落ちこぼれ異世界転生勇者の魔王討伐の旅

ぺしぺしぺしぺしぺしぺしぺしぺしぺしぺし

第1章 ~没落からの再出発~

知恵と魔法の町、アングラ

第1話 「とある若者の1日」

 この世界に来てからどれくらいの時が経ったのだろう。

 今日も今日とて猫賭博が行われるであろう場所の近くに腰を下ろし、賭博師たちが来るのを待つ。


 俺の名はアズマ。滝毛沢 東(たきけざわ あずま)だ。

 俺は仕事でトラックを運転しているときに不意に眠気に襲われ、運転操作を誤り、縁石か何かに乗り上げたらしく、そのまま事故って死んでしまった。


 それからの事はあれよあれよという間に進んでいった。謎の声に導かれ、立派なひげを蓄えた屈強な老人によって、俺はこの世界に導かれた。いわゆる異世界転生ってやつだ。


「おっ」


 ボーっと過去のことを思い返している内に、一匹の猫が民家の前にやって来た。猫はのんびりと伸びをしながら、大あくびをしている。それを見計らったかのように賭博師たちが集まり、猫を取り囲んだ。猫賭博の開始だ。


「俺は右手にかけるぜ」

「バカ、コイツは左手が汚れてるだろ?左手を舐めるに決まってる」

「これまでの統計的にも猫は左手を舐める確率が高いってことは証明されてるだろう?左手を舐めて、その後で顔をゴシゴシだ。左顔ごしで60000G、これだな」


 いやはや、良く盛り上がってる。俺はバレないように通魔石を懐から取り出すと、最寄りの詰所に連絡した。


「もしもし?猫賭博の現場を目撃したんですが」

「あー、えー、場所はどちらで?」

「場所はXXXのXXXというところで…」

「あー、えー、最寄りの憲兵がそちらに向かいますので、猫と犯人を見失わないようにしてくださぁい」


 そう言って向こうの憲兵は通信を切った。猫賭博の方は相変わらず盛り上がっている。


 そうして、しばらくも経たないうちに、ゴォォォォと低く風を切る音が聞こえてきた。どうやら、猫賭博師をしょっぴきに騎竜兵が飛んできたようだ。

 しかし、騎竜兵というものはいつ見ても迫力がある。敵を仕留めるために急降下してくる様は、思わず叫びたくなってくる。


「げ!サツだ!逃げろ!」


 しかし、もう遅い。急降下し、勢いに乗ったワイバーンはものすごい勢いで猫賭博師たちに近寄ると、あっという間に賭博師たちを連れ去ってしまった。


「ご苦労様です。アズマさん」


 タイミングを見張ら狩ったかのように、不意に声をかけられた。連行が失敗したときのために隠れていた憲兵だろう。


「へん、どんなもんよ。さ、報奨金をちょうだいな」

「ええ、これを。ところでアズマ殿、少しお話が…」

「はなし?」

「ええ。この度、憲兵隊長がアズマ殿をお気に召したようでして、アズマ殿が通報した猫賭博師に対して、特別報酬が出るようになったんですよ」

「へぇ」

「そこでなんですが…」


 憲兵が内緒の話と言わんばかりに小声で話し始めた。


「詰所に通報する前に私に一報くださいませんか?」

「どうしてだ?」

「実は、犯罪者を捕らえた憲兵には報奨金が支払われるんですよ。昇進だってあっという間にできます。私に連絡してくだされば、私に支払われた報奨金の何割かを貴方に支払います。貴方は特別報奨に加えて、私からもいくらか報奨金を貰える…。そして、私は出世への道が早くなる…。悪い話ではないと思うんですが…」

「うーん、そうだなぁ…」


 そうして、返事もそこそこに俺たちはその場を後にした。いつもより多い報奨金と、これから食えるウマい飯の事を考えると、思わずゲスな笑みがこぼれてしまう。


「……しかし、これが仮にも勇者だった奴の姿かぁ…」


 今はこんなしょうもない事でその日の食い扶持を稼いでいるけど、こんな俺でもかつては暗黒神を倒すために国王に任命された勇者だったのだ。そんな俺がこんなにも落ちぶれた理由を知るには、ある時にまでさかのぼる必要がある。







「ッ…!」


 金色の髪が風になびく。小さな身体が風を裂きながら、ゴブリンの群れへと突っ込んでいく。風の精の加護を受けたエルフの少年、ミラージュは、その神速を以ってゴブリン達を翻弄する。


「本当、数だけは一端にありますわね…!」

「本能に従うしか能がない下等生物だ、当然だろう」


 リムは無詠唱のまま巨大な火球を作り上げ、そのままゴブリンの群れへと落としていった。たくさんいたゴブリンの群れが、瞬く間に焼け焦げた炭の塊へとなっていく。


「こんなものですわ」

「相変わらず雑だな、君は」

「ふんっ、何を……」

「ミラージュだから良いものの、アズマや他の奴らだったらあっという間に蒸発してるぞ?」

「鼻からそんな事など気にしていません。誤射している訳でもありませんし、私は魔法使いとして当然の責務を果たしているだけです」

「それはそれは……御大層な事で」


 ルークが機械弓を構える。機械弓でありながら機関銃のようなマガジン機構を備えたそれは、訓練された射手が使えば、さながらセミオートライフルのような働きを見せてくれる。そして、ルークはそれを扱うにこの上ない逸材だ。


「────────ッ!!」


 ルークの矢に射止められたゴブリンが次々と倒れる。ミラージュが切り込みをかけ、リムが魔法で殲滅し、討ち漏らした敵をルークが各個撃破していく。完璧な布陣だった。


「ッ!!」


 不意に背後からただならぬ気配を感じた。急いで振り返ると、そこには奇襲を仕掛けてきたゴブリンの群れが襲い掛かってきている所だった。


「くそっ!!だァッ!!」


 ガムシャラに剣を振ってゴブリン共を蹴散らしていく。ゴブリンは単体では大したことないのだが、こうも大軍で襲い掛かられると厄介なことこの上ない。


 襲い掛かってくるゴブリンを一匹ずつ捌いていく。そんな俺をよそ目に、ミラージュたちはどんどんとゴブリンを切り伏せていっている。俺が苦労して一匹を倒している間に、向こうは5匹も6匹も倒していっている。圧倒的な実力差のように思えた。


「はぁ……。はぁ……。これで……最後ッ…!」


 奇襲を仕掛けてきた最後のゴブリンを斬り捨てる。俺がそのゴブリンを切り伏せた時には、すでに皆の戦闘は終わっていた。


「よう、ご苦労さん」

「なかなかの大軍でしたわね。今ので最後だと良いのですけど」

「何も感じない。瀕死のゴブリンはいるけど、動ける個体はいないはず」

「ミラージュがそう言うなら間違いはないな。さ、エンシフェルムへ行こう」

「あー、それなんだが、アズマ」







「はぁ!?なんでだよ!!!」

「悪いが、これはパーティーで話し合った結果なんだ。わかってくれ」

「わかってくれって…!意味わかんねえよ!どうして俺が出て行かないといけないんだよ!?」


 それはあまりにも突然だった。パーティの一人であり、聖堂騎士団団員の肩書を持つルークが突如俺に告げたのだ。


「く、クビって!?誰の権限があって俺にそんなこと言うんだよ!?」

「悪いが、これは皆の総意なんだ。なぁ?」

「………」

「………」

「り、リム!ミラージュ!何か言えよ!!!」

「……まぁ、その…ね…?」

「そ、そんな…!」

「そもそもお前は弱すぎるんだ。さっきのゴブリン共との戦闘でもそうだが、お前は戦闘においてはあまりにも後れを取り過ぎている。お前がゴブリン一匹を倒している間に、俺らは5匹6匹と倒している。そこで考えたんだよ。お前なんかいなくても暗黒神は倒せる。お前がいなくなった方が俺らとしても戦いやすくなるし、口が減る分食料だって長く持つ。さあ、理解できただろう?あまりオレの手を煩わせるなよ?」

「ぐっ…!なんだって…!あぁ、そうかよ!?あったま来たっ!そう言うんなら出て行ってやるよ!後悔すんなよバーカ!」


 そうして俺はパーティーから出て行った。パーティーよさらば!我が代表自ら堂々と退場す!国王に任命されてパーティーを作った俺だけど、俺はそのパーティーからクビにされたのだ。惨めったらありゃしない。


 それに、憐れむような視線を送ったリムの顔が忘れられない。あの目は俺を可哀そうと思う反面、俺をバカにしていた目だ。気まずそうにしていたミラージュも同じだ。


 それから俺は各地を転々として、今いるこの町にたどり着くことになったのだ。

 知恵と魔法の町、アングラ。それは俺がこの世界へ転生した地であり、冒険へ旅立った町だ。

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