

「っ!!」


 スライムがびくっと体を震わせる。どうやら俺の真剣さにビビったらしい。二~三度ほど目をパチクリさせた後、スライムは俺に問いかけた。


「……本気でサキュバスを助けたいのかにゃ?」

「……本気だ」

「だったら……あたしが手伝ってあげるにゃ!」

「本当か!?」

「ホントにゃ。その代わり、あたしのお願いも聞いてもらうにゃ。良いかにゃ?」

「お願い…?」


 スライムのお願いと聞いて思わず身構える。体の一部を食わせろとか体液を吸わせろとか言わなければ良いが…。


「……あたしのお友達を助けるのを手伝ってほしいにゃ」

「友達…?お前に友達なんているのか…?」

「失礼な物言いだにゃ!手伝うのかにゃ!?手伝わないかにゃ!?」

「て、手伝う!だからお前の力を貸してくれ!」

「がってんにゃあ!」


 スライムが元気に叫ぶ。その声を聞いてか、守衛のエルフが何かを叫びながらこちらにやって来た。


「おい貴様、誰と話していた!?」

「えっ!えっと、あー…」


 そういえば、スライムがいつの間にか消えている。スライムのいた場所は奇妙に濡れているけど、それだけだ。スライム特有のゼリー状のブヨブヨした塊はどこにもない。


「女の声がしたな。お前と一緒にいたサキュバスは結界で封じてるはずだが?まさか、内通者がいるんじゃないだろうな?」

「ま、まさか!」


 そうしてエルフの番兵にたじろいでいると、天井から青い液体が垂れてきた。スライムだ。それはゆっくりと人の形を取ると、柵をすり抜けてエルフの番兵へと襲い掛かった。


「───────ッ!!?」

「にっしし!いただきま~す♡」


 一瞬の出来事だった。スライムはその大きな体でエルフを包み込むと、あっという間に呑み込んでしまった。


 エルフは苦しそうにもがいている。息ができないのか、まるで溺れているようだ。

 エルフが必死にもがく様をスライムはニヤニヤと笑って観察している。外へ出ようと必死に足掻くが、スライムはそれを許さない。スライムはその様子を見て、いたずらそうに笑うだけだ。


 やがて、エルフはこと切れたのか、ぐったりと動かなくなってしまった。


「─────っ!!」

「んん~~。エルフは体は小さいけど魔力が豊富でおいしいのね」


 ほくほくな顔でエルフの体を嬲っている。スライムの口ぶりから察するに、エルフの体を味わっているのだろうか?あれは一種の捕食行為だというのか?


「んん~~?もしかしてニンゲン、スライムの捕食を見たのは初めてかにゃ?」

「………っ!!」


 必死に首を縦に振って肯定する。目の前でエルフがスライムに呑み込まれて窒息する様を見せられたのだ。あんな恐ろしい捕食の様子を間近で見せられたら失禁してもおかしくない。


「別に珍しい事じゃないにゃ。人間だって首を切ったり骨を砕くなんかしてムゴく獲物を殺すにゃ。あたしからしたらそっちの方が恐ろしいにゃ。ニンゲンもこれくらい慣れてくれなきゃ困るにゃ」


 スライムの中で死体が踊る。何をしているかは分からないが、意味のない事をしているのではないとスライムの顔を見て分かる。


「おっ?」


 スライムが何かに気付いたようだ。何か細い金属の束がエルフの身体から離れる。それはゆっくりとスライムの体を通って、腕の中を伝い、スライムの手の中に現れた。どうやら鍵束のようだ。


「えっと、これかにゃ~?」


 かちゃりと鍵が開錠される。湿臭い牢屋を後にすると、俺はスライムに向き直った。


「うぇ~…。やっぱり金属はマズいにゃあ~…」

「それより早く行くぞ!コルネーとお前の友達を助けるんだ!」

「……そうだにゃ!善は急げだにゃ!」


 そうして、俺とスライムの奇妙な脱出劇が始まった。

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