第21話 分かってないっ!!

 だめだ……俺はもうだめだ……


 何も手につかない。

 こうやって佳弥と向かい合って食事をしているだけで、頭がぼーっとしてくる。

 頭の中は佳弥のことでいっぱいだ。


「虎守くん、聞いてる?」

「ふぇ? お、おう、聞いてる聞いてる」


 濃厚な、それはもう濃厚なキスの後、俺と佳弥、向かい合ってまた食事をしていた。でも、佳弥は何事もなかったかのように箸を運んでいる。


 佳弥にとっては、『作業』に過ぎないんだよな……


 多分、そうなのだろう。

 きっと俺が『お前のこと、好きになってしまった』と告げたところで、佳弥は『ごめん、そういう意味でキスしたわけじゃないから』と言うに違いない。


 だって、俺たち、男同士なんだし。


 ……気の迷いだ。俺の。


「とりあえず今やるべきことは、ここを拠点に『扉』を開けていくこと。スサノヲ勢力を見つけ撃退すること。オオゲツヒメは命を狙われているはずだから、それを阻止すること。この三つかな」


 佳弥は、今の状況を淡々と説明してくれているが、内容が全然頭に入ってこない。


「難しいことはわからん。佳弥に任せる」


 俺の方はというとあまり箸が進んでいない。不味いわけじゃない。いや、美味しいくらいだ。毒が……ってのも、別に気にならない。そんときはそんときだ。


 ただ、色々考えると箸が進まなくなる。


「虎守くん、怒ってる?」


 佳弥が箸を止めた。俺を見つめている。


 一般には――マサヤなんかは、佳弥の顔を『超絶綺麗だけど性格きつそう。俺は萌え系専門なんだ』などと称するに違いない。あいつは『男の娘』も大好きだからな。


「ねえ、虎守くん」

「んあっ? ああ、ごめんごめん。えっと、何を?」


 俺の様子を見て、佳弥がふっとため息をついた。


「こんなことさせてしまってる。受験勉強もあるのに」


 申し訳無げな表情。

 きっとマサヤは佳弥のこんな表情を見たことはないだろう。


「もうそれはいい。とことん付き合うって決めたから、気にすんな。別に取り立てていきたい大学があるわけじゃない、どこでもいいんだよ。共通テストの点数見て出願大学を決めようと思ってたくらいだしな。佳弥は大学どうするんだ」

「ボクは大学にはいかないよ」


 ……ほえ?


「なんでだよ」

「卒業したら、島根に行く。島根の月代神社にね。ゆくゆくはそこの宮司になる予定だよ」


 この言葉が、強烈な一撃となって俺の頭をぶん殴る。


「ほ、ほんとかよ。じゃあ、こっちにいるのは来年の三月までなのか?」

「そう、だね」


 そう、なのか。


 佳弥が、焦りにも似たペースでこの世界を進もうとしているのは、そういう理由かもしれない。タイムリミットがあるんだ。


 そうか……


「おっけー。じゃあ、聞かせてくれ。最終的な目標はなんだ? 倒すべきラスボスでもいるのか?」


 俺の問いかけに、佳弥がふっと表情を緩めた。


「ボクのやることに終わりはない、かな。ご先祖様がやってきたことを受け継ぎ、そして子孫へと繋ぐ。『掃除』みたいなもの、かもね。やり続けることに意味がある。いつか、子孫の中の誰かの代で世の中の認識が変わっていれば、それがゴールになる」

「そっか……気の遠い話だな。じゃあ、佳弥も結婚して子供作らないとな」


『家』に課せられた宿命、か。佳弥も誰かふさわしい女性と結婚し家庭を築き、そして血を繋いでいかなきゃいけないんだ。


 ははっ。そうだよな。

 男同士じゃ……


「ん? どした?」


 佳弥が顔を真っ赤にして、それはもう茹で上がってるんじゃないかってくらい真っ赤にして俺を見ている。

 竪穴住居の中には明かりらしきものはない。明り取り用の天窓が屋根にいくつか開いていて、そこから入ってくる日の光だけが照明だ。

 その頼りない光の下ですらはっきりとわかるくらい、佳弥は顔を真っ赤にしていた。


「あ、いや、そ、その、け、結婚?」

「そりゃそうだろ」


 この乙女みたいな反応はなんだろ。


 め、めっちゃかわいい……


 じゃなくてっ! それはもうやめだ。やめにするんだ。佳弥をそういう目で見るんじゃない、俺。


 うんうん、まったく、男のくせになんでそんな反応なんだろうな。


 お椀を左手に、箸を右手に、佳弥は瞬間冷凍されたように固まっている。


「まあ、まだまだ先だろうけどな。『家』ってのも不自由なもんだ」


 佳弥もいつかは結婚しなきゃいけない。それを聞いて俺は少し気が楽になった。俺には悩むべきことなんかなかったんだ。


 気が楽になると、食が進みだした。

 しかし逆に、佳弥の箸は止まったままだ。


「食べないのか?」


 そう声をかけると、佳弥は持っていたものを膳の上に置いた。


「虎守くん」

「どした」

や、ボ、やつかれにあわんはボクと結婚するのっていかにどう?


 佳弥は下を向き……意味不明な言葉を発する。


「カレーとイカ? お前んちのカレーにはイカを入れるのか?」


 そう聞き返した。

 みるみるうちに、佳弥の顔が赤くなっていく。


 いや、なんだろ、さっきまでも赤かったんだが、それとは全く違う赤。非常事態を告げるパトライトみたいな……


「もういいっ!」


 佳弥は鬼の形相で俺をにらむと、ツンと視線をそらし、食事の残りを食べ始めた。


 なんで怒るんだよ……マジ分かんねえよ……

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