第24話 フタリデナニシテルノカナ、マサカヘンナコトシテナイヨネ

 大宜津姫の従者は、付き人の三人以外にも何人もいたらしく、俺は姫に手を握られながら結構な人数に取り囲まれるようにして祭殿へと連れていかれた。


「楽になさって」


 祭殿の中に入ると、大宜津姫は俺に座るよう言った。向かい合うように敷物が二枚敷かれている。言われるまま俺が手前に座ると、姫は奥の敷物の上に座った。

 お付きのものが、姫の乱れた髪や服を整える。それが済むと、皆がそそくさと部屋を出ていった。


 あれ、みんな出ていくのか。


 姫と二人きりになる。部屋は明り取り用の窓から差し込む光でそれなりに明るいが、外に比べれば薄暗さは否めない。


「それで、私に用というのは何か、思い出せましたか」

「へ? あ、ああ。えっと、んー」


 正直全く思い出せない。


「そういえば、姫は何か別の用があったのではないんですか」

「貴方に会いに行くところでしたので、ちょうど良かったですわ」


 姫が目を細め、ふふっと笑う。


「俺に?」

「ええ」


 佳弥じゃなく?


「何か用ですか」

「佳弥さんからお聞きになりませんでしたか」


 何を……


「あ、ああ。もてなしてもらう代わりに、願いを叶えるだか何だか、でしたっけ」

「ええ。ところで、お食事はお口に合いましたかしら」


 にしても……こうやって向かい合ってじっくり見ても、ほんとに『兎カ野ミタマ』にそっくりだ。マサヤがここにいたら、きっとうれしさのあまり死んでしまいだろうな。


「はい、美味しくいただきました」

「それは良かった。一生懸命作った甲斐がありましたわ」


 む?


「姫が料理を?」

「ええ。客人をもてなすのはこの村の長の務めですのよ」


 そうなんだ。この姫さま、箱入り娘なのかと思ったら、そうでもないらしい。


 この村は、黄泉比良坂からそれほど遠くはない。あそこへ人間が好んで行くとは考えられない以上、ここはある意味『果ての村』だと考えられるのだが、確かに人が多いような気がする。


「ここは人の往来が多いのですか?」

「この辺りは、海の幸、山の幸だけでなく、光石なども多く取れます。根堅州ねのかたす国と瑞穂みずほ国の間にあるので、人の往来も多いのですわ」

「ネノカタス? 死者が行くという地下ですか」

「いえいえ、それは黄泉国です。根の国はここから東、海を渡ったところにある大きな国で、素戔嗚尊が治めています」


 スサノヲ……そういう地理関係か。んじゃ、この辺りにスサノヲ勢力がうようよしてても不思議じゃないってことなんだな。


 ということは、ここは交通の要所ということか。

 目の前にいる『姫』は、時代劇に出てくるような『姫様』とは違って、着ている衣装、アクセサリー、どこか神話に出てきそうな雰囲気を醸し出している。


 なるほど、神々の世界ね……


 あ、衣装で思い出した。


「お教え、ありがとうございます。いま、ふと思い出しました。佳弥が上にもう一枚上着が欲しいので、それを貸してもらえないかと言ってまして。それを頼みに来ようと思ってたんですよ」


 海沿いにある集落だからだろう、風には涼しさを感じるが、そもそもの気温は意外に暑い。実際、村の男たちは薄いマントみたいなものを羽織っているだけで、上半身は基本裸なのだ。


 考えてみれば、佳弥は何で上着が必要なんだろう。


「上着、ですか。分かりました、用意させましょう」


 大宜津姫が外に向けて声をかける。入ってきた女性に上着を届けるよう指示すると、女性はすぐに部屋を出ていった。


「あ、いや、俺が持っていきますけど」


 ……そういや帰り方がわからない。案内してもらわないと。

 それにあまり長い時間、佳弥を一人にしておくのは危険かもしれない。この村に『敵』が潜んでいるかもと言っていたからな。

 大宜津姫の話を聞いた後ではその可能性をより感じてしまう。


「いいえ、その必要はありません。貴方にお願いがありますの」

「お願い、ですか?」


 お願いを聞かなければならないという話だったな。一体なんだろ……そう思ったところに、大宜津姫が座ったまま床の上をすりすりと移動し俺の傍へとやってきた。


「ええ、そうです。お願い、ですわ」


 姫の声の調子が、どことなく変わった。湿度が増したというか……

 至近距離にまで姫が近寄ってきた。男子校通いのDKには、ちょっと刺激が強すぎる。


「な、なんでしょうか」


 姫は薄手の着物を何枚か重ねてきているが、それぞれがぴっちりと着られているわけではない。

 こうして近くで俺の方へと体を傾けると、胸元が開く。悲しいかな、俺の視線は否が応でもそこへと移動し……


 ドンッ


 突然、衝撃が頭を揺らす。声を上げることもできない。

 一瞬にして視界が暗転し、そして意識が途絶えた――

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